12話
正面の庭に彼女の姿がないことを確認すると、ふたりは屋敷の裏側に向かった。
裏庭は不気味な置物が立ち並ぶ正面とは違って装飾もなく、質素な門の前に椿のコンパクトカーが置かれているだけのスペースだ。外はすっかり暗くなっていたが、屋敷から漏れ出す明かりでかろうじて人影が確認できた。車の前でしゃがみ込む、小さな後ろ姿が見える。
それは、何かを抱えてうずくまっているジュリアだった。
「ジュリア! よかった」
姉の無事を確認して胸を撫で下ろしたハルが、そっと彼女に近づきながら声をかける。
「いったいどうしたノ?」
「ハル。どうしようッ……」
薄暗い中、振り返って刻達を見上げるジュリア。瞳からは溢れる涙が光っていた。
彼女が腕に抱いている人物の変わり果てた姿を見て、ハルの動きが止まる。
「え? これ、どういうコト」
その後から同じように覗き込んだ刻は思わず言葉を失った。
「…………!」
椿が肩から大量の血を流して倒れていたのだ。
顔からは血の気が完全に引いていて意識がない。傷口がやけどを負ったように赤黒くなって、大きく穴があいているのが分かる。
そこから生々しくにじみ出る鮮血が、彼女のシャツをグロテスクに染めていた。
生きているのか死んでいるのかさえ分からないほどの、痛々しい姿――――。
「ちょ……これ……何があったノ!?」
ハルが聞いても、ジュリアは目から涙をいくつもこぼしながら首を振るだけだ。
「いったいどうなってんだ? 何でいきなりこんなことに……」
刻も思わず呆然と呟く。
あまりの惨い光景に眩暈を覚えたが、今は椿をどうにかすることが大事だと冷静な対応を試みる。まずは椿の真っ青な顔に耳を近づけて呼吸を確認した。
かすかに呼吸する音が聞こえる。
「大丈夫、まだ生きてる。だけど出血量がヤバイ! 早く病院に運ばないと」
救急に連絡しようとしたが、ポケットに手を入れてから携帯がないことを思い出す。
「あークソ、お前ら電話持ってるか?」
「ごめんボクもジュリアも持ってナイ」
「そうか……仕方ねーな」
刻は泣きじゃくるジュリアをそっと椿から退かし、自分のネクタイをはずして血だらけの肩にきつく巻きつけた。その場を落ち着かせるように、静かな声で指示を出す。
「俺の携帯をリンが持ってる。どっちでもいいから早く救急車呼んでくれ」
「分かった! ボクがいく」
「よし。ジュリア、お前はタオルと毛布を持ってきてくれるか?」
「うっ、うん……」
震える声で返事をしたジュリアの手をハルが引き、ふたりは屋敷に向かって駆け出す。
その後ろ姿を見送って数秒としないうちに、ガラスが破砕するような音が刻の耳を揺さぶった。
「――!?」
音のする方に目をやると、すぐ前にある車のフロントガラスが粉々に割れている。
「なっ……何だ?」
立ち上がって様子を見ようとした瞬間、今度は鈍い音とともにボンネットが大きくへこみ、エンジンとの隙間から白い煙から激しく立ちのぼった。
「ちょ、」
突然の襲撃はそれではおさまらない。息をつく間もなく、身をすくめた刻のすぐ後ろの地面がはじけ飛ぶ。
「おわっ!?」
驚愕して振り返ると、削れた地面の穴が大きく穴があいていた。
(何だこれ!? いったいどこから……)
全身に緊張を走らせ、あたりを見まわす。
車越しに見える、塀と草むらを挟んだ先にある向かい宅。少し離れた場所に位置するその家の屋根の上に、月明りに照らされた人影があった。
男か女か分からないが、こちらを見下ろすように立っている。
その人影の手のあたりが強く光ったと思うと、次の瞬間、光りを帯びた手をこちらに向けてきた――。
嫌な予感がした刻は、椿にかぶさるように伏せた。
うつぶせになって地面と直接触れた腹から、ドゥン、と強い振動が伝わってくる。
ゆっくり目をあけて足もとの土を見ると、さっきと同じように小さい隕石が落ちたかと思うくらいの穴ができていた。
「マジかよ……」
冷や汗が頬をつたう。あと少しずれていれば足首から先がなくなっていたかも知れない。
(間違いない。あの屋根の上の奴の仕業だ!)
とりあえず攻撃が高い位置からだと分かった刻は、できるだけ盾となる車に寄り添い、椿を庇うように身をさらに低く小さくした。
「刻くん! 椿ちゃん!!」
「ジュリア、行っちゃ駄目だヨ! 何でか分からないけど、敵は刻サン達を狙ってる」
少し離れた場所では、刻達に近づこうとするジュリアをハルが必死に押さえていた。
「でもハル、このままじゃふたりが死んじゃう!」
「ボク達にはどうしようもできないでショ! おとなしくしてるしかないヨ!」
「そのとおりだ。ハル、ジュリアを連れて屋敷の中で隠れてろ、いいな」
「ハイ!…………って、え?」
いきなり背後から聞こえた馴染みのある声に、ハルとジュリアが同時に振り返る。
声の主は彼らを追い越し、刻達のもとへ駆けていった。