20話
薬が完成した後、刻は敵の動きを占ってみると言ったリンと別れて地下の書庫に向かった。
奥にある書棚までよく探すと、昨日見つけた『魔女の歴史』以外にも日本語で書かれた本が数冊見つかった。
昨日の晩に片づけきれなかった本の山に腰かけ、どれから読むかを決める。
『魔力を得れば人生が変わる』『魔法の常識』『戦術的な占術』と、微妙なタイトルのものしか見つからなかったが仕方がない。一応読んでみた刻だったが、やはりたいした収穫はなかった。
次に開いたのは、『魔女の道具箱』。他の本と同様に、黄ばんだ羊皮紙に黒インクで図と文字が書き込まれている。目を通すうちにあるものを見つけて、刻はページをめくる手を止めた。
リンのペンダントだ。添えられた説明文には、一行でこう綴られてあった。
――人の意識を探りしこの星は、言葉の地図の力を借りて声を持つ。
星とは五芒星のペンダントのことで、言葉の地図とはあの古い大判紙を指すのだろう。
首飾りが文字を示すことによって、意味が分かるようになっていると言う説明だった。
「そうなると、やっぱりあのペンダントに占い以外の使い道はないのか……」
これで爆発から守ったりする力がないのだとはっきり判明した。では結局、あの時に助けてくれたのは何だったのか。ますます謎が深まり、思考の迷路にとらわれそうになった時、
「ここにおったか。占いの結果が出たぞ」
頭上からリンの声が降ってきた。
本から一度目を離して顔を上げると、腕組みするリンが神妙に立っている。夢中になっていたせいで、入ってきたことにまったく気がつかなかった。
「敵は明日の夜九時に、もう一度ここを襲うつもりのようだ」
難しい顔のまま、彼女が告げてくる。
「やっぱりまたくるのか。……って、よくそこまで正確な時間まで分かったな」
先が分かってもせいぜい日にちくらいだと思っていた刻は、意外な収穫に驚きの声を漏らした。
「敵が悪魔崇拝派と分かっただけでは範囲が広すぎるから、少し先の自分の意識を探ってみたのだ。……それで明日のその時間に何ものかと争っていることが分かった」
「勝ったのか?」
「そこまでは分からなかった」
リンが残念そうに言う。
それでも、一歩も二歩も前進した。
敵がいつくるかが分かったのは大きい。後は具体的にどうやって迎え撃つかだけだ。
だがそれを考える前に、リンに話しておくべきことがあった。
「なあ、ちょっとこれ見てみろよ」
刻は開いていたページを、とんとんと指で叩く。
「何だ?」
リンが不思議そうな顔で、刻の隣にゆっくりと腰を下ろした。長いまつげを伏せて、刻の横から覗きこむようにして文字を追っていく。
「……私の首飾りではないか。占いの道具だと書いてあるが……それがどうしたと言うのだ」
ひと通り目を通した彼女は、腑に落ちない様子で刻を見てきた。
「首飾りが占いしかできないって確定したってことは、結局、何が俺達を爆発から守ったのか分からないってことだろ」
「ああ、そういえばそんな謎があったな」
どこか鈍さを感じさせるリンに、刻は噛んで含めるように考えを伝える。
「いざという時、やっぱり使えるものは多い方がいいからな……。あの時に何が助けてくれたのか分かれば、だいぶ有利になると思ったんだけど」
「たしかに」
ふむふむと相槌を打つリン。刻はふと、今思いついたことを口にしてみた。
「……もしかしたらアンタ、魔法が使えないって思ってるだけで、実は防御の術とか使えるんじゃねーのか? 火事場の馬鹿力で無意識にその力が発動したとか」
「私にそのような能力はない。自分が一番分かる」
リンはぴしゃりと否定した。
「そうか」
彼女でないとすれば何なのか。いくら考えを巡らせても、やはり答えは出ない。
「じゃあ、他の手を考えなきゃいけねーな」
刻が本をぱたんと閉じると、リンがきょとんとする。
「そんなに、あっさりあきらめてよいのか?」
「ものごとの解決するには、単純かつ全体的に考えることが大事なんだよ。ひとつのことにとらわれないで、いろんな角度から可能性を見つける方が効率的だろ」
百歳以上長く生きている主に説教する刻。リンがふっと笑う。
「お前は本当に英次が言っていた通りの男だな」
今度はどんな嫌みが降ってくるのだろうと刻は身構える。だが予想と反して、リンは柔らかな笑みを浮かべて刻を見つめてきただけだった。
「刻。お前が英次の言うとおり柔軟な性格でよかった。でなければ、とつぜん魔女の争いなどに巻き込まれて冷静ではいられないだろうし……このように一緒に対抗策を考えたりしてくれないはずだ。だから」
それから顔をわずかにそらして囁く。
「頼りになると、そう思っている」
「何だよ急に……気持ち悪いな」
「むッ、美女に向かって何ということを! せっかく褒めてやったのに。もう知らん」
一瞬にして不機嫌になった主は、訝る刻の背中をばしんと叩いた。
「はあ? ったく、わけ分かんねー」
付き合ってられない、と、刻は別の本を開いてパラパラとめくる。
どうやらリンはまだ隣にいるつもりらしい。とくに話しをするわけでもなく、そのまま時間が過ぎていった。
――とん。
「……?」
ふいに片方の肩に重みを感じて横を見ると、リンが寄りかかるようにしている。
「おい、まさか寝てんのか?」
驚いて聞くが、「すー」と気持ちよさそうな寝息しか帰ってこない。
起こすのは何となく気が引けた。今日はいろいろあったから、彼女も疲れたのだろう。
「しょうがねーな」
肩を貸しながら、刻はため息をついた。なるべく動かないようにしてリンの顔をそっと覗き込む。彼女は安心しきっているようだった。
「いつもそうしてりゃ可愛げがあるのに」
刻は小さく苦笑する。
考えてみれば、こんな風に誰かに頼りにされることは今までなかった。
自分が意外と面倒見がいいことに驚きを覚えつつ一度本に目を落として――――。気持ちよさそうに眠るリンにつられるように、刻もまぶたが重くなっていくの感じるのだった。