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18.秘密の特訓

 クロルに練兵場の一部に幻術とサウンドプルーフをしてもらい中へ入る。


「これで外からは見えないし、音が漏れることはないんだよね?」

「あぁ、試してみるか?」

「ううん、いいよ。クロルなら大丈夫だと信じてるから」

「ありがとう」


 クロルは少し照れた様子で私から目をそらした。へぇ~、クロルも照れたりすることあるんだね。

 と思っていたらシェリエルが小声で「ナイスです! ルミリア様」と言いながら小さくガッツポーズしているのが視界に入った。こら、そういうことを意図して言った訳じゃないんだけど。

 ってそんなことよりユークの剣術指導をしなくっちゃ!


「こほん。そ、それでは早速始めましょうか」


 私は気持ちを切り替えてユークに声を掛ける。


「はいっ、よろしくお願いします!」


 ユークは表情を引き締めて訓練用の剣を渡してくれた。剣を受け取り、ユークと少し距離をあけて向かい合い剣を構える。クロルとシェリエルは私達から離れたところで観ている。よし、これなら危なくないね。


「では、あなたのタイミングで始めて下さい」

「はい! ……行きますっ!」


 宣言するとユークは私に向かって攻撃を始めた。

 縦、横、斜め、あらゆる方向から剣撃を繰り出すユーク。勇者の指導の記憶と比較して……特に目立った変な動きとかはしてないみたい。ただ、まだ若くて経験が浅いからか熟練した動きではないのが分かる。

 また、クロルが私の剣術練習の為に幻術で再現してくれた騎士や人型の魔物の攻撃と比べると、力が劣っている気がする。


 今度は逆に私から攻撃をしてみる。少し速めの攻撃をしてみると、ユークはしっかりと反応して攻撃を防いでみせた。やっぱり反応速度は速い。となると廊下でアドバイスした通り、今は身体を鍛えて力をつけなきゃだね。


「そこまで!」


 そう言うと、ユークはすぐに動きを止めて訓練用の剣を鞘に収めた。


「やはり今のあなたには剣術の指導より力をつけることが一番だと私は思います」

「そう、ですか……。やっぱり諦めるしかないのか……」


 ユークはポツリと呟き、悔しそうに(うつむ)いた。うん? 一体どういうこと?


「あの、『諦める』とは一体どういうことですか?」


 そう尋ねるとユークは元気なく話し始めた。


「……実は明日、実力を確かめる為に騎士同士で戦う試験があるのです。試験は年に3回行われるものなのですが、そこで実力がないと認められた者は騎士見習いに戻らなければならないのです。

 過去2回ともすぐに負けてしまった僕は今回も負ければ騎士見習いに戻されてしまうんです。そんなことになったら弟妹(きょうだい)達が……」


 う~ん、これは複雑な家庭事情があるみたい。正騎士と騎士見習いで違うことは――なるほど、俸給ね。名前に姓がなくてお金に困っているってことは庶民出身なのかな?


「やはり背も低くて力の無い僕が騎士になるのは向いていないのでしょうか……」


 おっと、私が推理している間にユークがネガティブ思考に(おちい)っちゃったよ。早く打開策を考えなきゃ。


「君の体格なら小回りが()くんじゃないか? それを活かして相手の隙を突いて攻撃していけばいいと思うんだが」


 クロルが私達に近付いて来ながらそう提案してきた。


「騎士見習いの時はそれでなんとかなったんですが、正騎士になってからはそうはいかなくなったんです……」


 あちゃー、正騎士になってから自分の特性が通じなくなっちゃったのかぁ。それは(つら)いね。


「なら、君は反応速度が速いからその力を防御・回避だけに使うのではなく、攻撃の隙を突く為に使っていった方がいいんじゃないか?」

「うん、そうだね。でもそれって経験や知識が必要になってくるんじゃないかなぁ? ユークさんは剣術を始めてどれくらいになりますか?」

「えっと、2年半くらいです」

「そうか……」


 クロルの提案が使えないとなるとどうしたらいいかなぁ。ゲームだったら補助系の魔術で力をアップ出来たり、スピードアップ出来たりするんだけどなぁ……あっ、そうだ!


「ねぇ、クロル。風属性でスピードアップとかできないかなぁ?」


 私の提案に、クロルはキョトンとした表情で私を見る。あれ? 私、変なこと言っちゃった?

 不安に思っているとクロルは「なるほど」と呟いた。


「話が変わるけど君、本を読むのは好きかい?」

「え? えっと、好きという程ではないですがたまに読んだりはします……」


 突拍子もない質問に、ユークは不思議そうに答える。もしかしてクロルは私が本のお陰でイメージするのが得意だと思ってユークに聞いてる?


