29話
刻達は、地下書庫へと続く階段に隠れていた。
先の衝撃波は大部屋を突き抜け、彼らのもとにも強い音と振動を与えた。実害はなかったが、予想外の展開に誰もが焦りを覚える。
「あれ? 敵の魔力奪ったんですよネ? 椿サンにこんな破壊力あるんですカ」
「いや違う、椿ではない。これだけ強力な力があるなら、昨日あのような事態にはならなかったはずだからな。……作戦は失敗したのだろう」
リンが額に汗をにじませつつ答えた。やにわに、隣でしゃがんでいるジュリアの髪からヘアゴムを奪い取る。
「え、リン様?」
「借りるぞ」
彼女はそう言うと艶やかな黒髪を後ろで束ねた。着物の懐から小刀を取り出し、鞘を抜いて強く握りしめる。
「おい、本当に出て行くつもりか」
一番前で外の様子を確認していた刻が、戦支度をはじめた主人を振り返った。
「当然だ、このままでは椿が危ない。もう死体の始末など気にしている場合ではないぞ」
「いや、そうじゃなくて。そんなしょぼい武器で仕留められるのかってことだよ」
咎めるように言うと、リンは自信ありげな笑みを浮かべる。
「ただの小刀ではない。例の、一瞬で命を奪う魔法薬を塗ってある。……やはり、魔力を奪うと言う作戦だけでは心もとなかったからな」
「そうか……」
頼もしいと思いながらも、刻は間違って触れないようにそっとリンから離れる。
「待って! リン様が行くことないよ!」
「ジュリア?」
「あたしにやらせて! この中で一番身体能力が高いもん」
「いや、駄目だ」
「でもリン様……!」
リンはジュリアに向き直り、小刀を持っていない方の手で栗毛色の髪を軽くなでた。
「いいから言うことを聞け。お前は最後の作戦に必要なのだ。行かせるわけにはいかん」
「最後の作戦? そんなのあったっけ?」
「ああ、内容は刻に伝えてある」
その時、刻が不自然に目を逸らしたのだが、リンもジュリアも気付かない。
リンは一番下の段にしゃがむハルに声をかけた。
「『あれ』はどこに仕掛けた?」
「玄関わきの置物と、バスルーム、あと二階は刻サンの部屋に」
「何で俺の部屋なんだよ」
「一番大したもの置いてないデショ」
「安心しろ、新しい家具なら後でいくらでも買ってやる。……いいか、私が合図したら間隔をあけて爆発させろ」
「了解しましタ」
にやりと笑うハルが手にしているのは、ゲームのコントローラーとよく似たもの。それは特製ダイナマイトの起爆装置だった。彼がボタンのひとつに指をかけると、リンが体制を整え、刻とジュリアは耳をふさぐ。
「――今だ、吹き飛ばせ!」
リンの合図と同時に、玄関ホールの方ですさまじい爆音がした。
「よ……陽動にしちゃやりすぎだろ……。新しい家具うんぬんより、まず修理できんのかコレ」
唖然として呟く刻だが、すでに主の姿は見えなくなっていた――。