25話
それからほどなくして全員が大部屋に集合し、四人の人間と一匹の猫が食事テーブルを囲んだ。
「じゃあ、椿ちゃんは悪魔崇拝派の魔女だけど、味方ってこと?」
思いのほかあっさりと椿の正体を受け入れたジュリアが言った。眉間にしわがよっているのは椿への猜疑心ではなく、たんに話の内容を理解するのに苦労しているからである。
「そうだ……が、実は私もまだ詳しいことは聞いておらん。椿、とりあえず悪魔崇拝派について知っていることを全部話せ」
リンが説明を催促すると、椿はかしこまって姿勢を正した。
「はいっ。えと……現在の悪魔崇拝派を説明するには、まず百五十年ほど前までさかのぼらなければなりません」
そう前置きしてから、静かに語りだす。
「独立派と悪魔崇拝派の最終決戦において、悪魔崇拝派が全滅したと言われていますが、実際は三十人の生き残りがいました。私もそのひとりです。……それから仲間を増やすべく、生き残り達は志望者の女を集めて儀式をはじめました。志望者はこの儀式によって悪魔バフォメットから魔力を得るはずだったのですが――何度呼び出してもバフォメットは現れませんでした」
「無視されちゃったってこと?」
必死について行こうとするジュリアが合いの手を入れる。
椿は頷き、話を続けた。
「この事態に焦った仲間の魔女達は、あの手この手を尽くしてバフォメットを呼び出そうとしました。そしてある時、ようやくメッセージを受け取ることができたのです」
「へェー。何と言ってきたんですカ?」
この状況下でも緊張感のないハルは、質問しながらアイスを食べている。
椿はすぐに答えない。唾をのんで、ようやく口を開いた。
「まず、独立派魔女に大敗したことで私達に失望したと言っていました。それから『生き残りの中で殺し合い、最後に残ったものにだけ許しを与える』と、そう告げました」
「な……っ!」
恐ろしい話の内容に、リンが怒りにも似た驚きの声を上げる。
「まさか、お前たちは実行したのか? そのような愚かな命令を!」
椿は力なく首を縦に振り肯定した。
「最初は皆、さすがに仲間殺しをためらっていたのですが……。ひとりの魔女によって一方的にゲームが開始されてしまったんです」
「ひとりの魔女だと?」
「エレナ・バドゥルという、生き残りの中でも特に狂信的にバフォメットを敬愛していた魔女が、バフォメットの言いつけを忠実に守り仲間を始末していったのです」
「他の悪魔崇拝派は仲間殺しに反対していたのだろう? 何とかして止められなかったのか」
「エレナは悪魔崇拝派の中でも郡を抜いて強い魔力の持ち主なんです。魔女になる前は中東を起点に殺し屋をしていたらしく、純粋な戦闘力もかなり高い非常に危険な人物です」
「……そのエレナなる魔女は、これまでにいったい何人の悪魔崇拝派を消してきたのだ?」
「私が逃げ出した二年前には、すでに六人にまで減っていました。もう半数にはなっているでしょう」
その言葉に、全員が驚愕する。
「まるで鬼ごっこ状態だな」
「ええ。百年以上も続いている命がけの鬼ごっこです」
刻の呟きに、椿が疲れきった声で返した。
「昨日の夜、この屋敷にきたのもその魔女か」
得心したリンが言う。
「そんなヤバい女に勝つ方法なんてあるんですかネ」
投げやりに言ったのはハルだ。
「一応、有効と思われる薬は完成した。私の部屋に置いてある。……保管庫ではなく、な」
「私は探す場所を間違えたようですね」
リンから視線を送られた椿が恐縮した。
「ねえリン様、その薬ってどんな効果があるの?」
「一秒で死に至らしめることができる」
重い空気を裂くようなジュリアの明るい声に、黒猫は即答。
「え」
今まで黙っていた刻が、思わず声を漏らした。
「何だ刻、不満でもあるのか。お前が手伝ってくれた薬だぞ」
「そりゃアンタが毒を盛る気なのは知ってたけど、さすがに殺すのはまずいだろ」
「馬鹿者。そんな甘いこと言ってたらこっちが死ぬ」
「いや……そうじゃなくて」
刻とて敵を甘く見ているわけではない。殺すくらいの心構えは必要になる相手だとよく分かっている。道徳心から言っているわけではなかった。
「よく考えろよ。相手が何にしろ、ここはどこかの紛争地域でも裏社会でもない。敵が危ない魔女だからって、人ひとり殺してただですむと思うか?」
「む……それはそうだが」
言い返せなくなったリンの代わりに、椿が口を開く。
「刻さんのおっしゃる通りですが、やはり生かしておくのは危険だと思います。後のことは私が責任を持って処理しますからご心配なく」
「処理って……」
「エレナの屍を煮るなり焼くなりして証拠を完全に消します!」
とんでもないことを宣言する椿。彼女は本気のようだった。しかし、
「いや、やはり命を奪うのは最終の手段にしよう」
先に言い出したはずのリンが椿を制した。
「え……ですが」
「お前にできるのか? 手が震えておるぞ」
リンが鋭く指摘すると、ジュリアが椿の手元を覗き込む。
「わっ、本当だ! めっちゃブルブルしてる!! ちょっと、大丈夫!?」
「だっ、だいじょぶでつッ」
「噛んでるヨ」
「はあ、まったく」
リンは気が抜けたように息を吐いた。
「お前、よくそんな小心で悪魔崇拝派が百年以上も務まったな」
「ほとんど任務から逃げまわってましたから……。逃げるのは得意なんです。おかげで今もこうして生きていますし」
椿が肩身狭そうに縮こまる。
「っていうか、そもそも何で魔女になったノ? まったく向いてないのにサ」
呆れ顔で、アイスを突っついていたスプーンを椿に向けるハル。
「その……仲の良かった友人に勧められて断れずに」
「一瞬でもお前が立派な悪党だと疑った私が間違っていた」
同じく心底呆れたように言ったリンだが、どこか安堵しているように見えた。
「――とにかく、何としても勝つ方法を考えねばならん。まだ時間はある。なるべく殺さず、かつ確実に倒す方法を考えよう」
リンの言葉を皮切りにして、本格的な作戦会議がはじまったのだった。