13話
ドゥン! バァン!
その間にも攻撃は止むことなく続いていた。
見えない弾は,断続的に刻と椿の周辺の地面を抉りとる。
刻が車のルーフ越しに向かい家の屋根を見ると、やはりさっきと同じようにカメラのフラッシュと似た閃光が現れ、その光りが伸びた先に破壊の跡があった。あきらかに普通の武器ではない。まるでフィクション映画やゲームにでてくるデタラメな必殺技だ。
(まさか、魔法……?)
黒づくめの狙撃犯は、無力な刻達を嘲笑うかのように容赦なく追いつめていく。朝には新車さながらに綺麗だった椿の愛車が、今や戦場に放置されたようにボロボロになっていた。
これでは、いつまで盾の役割を果たせるかわからない。
切迫した状況の中、刻の目にさらなる絶望が映りこんだ。
「おいおい、冗談だろ……」
車体の下から流れるようにしてエンジンオイルが漏れ出ていたのだ。万が一火がつけば、おそらく爆発はとんでもない規模になってしまう。刻は慌てて椿を連れてその場を移動しようとしたが、ひっきりなしに襲う光の弾のせいで全く身動きが取れない。
「勘弁してくれよ……ったく!」
このままの位置にいては危険すぎる。どうにか移動しなければ爆発に巻き込まれて死んでしまうだろう。
「ぅ……」
焦りのあまり、椿の傷口を押さえる手につい力が入ってしまった。苦しげな呻き声を聞いて、刻は少しだけ頭が冷える。
「……ちゃんと手当てしてもらいますから、それまで我慢してくださいよ」
そう呟いて、深呼吸をする。
(そうだ落ち着け、俺。よく考えろ、何かいい方法あるはず――)
とりあえず、どこから攻撃されてるのかは分かった。向かい宅の屋根からの一箇所だけだ。
光の弾はたしかに絶えず飛んでくるが――。
(一、二、三、四…………)
攻撃から次の攻撃までを数えてみると、最低でも五秒以上はかかっている。何度か試したが結果は同じだ。
何かで敵の気を引ければ、単純計算で十秒は隙が作れるかもしれない。
もちろん車から離れることで盾はなくなるし、手負いの椿と一緒に逃げるのは簡単ではない。彼女に対してかなり乱暴な移動方法になってしまうだろう。
それでも爆発に巻き込まれるよりましだし、生き延びるチャンスは増える。
危険なカケだが、やってみるしかなかった。
「何か、おとりに使えそうなものは……」
刻は半壊した車の後部座席の扉を開けて、シートの上と下をさぐった。すると座席の下に野球ボールサイズのものを見つけて手に取る。なぜこんな所にボールがあるのかと不思議に思ったが、あるはずのないスイッチらしきものを確認するなり納得した。
間違いなく、ハルのイタズラグッズだ。
よく観察すると、スイッチと反対側にスピーカーのように小さな穴が開けられている。
この仕組みから言って、爆発物や火器の類ではなさそうだった。
使い道は分からない。押したらどうなるか分からない。不意打ちを狙うならハルに大声で聞くわけにもいかない。だが、他に使えそうなものはない。
「イチかバチか……!」
リリリリリリリリリリリリリィィィィ!
スイッチを押すと同時に、防犯ブザーのような高音がけたたましく鳴り響いた。音量は
それの数十倍はある。驚きのあまり、刻は思わずボールを落としそうになった。
突然のことに敵もひるんだのか攻撃が止んだ。
(今だ!)
刻はボールをできるだけ遠くに投げると、即座に椿を無理やり引きずるようにして反対方向に飛び出した。
ハルの発明品はどういう仕組みかよく跳ねまわり、得体の知れない騒音の塊に警戒した敵の攻撃をうまくかわして翻弄している。
だが、まだ安心できない。いまだ車から二メートルと離れていないのだ。
もっと離れなければ、と、椿を肩にもたれかけさせながら刻は必死に足を前に出す。
後ろでひときわ派手な破壊音がした。
とうとう、おとりがやられてしまったのだろうか――。
刻が確認するために振り返った時、車体から流れ出るオイルに火がついたのが目に入った。
「――――っ!」
ボールが破壊された時に散った火花が原因だった。ガソリンオイルの導火線を赤く染めた火は、あっというまに車体に伸びていく。
(まずい!! この位置じゃまだ危ない!)
もう駄目だと思った時、いきなり目の前が真っ暗になった。
意識を失ったわけではない。
ちゃんと、背中に柔らかさと暖かさを感じたのだから。
気がつけば椿ごと、誰かに覆いかぶさられていた。伏せた状態から目だけ動かすと、視界の端に黒く艶やかな髪が見える。
「リン……?」
次の瞬間、激しい爆発音ともに業火と爆風が車から巻きあがった。焼けつくような熱風が刻達を襲う――――。