2.まずは確認から
気が付くと私は見知らぬベッドの中にいた。
……痛い。
私は無意識のうちに頬をつねるというベタなことをしていた。うん、痛みがあるから夢ではないみたい。
私は状況を把握する為に身体を起こした。
ベッドの隣には小さな丸いテーブルがあり、その上には火の灯った小さなランプが1つ置いてある。
窓の外は真っ暗だからこのランプが部屋で唯一の光源だ。あとはクローゼットと、その隣に布を掛けられた縦長の板――おそらく姿見と思われるものがあるだけ。
見た感じ、家具や壁に豪華そうな装飾とかは無いからここは庶民の家なのかな?
……あ、そういえば今更だけど、身体は普通に動かせるから赤ちゃんではないみたい。なら、転生じゃなくてトリップなのかな? トリップだったら容姿はどうなってるんだろう? ……もしかしたら異世界バージョンに変わってるかも !?
私はベッドを飛び出し、クローゼットの隣にある縦長の板に掛けられた布を持ち上げた。予想通り、それは姿見だった。
えーっと、まず髪の色は少し暗めのオレンジ――山吹色かな? で、毛先が軽く肩に掛かるくらいの長さ、と。元の世界の自分と髪型はほぼ同じだけど、髪色はこっちの方がかなり明るいなぁ。
で、瞳は二重でエメラルドグリーン色ね。これは、元の世界の自分と全く違うからビビるわぁ……。
身長は床までの距離感的に元の世界の身体より気持ち高い感じがするから155㎝くらいかな。
服装はいかにも“剣と魔法のファンタジー”ゲームや小説でお馴染み(私の中では)の中世ヨーロッパの庶民が着ていそうな服装だ。
幸いにも、私の苦手なスカートではなく、動きやすいズボンだったから良かったけど……全体的に見ると、見た目は“勇者”というより10代半ばのコスプレ少女にしか見えない……。
異世界に来たんだから文化の違いで服装がコスプレに感じてしまうのは仕方ないとしても、少女が勇者っていうのはちょっとなぁ……。私の中では勇者といえば“男”ってイメージだから、ついでに性別も男にしてくれれば良かったのに。
――とは思ったものの、冷静に考えれば今まで“女”として生きてきた自分が“身体が男”に変わるだけというのは色々と問題がありそうだね。それなら元の世界の自分と背格好がほとんど変わらないこの状態で良かったって事かな。うん、きっとそうだ。
しかしちょっと問題なのが顔。元の世界の自分が根暗顔だったから、今の明るい顔に戸惑ってしまう……。だって今のこの顔と自分の性格が全然合ってないんだもん。う~ん、この顔に合った性格にならなきゃなぁ……。
とりあえず今の自分の顔を忘れないようガン見することにした。
集中して見ていると突然、扉をノックする音が聞こえてきた。
「はいぃぃぃっ !?」
いきなりのノック音にビビって思わず変な声を発してしまった。
私は悪いことをしているのがバレた子供のように急いで姿見を元に戻し、ベッドへ潜り込んだ。
「ど、どうぞ」
ベッドに潜り込み終わると同時に何事もなかったかのように『入っても大丈夫ですよー』アピールをする。
ほんの少し間があってから、ゆっくりと扉が開いた。扉から現れたのは20代と思われる黒髪に紫色の瞳の男の人だった。
異世界住人と初めてのご対面。……ヤバい。ぼっち慣れしてしまった&小学生の時以来、異性とほとんど会話していない自分が上手くコミュニケーションをとれるか不安になってきた。
「気が付いたみたいだな。気分はどうだ?」
「あ、はい。と、特に悪いところはないです」
「そうか、それは良かった」
「………」
「………」
はっ、もう会話が終わっちゃった! どうしよう。あぁ、何を話せば……そうだ!
「あのー、ここは……?」
私は何とかベタな質問を捻り出した。
「ここはノーグリフの森の中にある俺の家だ」
「は、はぁ……」
しまった、折角ノーグリフの森とか教えてくれたけど全然分かんないや。この世界のことを全く知らないから教えてもらわないと。
……あれ、ちょっと待てよ。今の私は男の人の服装と似た系統の服装だから、男の人は私=この世界の住人と思ってるよね? そこへ、この世界の住人であるはずの私が『この世界について教えて下さい』とか言ったら間違いなく変な目で見られるよなぁ……。う~ん、どうやって情報を引き出そう。
「……あぁ、すまない。この世界のこと知らないんだったな?」
私が悩んでいると男の人はそう聞いてきた。
「あ、はい……」
当たってるけど、なんでわかったんだろう? まさか魔法で私の思考を読んだとか !? それとも自分で気付かずに思ったことを口にしてた? そしたら私、変な人確定じゃない!
いや、でも男の人の言い方だと“私がこの世界の事を知らない”というのを知っているみたいだったからそれは無さそう。じゃあ、どうして“私がこの世界を知らない”ことを知っているんだろう。あー、もうわかんないよ。
「色々と聞きたいことがあると思うが、まずは部屋を移動しようか」
私が混乱していると、男の人はそう言ってついてくるよう促してきた。どうやら私が知りたいことに答えてくれるみたいだけど、こんな状態で内容をちゃんと理解できるかなぁ……。
とりあえず私は男の人の後についていった。