38.予想外の来訪者
手足の自由を奪われ、魔術も使えずただ魔力を吸収されるしかない私は、心の中で助けを求めることしかできない。
「……流石、勇者の一族の血を引くだけあって魔力量が多い。未だにしっかり意識を保っていられるということは、まだ魔力を半分も吸収できていないということか。となるとまだしばらく時間がかかってしまうな」
勇者のお兄さんは冷静に状況を分析している。とりあえず勇者の魔力量が多いお陰ですぐに魔力が無くなることはないらしい。小説やゲームとかだとこの間に助けが来てくれてなんとか脱出! なんて展開になるんだろうけど……私が何も手掛かりを残せていないから誰も来てくれないだろうなぁ……。
ガチャッ……。
絶望的な気持ちでいたその時、扉の開く音が聞こえてきた。もしかして本当に小説やゲームみたいに助けが来てくれたの !?
期待を胸に扉の方を見る。そこにいたのは――。
「……一体何をされているのですか? セクウェル様」
目の前の状況に驚きつつも、冷静さを保とうとしながら勇者のお兄さんに尋ねるシェリエルの姿があった。
「っ !? どうして君がここにいるんだい?」
予想外の来訪者にお兄さんは少し驚いた様子でシェリエルに尋ねた。そうだよ、どうしてシェリエルがここにいるの?
「私はただルミリア様を捜しにこちらへ来ただけですわ。それよりも、ルミリア様がまるで罪人のように壁に貼り付けられている理由を教えて下さい、セクウェル様」
シェリエルが少し怒りを滲ませた口調で状況の説明を求める。はっ、どうしよう。このままお兄さんが全てを話したら、私が勇者に成りすましていることがシェリエルにバレちゃう。
この世界で唯一親しくなれた同性であるシェリエルに嫌われてしまう。きっと勇者を殺した人物として怨まれる。そしたら二度と今までのような関係ではいられなくなっちゃうよ。
「シェリエル、君にはショックが大きいだろうけど、いずれ知ることだ。今、話しておこう」
私がシェリエルという親しい存在を失うかもしれないことに恐怖を感じている間に、お兄さんは状況の説明をし始めた。
「これはルミリアの身体に入り込んだ偽者を消滅させるためにしていることなんだ。君は騙されていたんだよ。魔王打倒の旅から帰った来た時にはすでにルミリアの身体には偽者がいてルミリアに成りすましていたんだよ」
お兄さんはハッキリと言いきった。
「ルミリア様の身体の中に偽者……? それは本当なのですか?」
少し動揺しつつもシェリエルは真っ直ぐに私を見て聞いてきた。どうしよう。今ならまだ本物だと言えばシェリエルは信じてくれるかもしれない?
でもお兄さんにバレている以上、無事にここを脱出できる見込みはないし、仮に脱出できたとしても何事もなく今まで通りの関係でいられるハズがない。……なら、騙していたことを認めよう。自己満足だろうけど、騙したまま消えるよりは正直に話してから消えた方が気持ちが楽になる気がする。
「……騙していてごめんなさい」
私はシェリエルの目を真っ直ぐに見つめ返して言った。その直後、シェリエルの瞳がハッと見開かれ、すぐにシェリエルは顔を伏せてしまった。
「悪あがきをするかと思っていたが、意外にも素直に認めたか。……もしかしたらただ利用されただけで別に黒幕が……? それともこちらを油断させようとした演技か……?」
お兄さんはそう呟くと考え込むように目を閉じた。
「……例えただ利用されただけだろうが、油断させる為の演技だろうが、どちらにせよ君という存在は危険だ。危険な芽は早めに摘んでおくべきだろう。悪いがやはり君には消えてもらう」
考えがまとまったようで、お兄さんは目を開けて私を見ながらそう言った。気のせいか先程までの憎しみの籠った視線ではなく……何て言ったらいいんだろう? なんとなく少しだけすまなさそうな表情をしているような気がする。まぁ、ぼっち歴が長いから勝手に良い方向へと解釈しちゃってるだけかもしれないけど。
「セクウェル様、どうかお止めください」
お兄さんの表情の変化について考えていると、そんなことを言うシェリエルの声が聞こえてきた。
「何故そんなことを言うんだい? シェリエル。君もあの者が偽者だと認めたのは聞いていただろう?」
「はい、確かに聞いております」
「ならば何故?」
「ルミリア様は魔王打倒の旅に出る前、私にこう仰いました。『もしも、帰ってきた私に違和感を感じたら気を付けなさい。そしてあなたの目で危険な人物だと判断したら、私の部屋の飾り戸棚の隠し戸にある手紙をお父様に渡して下さい。私はあなたの人を見る目を信頼しています』と」
「ルミリアが旅立つ前にそんなことを !?」
お兄さんは驚いた様子でシェリエルを見た。私もシェリエルの言った言葉に驚き、シェリエルを見る。だってシェリエルの言った話だと勇者は自分が身体を乗っ取られることを予測していたってことだよね?
でもってそんな前から重要な話を聞いたってことは、シェリエルは会った時から私が本物の勇者でないことに気付いていたってことだよね? だとしたら何故私を野放し状態にしていたの?