「それじゃあ、魔術に興味はあるかい」

「ま、魔術ですか? 興味はありますけど、魔術は素質のある者が訓練をして初めて使えるようになると聞いたのですが……。

 それに王国に属する魔術師じゃないと使用が許されないはずではないでしょうか?」

「あぁ、確かに王国に属する魔術師でないと使用が許されてないが、俺は王国の魔術師じゃない」

「えっ? そうだったのですか !?」

「あと、魔術は誰にでも使えるものなんだ。魔力量によって使える魔術に制限はあるけど、日常生活に使えるくらいの魔力量なら誰もが持っているものなんだ」

「知らなかった……」

「さて、ここからが本題だ。君には魔術師程ではないが、普通の人以上の魔力量を持っている。その魔力を魔術として使い、力を補うんだ」

「そんな、貴族でもない僕に魔力があるなんて信じられません。それに例え魔力を持っていたしても今まで魔術を使ったことのない僕がすぐに出来るようになるなんて……」

「なら、まずはこの魔石に触れてみるといい」


 そう言ってクロルはポーチから小箱を取り出し、箱を開けた。中には5センチほどの丸く加工された黒曜石のような石が納められていた。


「これはモラパストと呼ばれる魔石で、魔力量に反応して色が変わるんだ。魔力量が多いほど白く輝き、少なければほとんど変化がない。さぁ、触れてみて」

「は、はい」


 ユークは緊張した面持(おもも)ちでゆっくりと手を伸ばす。

 モラパストの反応は――グレー色だった。


「思った通りだ。ごく普通の人ならダークグレー、魔術師ならライトグレーだから、やっぱり普通の人以上の魔力を持っている」

「本当に魔力があったなんて……」


 ユークはまだ信じられないといった様子でモラパストを見ていた。


「さて、確認できたことだし、魔術の練習に入ろうか」


 クロルの言葉を聞き、ユークの表情が一瞬、強張(こわば)る。


「大丈夫、ちゃんと使いこなせるまでしっかり教えるから」

「あ、ありがとうございます。しかし、その……卑怯なことをしているような気がしてしまい……」

「卑怯なんかじゃない。魔術だって実力だ。自分の本当の実力を発揮するだけだよ。

 今は魔術を一部の人達しか使えない環境だが、俺は魔術の法の整備をして庶民でも安全に使えるくらいの簡単な魔術が使えるような環境にしたいと思っているんだ」


 クロルは真剣な表情で語り始めた。


「庶民が魔術を当たり前のように使えるようになったら騎士ももちろん魔術を使えなきゃならない。そして君のように普通以上の魔力量をもつ人はオールラウンドに動ける者として集められて魔術騎士ができるかもしれない。その時はぜひ君がリーダーとなって他の魔術騎士達を引っ張っていってほしい」

「そんな、僕には……!」


 ユークは首を横に振りながら言った。そりゃそうだよね。自分に自信が持てず、劣等感を感じている状況でいきなり「未来のリーダーになってほしい」なんて言われたら絶対無理だと思っちゃうよ。


「まぁ、あくまでも俺の理想とする未来像なんだけどさ。実際にどうなるかは分からない」


 クロルは頭の後ろを掻きながらそう言った。なんだ、未来を予想して言っていたと思ったらクロルの願望だったのね。

 でもすごいなぁ。ただ漠然と「誰でも魔術が使える環境にしたい」だけじゃなくて、「どうすれば誰でも魔術が使える環境になるか」を考えているんだもん。


「まぁ! クロル様は素敵な考えをお持ちなのですね。クロル様の(おっしゃ)るような未来ができたら、この国は更なる発展を()げると思いますわ」


 シェリエルは明るい笑みを浮かべながらそう言った。勇者の侍女で色々と上の情報や考えを知っているであろうシェリエルの反応が好感触のようだから、クロルの理想を現実にするのはそう難しく無いのかな。

 クロルも同じことを思ったのか少し笑みが(ごぼ)れていた。


「さ、今は明日に向けての魔術の練習をしよう。教えるのは君の素早さを上げる為の魔術『風の助力(ウィンドアシスト)』だ。動くスピードを速めるだけでなく、速まった勢いで剣撃が通常よりも(するど)くなり重みが増すはずだ」

