28話
(うそ……! 今の、魔力?)
椿は後ろに飛んで身構え、ふたたび距離を置いた。
「まさか、失敗……」
赤い瞳の魔女はゆらりと立ち上がると、戦慄する椿を見てせせら笑う。
「残念だけど、効果はすぐに切れたわよ。生半可な毒じゃ、私には通用しないわ」
エレナの全身が、まばゆいオーラに包まれたように明るくなった。
さっきよりも強い魔力を感じる。
「これは……余計に怒らせてしまったみたいですね」
椿は本能的に命の危険を感じた。
できることなら、今すぐ逃げたい。でも、そうするわけには行かなかった。
リンや刻達に危険を及ぼさないようにするためには、自分が死んでエレナを満足させるか、ここで倒すかの二択しかないのだ。
(私はもっと、ここにいたい。死にたくない。……だから、戦う!)
片手に光弾を発生させ、椿はエレナに向けて撃った。
「無駄よッ」
軽くかわされ、後ろの壁が吹き飛ぶ。
すかさず攻撃を返される。何とか身をひねってよけた。
このまま撃ちあいをしても意味がない。むしろ元々の身体能力でかなり劣っている分、椿の方が圧倒的に不利だった。
魔力を奪う計画が失敗した今、まともにやりあっては勝てる見込みはない。
何かいい方法はないかと辺りを見回した椿は、天井を見上げてふと閃いた。
魔力を足に集めて高く跳躍し、二階の手すりに降り立つ。吹き抜けになっているので、こちらを睨み上げるエレナがよく見えた。――同じ目線になった、荘厳なシャンデリアも。
「ちょっとアンタ! 戦う気ないなら、おとなしくしててよ!! こざかしいわねッ」
苛立ちを募らせたエレナが怒鳴る魔法弾を撃ってくる。
「逃げてなんていませんよ……逃げたいんですけどねっ!」
椿は手すりにしゃがんだまま、何発か攻撃を返した。敵が少し後ろに下がったところで今度はシャンデリアの鎖部分に光弾を撃つ。
「きゃ……」
――短い悲鳴。
巨大な照明器具は凶器となり、勢いよくエレナに落下した。
下を眺めると、広い玄関ホールの中央に大破したシャンデリアの残骸と大量のガラス片があるものの、肝心のエレナの姿が見えなかった。
よけることなく潰されたのだろうか。
確認するため飛び降りようとした刹那、掴まっていた手すりから鈍い振動を感じた。
(え……?)
何ごとかと警戒していると――。
突如シャンデリアを中心に、凄まじい衝撃波が波紋のように広がった。
「――――!!」
四方の壁が激しく轟き、窓ガラスが爆ぜる。破砕したシャンデリアとガラス片は、さらに粉々になって天井に吹き飛んだ。
「うっ!」
椿も後ろに飛ばされ、二階の壁に強く叩きつけられる。
「……く」
這うようにして手すりの隙間から下の様子を覗き、驚愕した。
「いっ……たいわね」
粉々になったガラス片がキラキラと舞い落ちる玄関ホールに、血だらけのエレナ立っていたのだ。
苦悶の表情を浮かべているエレナだったが、数秒後としないうちに体中の傷が癒えていく。
(何て早い再生能力――。こんなのやっぱり、勝てるわけがない!)
後悔しても遅かった。
「ヘタレ女。ちょっとこっちきなさいよ」
エレナに低い声で呼ばれた椿は、身体を操られ、宙に浮かされる。そのまま乱暴に二階から一階の床に落とされた。
「……かはっ」
呻く間もなく脇腹に光弾を撃ち込まれる。一発、二発。
だんだんと、意識が遠のいていく――。
「やっぱり、……ンタは弱……ね」
エレナがつまらなそうに吐き捨てた言葉は、椿の耳にちゃんと入ってこなかった。