22話
「刻くん、刻くん起きてっ!」
誰かに強く肩を揺すられ、刻は目を覚ました。
「ん……」
うずくまるような体制から顔を上げると、寝間着姿のジュリアが立っている。
眠い目をこすって辺りを見渡し、書庫にいたのだと思い出した。
肩と首が激しく痛む。
「……っ、あれから俺まで寝たのか。今何時だ?」
「もう朝だよ!」
「え」
地下は相変わらず暗いので、まだ数時間しか経っていないと思っていた。だが日が昇った証拠に、黒猫姿のリンが刻の隣でまるまって眠っている。
「ねえ! それより大変なの!」
ジュリアはいつになく落ち着きのない動作でおろおろしている。
「何だ。騒がしい」
リンも目が覚まし、もぞもぞと起き上がりながら不機嫌な声で抗議した。
「椿ちゃんがいないの! 今、ハルがあちこち探してる」
「――!?」
ジュリアの言葉に、寝ぼけ半分だった刻とリンは完全に覚醒した。
「馬鹿な。飲ませた薬は止血の作用だけだぞ、傷自体が治ったわけではない。起き上がるだけでも痛みに耐えられんだろうに」
たとえ何とか痛みが我慢できたとしても、まだ自由に動きまわっていい状態ではない。せっかくふさがった傷が開いたら大変なことになる。
「何考えてんだ? 椿さんは」
寝違えて痛む首をおさえて言う刻に、リンがはっと気づいたように声を上げた。
「まさか、気が動転して逃げ出したのではないか? あのように恐ろしい目にあったのだ。この家にいるのが怖くなったのかも知れん……」
じゅうぶんにありえる話だった。
「とりあえず、俺達も探しに行くぞ」
「うむ」
「うん!」
刻達三人は地下室を飛び出た。
ジュリアとリンに二階を任せ、刻は一階を探すことにした。
「いないな……」
大部屋、厨房、洗面所を確認したが、椿の姿はない。こういう時、広い家というのは不便だ。
「まさか、外に出たんじゃ」
念のため庭も見ようと玄関に向かった次の瞬間、ガタンと何かが倒れる音が聞こえた。
「……?」
音の方を振り返る。視線の先には薬の保管庫があった。
そんなところに椿がいるはずもないと思いつつも、刻はそちらに向かう。近くまでくると扉の向こうで人の気配を感じた。
「椿さん?」
そっと扉を開ける。
書庫に比べて小さめの保管庫。全体を見まわすと、探し人はすぐに見つかった。
「こんなところで何してるんですか」
椿は薬が大量に並んだ棚を向いていたため、その背中に声をかける。
「刻さん……」
驚いたように振り向いた彼女の表情を見て、刻は違和感を覚えた。なぜか一瞬だけ睨まれた気がしたのだ。昨日の朝、笑顔で「おはようございます」と言った時とはまとっている空気が別人のような……。
「早く部屋に戻って寝てください」
様子が変なのは怪我のせいだろうと思い直し、きちんと休ませるべく彼女を連れて行こうと近づいて――――気がついてしまった。
大怪我をしたはずの、まだ痛むであろう肩側の左腕に、大きくて重そうな瓶を抱えているのを。
「痛く、ないんですか。肩……。それに、こんなところで何やってたんですか?」
刻の問いに椿は何も答えず、ふたりはしばし無言で睨みあう形になった。
「見なかったことにしてください。……そう言っても駄目ですよね」
あきらめの色をにじませた表情でふっと笑うと、椿は刻に向かって右手を伸ばした。
「――!?」
何が起きたのか、まったく分からなかった。
ただ、椿が手をこちらにかざしたと思った次の瞬間には、壁に叩きつけられていたのだ。
「ケホッ」
その場に倒れた刻は、小さく咳きこんで顔を上げる。
悲痛な面持ちの椿と目があった。
「ごめんなさい」
消えそうな声で謝り、彼女はもう一度手を伸ばす。
「……!」
そして指揮者のように腕を振り上げると、その動きに合わせるように、刻の身体は意思とは関係なしに立たされた。不自然に直立したまま、今度は壁に引き寄せられるように強く押し付けられる。
「ぐ……!」
まるで金縛りのように動けない。
椿は右手をこちらに向けたまま、台にのせた木箱の中に薬の瓶を入れていく。
(何で椿さんが……)