「そんなすごい魔術を、初めて魔術を使う僕に出来るでしょうか……」


 ユークは不安な表情をしながらクロルを見る。


「イメージさえ出来れば大丈夫だよ。イメージするのは風だ」

「風、ですか……」


 首を(かし)げながらユークはそう(つぶや)く。


「あの、風って目に見えないのでイメージするのが難しいと思うのですが……」

「あぁ、確かに普段は風を見ることは出来ない。でも竜巻は目に見えるだろ?」

「それをイメージするのですか?」

「う~ん、そのまんまイメージする訳じゃないんだが……ここに来るまで浮遊してきた時の感覚を思い出して欲しい」

「は、はい」


 ユークは目を閉じて意識を集中させる。


「イメージできたらフロウトと唱えるんだ」

「……フ、フロウト」


 ユークは自信なさげに唱えた。しかし身体は浮かばず、ユークの足元の砂が少し舞っただけだった。


「すみません、やはり僕にはできないみたいです……」


 肩を落とし、ユークは俯いてしまった。


「う~ん、ほんの少しだけ風は起きたんだが……やはりイメージか」


 そう呟くと、クロルは(あご)に手を当てて考え始めた。イメージ不足が問題なら実際に視覚化して見せればいいんじゃないかな?


「ちょっとシェリエル、手伝ってもらっていい?」

「はい、なんなりとお申し付け下さい」


 私はシェリエルに手伝ってもらう内容を伝える。


「それでしたら喜んで!」


 シェリエルは満面の笑みを浮かべて承諾してくれた。


「ユークさん、ちょっと見てほしいのですが」


 私はユークにこっちを見るように声を掛ける。


「イメージなのですが……フロウト」


 私はシェリエルにフロウトを使って地面より少し上に浮かべる。


「レディエイト……ヴィジュアライズ!」


 幻術を使い、私はフロウトの風のイメージを視覚化して見せた。


「このように身体全体に風を纏わせるようなイメージをしてみれば出来ると思いますよ」

「わぁ、このようなイメージだったんですね。ありがとうございます、勇者様! とても分かりやすいです」


 ユークはそう言うと目に焼き付けるように見た。そして目を閉じて意識を集中させる。


「……フロウト!」


 ハッキリと言いきった直後、ユークの身体が地面から浮かび上がった。


「で、できた……!」

「おめでとう!」

「おめでとうございます、ユークさん」

「すごいですわ、ユークさん」

「ありがとうございます! 皆さんのお陰です」


 ユークは頭をペコペコ下げながら感謝してきた。


「魔術を使うのが初めてなのに、視覚化されたものを見て2度目で出来るようになるなんて、すごいじゃないか。この調子でウィンドアシストもいこうか!」

「はいっ!」


 フロウトが出来たことで自信を手に入れたユークは、瞳を輝かせながら元気よく返事をした。


「フロウトと同じイメージに、身体を動かしたい方向へ風を吹かせるイメージをするんだ」

「例えば走る動作にウィンドアシストをしてみたらこんな感じですね」


 私はシェリエルを地面に降ろし、ウィンドアシストをかけてその場で走る動きをしてもらった。


「まぁ! 普段、身体を動かす時よりも身体が軽くて動かしやすいですわ」


 ニコニコと笑みを浮かべながらシェリエルは足の動きをどんどん速めていった。……あの、シェリエル。あまりの速さに砂埃(すなぼこり)がたち始めたんですけど……。

 一気にウィンドアシストを解くとシェリエルがバランスを崩して倒れてしまう為、私は少しずつウィンドアシストを弱めていき、砂埃をたてて今にも突っ込んで行きそうなイノシシ状態のシェリエルを通常の状態に戻していく。

 ウィンドアシストを完全に解いた時にはシェリエルは息を切らしていた。


「ルミリア様……ウィンド…アシストは……すごいですわ。はぁ、はぁ……」

「う、うん、砂埃がたつほどだったからね」


 そこまでもっていくシェリエルもすごいけど、と私は心の中で付け加えておいた。


「なるほど、まるで物を投げる時の腕の力みたいに動かしたい方向へ風を吹かせるのですね」


 ユークは早速イメージをして呪文を唱えた。そして訓練用の剣を手に取り横へ振る。


 ヒュッ!


 鋭い風切り音が鳴った。ユークは驚いた様子で自分の腕を見る。


「1回で出来るようになるなんて、すごいじゃないか!」

「おめでとうございます、ユークさん!」

「良い鋭い風切り音が鳴りましたね。あとは戦いの最中に素早くイメージをしてウィンドアシストを使えるようにならなければですね」

「はいっ!」


 騎士として生き残れる可能性が見えてきたユークは希望に満ちた表情で返事をした。

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