26話
「あ、あのぅ」
いくつかの意見が交わされる中、椿がためらいがちに手を上げた。
「私に考えがあります。エレナの魔力さえなくすことができれば、私が何とかできるかもしれません」
その手がやはり震えてるのを見て、全員が同時にツッコミを入れる。
「「「絶対無理」」」
しゅんとして引き下がると思われた椿だが、違った。
「私はたしかに臆病ですし、魔力も戦闘力もエレナには遠く及びません。……ですが魔法の使えないエレナになら勝てるはずです。いくら生身でも強い彼女とはいえ、こちらが一方的に魔法攻撃をしかければなすすべはないはずですから」
椿は震えていた拳をキツく握りしめる。
「私には悪魔崇拝派時代に叩き込まれた攻撃系魔法があります」
そして、ひとりひとりに決意に満ちた瞳を向けた。
「その忌まわしい術を皆さんを守るために使わせてください。信頼を取り戻すチャンスをください……!」
こっつ、こっつと大時計の振り子が奏でる音だけが響いた。
どれだけ沈黙が続いただろうか。
考え込んでいた様子のリンが、ゆっくりと口を開く。
「分かった、私達の命をお前に預けよう」
それから泣きそうな顔の椿をまっすぐ見つめて言った。
「だがな、信頼を取り戻す必要はない。正体を隠されていたのはたしかに腹がたったが……椿、私はお前の信頼をなくしてはおらん」
「リン様……」
「あたしもだよ!」
ジュリアが椿の手を握る。
「あたしも椿ちゃんが前にどんなことしてても嫌いになんてなれない。だって家族だもん」
「ジュリアの言うとおりだ」
椅子から降りたリンは椿の足元へ移動し、ちょこんと小さな前足で触れた。
「どんなに失望させられても、過去にひどい過ちを犯していようと、本気で叱ったあとは許す。受け入れる。それが『家族』だと私は思っておる」
「ぷぷッ。何か安っぽいドラマみたいなセリフですネ、それ」
「お前は黙ってろ! 場の空気を乱すな、たわけが!」
ハルに一喝してから、リンはもう一度椿を見上げる。
「ほらお前も! 泣いてる暇があったら攻撃魔法の練習でもしておけ」
「は……はい!」
半泣きになっていた椿が慌てて返事をする。
刻は一歩引いたところでその光景を黙って眺めていた。
強い絆で結ばれている彼らを邪魔してはいけない感じがしたから――。
「刻。お前は敵の魔力を無効化する薬作りを手伝ってくれ」
「あ、ああ……。分かった」
「リン様、あたしは?」
「ジュリアはハルの作業を手伝え」
「作業って何のですカ」
首を傾げるハルに、リンはためらうような間を空けて告げた。
「予備策はいくつか用意しておきたいからな。いざという時、敵の気を引くための『何か』を作って欲しい。くれぐれもやりすぎない程度に頼むぞ」
「………………。分かりましタ」
妙な間をあけて答えたハルが、ジュリアを連れて部屋を出て行く。
「大丈夫か? あれ絶対分かってねーぞ」
心配する刻にリンは覚悟を決めた声で言った。
「やむを得まい、最凶の敵相手に手段を選んではおれんからな。……そうだろ、椿?」
「はい」
現在時刻、午前九時半。
リンが占いで見た、敵襲の予定時刻まで十二時間を切っていた。
「さて、私らも準備をはじめよう」
「ああ」
「はい」
刻はリンと共に薬の調合室へ、椿は攻撃魔法を練習すると言って自室へと向かっていった。