「どうしてそんな重要なことを話さないんだ。手紙はすぐにお父様に渡したのだよね?」
私がシェリエルのこれまでの行動に疑問に思っていると、お兄さんがシェリエルに質問した。
「いいえ、渡しておりません」
「渡していないだって !? どうしてまだ渡していないんだ!」
「あの方からは悪意を感じられません。なので危険な人物ではないと判断したからです」
「例えあの者自身には悪意がなくとも、影で操る者に悪意があれば危険な存在に変わりはないだろう」
「私は数日間あの方のお側にいましたが、そのような者は周囲にはいませんでした。それにあの方はルミリア様ではないのにルミリア様であろうと努力されています」
「それはただ単にバレないように気を付けているだけのことだろう」
「いいえ、それだけではないのです。ルミリア様がそうであったように、あの方も“勇者”として生きようと努力されているのです」
シェリエルは臆することなく真っ直ぐにお兄さんを見ながら言った。私が勇者として生きようとしている? 大したことなんてしてないのに、どうしてそんなことを?
「私はあの方に初めて会った日、単刀直入に旅立つ前のルミリア様と様子が違うことを指摘しました。もしも悪意を持つ者でしたらすぐにでも口封じのために私を消すなり魔術で洗脳するなりしたでしょう。しかしそうはしなかった。ですから私は危険ではないと判断したのです」
シェリエルは一切の迷いもなくそう言い切った。まさかあの何気ない会話で私を試していたなんて、全く気付かなかったよ。もし私ではなく悪意を持った人物が勇者の中にいたら、シェリエルが言ってた通り無事ではすまないはず。自分の身を危険にさらしてまで行動するなんて、シェリエルは本当にすごいよ。
「そしてあの方は勇者という立場を傲ることはなく、自らの意思で誰かの為にと行動されていました。ですからもしも影で操る者がいたとしても、自分の意思をしっかりとお持ちなので悪事に手を染めることは――」
「君の言うことも一理あるな」
今まで黙って聞いていたお兄さんが、突然シェリエルの話を遮るように言ってきた。
「ルミリアの身体に入っているのだから魔術を使えないはずがない。そして相手に気付かれないように闇属性魔術を使って洗脳することなど簡単にできるだろう」
「っ !? 私は闇属性魔術などかけられてはっ……」
話している途中でふわりとシェリエルの前髪が浮いたと思ったら、突然シェリエルは気を失い地面にゆっくりと倒れた。
「シェリエル!」
突然の出来事に思わずシェリエルの名を叫ぶ。一体シェリエルの身に何が起きたの !?
「彼女には眠ってもらった。君のせいで彼女はもう侍女として働くことはできないだろう」
「そんなっ、どうして !?」
「この国では闇属性魔術をかけられた者、かけられた可能性のある者は犯罪者と繋がりがある者として捕らえられる。そして例え本人が罪を犯していなくても、犯罪者にとって扱いやすい人物として目をつけられてしまったのだから、またいつ別の犯罪者に目をつけられてしまうか分からない。そんな人物を信頼することなどできないのだから、どんなに優秀だろうと側に置きたがる者はいないだろう」
「そんな……。私はシェリエルに闇属性魔術なんてかけていません! シェリエルは関係ありません! どうかそれだけは信じて下さい!」
私はお兄さんに信じて欲しいと訴えかける。だってシェリエルは本当に無実なんだもん、たったそれだけを理由に信頼を失い、職も失ってしまうなんて酷すぎる。
「彼女は君という存在に気付いていながら誰にも言わずにいたのだから関係ない訳がない」
お兄さんは表情ひとつ変えずにそう言った。うぅ、確かにそうかもしれないけど、罪を犯した訳じゃ無いのに犯罪者のような扱いを受けるのはやっぱりおかしいよ!
私はなんとしてでもシェリエルがそんな目にあうのだけは避けたいと思い何か良い方法はないか考える。
しかし考えても考えても良い方法は見つからない。浮かぶのはできる可能性の低い、下手をすれば悪循環に陥って結局は避けれずに終わってしまう方法――お兄さんを闇属性魔術でシェリエルは無関係だと洗脳させる方法しかない。それでシェリエルを助けることが出来るのなら――!
私は一縷の望みをかけて行動を起こすことにした。まずは避けられないようにウィンドプレスでお兄さんの動きを封じる風をイメージする。次に魔力を意識して手から放出するイメージをして――。
その直後、頭に激しい痛みが襲ってきた。い、痛い……、こんなに激しい痛みに襲われるなんて初めてだよ。でも、ここで痛みなんかに負けずに力で押し通せば、小説やゲームとかだと成し遂げたりできちゃう展開だよね!
私は根拠のない理由で自分を鼓舞しながら目を閉じてさらに強くイメージする。
「……っ! まだそんなことをする力があるだと !? 閃光弾ッ!」
お兄さんの少し焦ったような声が聞こえ、私はすぐに目を開けた。すると丁度お兄さんがスパークしながら光る球を私に向けて放ったところだった。まずい、このままじゃ直撃だよ!
私はとっさにクロルと攻勢魔術師達が戦っていた様子を思いだし、急いでグランドプリズンをイメージする。しかしなんとかイメージできても魔術が発動しない。あぁ、もうダメだ……。
諦めかけていたその時、突然目の前に人影が現れた!
「スタングレネードッ!」
現れた人影は素早く呪文を唱えて手を前に突き出した。直後に激しいスパーク音が部屋に鳴り響き部屋の中が激しく明滅し、スパーク音が消えるとほぼ同時に明滅も収まった。




