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飛べない魔女と、可愛くない執事くん  作者: ユユ
時給七百円には見合わない仕事
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15話


「ん…………あれ?」


 凄まじい爆発が刻に残したのは、火傷ではなく激しい耳鳴りだけだった。

 何ともないことに驚いていると、上からかけられていた体重がふっと軽くなる。


「おい、大丈夫かリン!」


 勢いよく起き上がった刻は、目の前の景色を見るなり絶句した。


「何だよ……これ」


 彼自身は煤すら被っていないのに、車には明らかに爆発した痕跡があったのである。よく見れば、車以外に被害の痕はまったくない。まるで丈夫な箱の中で椿の愛車だけが火を噴いたかのようだった。

 ありえない光景を前にして放心状態の刻の肩に、やはり傷ひとつなないリンがぽんと手を置く。


「よかった。無事か」


「あ、ああ……。でも、どうして俺達何ともないんだ?」


 爆発の余韻でまだ火に包まれている車を凝視して言うと、リンが首から下げられている、五芒星型のモチーフがついたペンダントを見せてきた。


「この首飾りのおかげかもしれん」


「え? 占いの道具だったんじゃないのか?」


 刻がリンと出会った時、彼女がダウジングのような占いで使っていたものだ。


「私も占いとしての使い道しか知らなかった……のだが、もしかしたら盾とかお守りのような機能も備わっていたのかもな」


「それって偶然助かったってことじゃねーか。何も考えないで飛び込んできたのかよ!」


 主人の向こう見ずの行動に呆れる刻。しかし、今はリンの無鉄砲さを責めている場合ではない。

 思い出したように向かいの家の屋根を見上げる。

 そこにさっきまでいた黒い人影はなく、不気味なほど大きな月が輝いているだけだった。


「とりあえず火を消さんとまずいな」


 敵が消えていたことに安堵する刻の横で、リンが険しい表情のまま呟いた。


 たしかに車をこのまま火ダルマにしておくわけにもいかない。塀の外には草で囲まれているため、飛び火したら間違いなく大火事になるはずだ。

 刻はリンの首元を指差す。


「その万能なペンダントで消火できねーのかよ」


「無理を言うな! どんなものかもよく分からないのに」


「ったく使えねーな……って、おいヤバいぞ! 何かまた火が強くなってないか」


「何ッ!?」


リンが慌てふためく。


「本当だ、風が強くなったせいだ! いかん。早く水を――――――って、あれ?」


 轟々と燃えていた炎が、今度は急に小さくなった。ふたりが目をみはっている間にも火はみるみる消えいき、数秒で完全に鎮火した。


「また、そのペンダントのおかげか?」


 刻が問うと、リンは腑に落ちない様子でペンダントを見つめていた。


「いや、違うようだ……。この手の道具はふつう、魔力を使って作動させる。魔力を使うと道具は光を帯びるのに、今この首飾りは何も変化しなかった」


「じゃあ何が火を消したって言うんだよ?」


「まったく見当もつかん」


「…………そうか」


 理由が分からないのはすっきりしないが、とにかく助かったことに変わりはない。

 ようやく安堵しかけた刻だったが、


「うぅ……」


「――――!」


 苦しげな声を聞いて、今一番忘れてはならなかったことを思い出した。

 視線を下に向けて椿を見ると、彼女は相変わらず死人のように青い顔をしている。止血のためにきつく縛ったネクタイまでもが赤い色に浸食されており、出血量の深刻さは相当のものだとすぐに分かった。早く病院に運ばなければ、ショック症状で死に至ってしまうかもしれない。

 むしろ、ここまでの失血量で生きているのが不思議なくらいだった。


「つ、椿……!」


 同じようにして椿のひどい状態に気づいたリンが、震える声で名を呼ぶ。


「リン、携帯返してくれ」


「けいたい? 何のことだ!」


「電話だよ。えーと、通信機。さっき貸したろ」


「あ、ああ……これか」


 狼狽する主から携帯電話を受け取り、刻は119のボタンを押そうとした。

 しかし次の瞬間、下から伸びてきた腕に手首を掴まれる。


「刻さん……やめて、ください」

 無事な方の手で必死に刻を止めようとする椿だった。


「こんな傷で病院に行けば、絶対に……警察を呼ばれます」


 息も絶え絶えに、彼女は訴える。


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! この出血量だと放っておいたらアンタ死にますよ」


「でももし、この屋敷を探られたら、リン様のことが公になってしまいます。大勢の前で変身したりしたら、どうなるか……。何をされるか分かりません。……それだけは避けなければ」


 意識が朦朧としているせいか、視線が危なげにさ迷う椿。そんな彼女の手をゆっくり下ろして、刻は困ったようにリンを見た。


「おいリン、どうする」


「私のことはどうでもいい! 椿が助かるなら何でもしてくれ」


「いけません……! もし貴女に何かあったら、私は……私にはたえられません」


 ようやく定まった視線で、椿は主人を見つめる。


「お願いしますリン様、どうかこのままで」


 リンは何も答えずに、揺れる瞳で椿を見返すだけだった。

 刻もまた自分の取るべき行動を迷っていたが、解決できそうな方法を思いついて口にする。


「そういや、アンタ魔法で薬作ってるんだろ。一瞬で傷を治す薬とかないのか?」


「作れるが時間がかかる……必要な材料が手元にないのだ」


 期待はずれの答え。しかし、そこであきらめるわけにもいかない。


「だったら止血に使えそうな薬は? 何でもいい。とりあえず血だけでも止められればいいんだ。表面をふさげるような」


「液体状の薬を、持ち運び用に固める薬ならある。二、三分あれば空気に触れた部分だけを固められるように改良できるが……」


 リンの答えはやはり歯切れが悪かった。刻は動揺を隠せないでいる主人の目を覚ますように語気を強める。


「だったらすぐに用意してくれ! 傷口を縛ってるくらいじゃ駄目なんだよ」


 しかしリンはすっかり色を失ってしまっているらしく、椿を見つめたまま刻の言葉には上の空だった。刻はそんな彼女の肩を掴んで顔を覗き込むみ、諭すように言う。


「椿さんの今の症状はどう見ても失血によるものだ。それさえどうにかなれば助かる確率は上がる」


「そ……そうだな」


 ようやく我に返ったように、リンは頷いた。


「ハルとジュリアはどうした? あいつら無事なのか?」


「心配ない。家の中で大人しくしているように言っておいた」


 今度はしっかり答えるリン。だいぶ落ち着いたようだ。


「よし、なら大丈夫だな。俺達も早く戻るぞ」


 刻は椿を背負い、リンと共に裏口から入った。

 奥から駆け寄ってきたハルが扉を閉め、ジュリアがすかさず鍵をかける。


――ガチャリ。


 シリンダーがまわる音が響く。それから数秒間、とつぜん襲った非日常的な出来ごとに全員が無言で放心状態だった。

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