17.指導前に体験教室?
「……ま、参りました」
ギルティエゴはガクッと膝をついた。
「おぉ……」
「これが勇者様のお力……」
「速すぎて動きがよく分からなかった……」
いつの間にか騎士達が私とギルティエゴを囲むように並んでいた。ひぇ~、自分に「ちょっとカッコイイかも」なんて酔っていたところを見られてたなんて恥ずかしぃ。
私は顔が熱くなるのを感じながら何事も無かったかのように、ありがとうございました」と言って剣を背の低い騎士に返した。
「あの、さ、先程お話したことを意識すればあなたは更に強くなれるでしょう。この国を守る騎士として頑張って下さいね」
膝をついたギルティエゴに手をさしのべる。
「は、はい!」
悔しそうに項垂れていたギルティエゴは気持ちを切り替えたようで、少し前までの慢心した声色ではなく真っ直ぐな返事を返してきた。そしてしっかりと私の手を握り返し、立ち上がる。 ――ってお、重いっ! ただでさえ体格差があって重いのに、鎧を身に付けてる状態でって。
一瞬バランスを崩しかけた私はすぐに力を入れて立て直す。
ギルティエゴは立ち上がると私に向けて敬礼をした。ふぅ、良い方向に改心してくれたようで良かった。もし、これでひねくれて更に悪い方向にいってたらどうしよかと思ったよ。根は素直な人のようで良かったー。
「ごほん、本日の訓練はここまで。各自、武器・防具の手入れを怠らないように。解散!」
騎士長はそう言い、並んでいる騎士達を解散させた。騎士達は先程の戦いの話をしながら解散し始めた。
「いやぁ、ありがとうございます! 勇者様。アイツにはいい薬になりました」
騎士長は笑みを浮かべてそう言いながら私のところへやって来た。
「いえ、私はただ彼と剣を合わせただけですから。……騎士長、彼のことですが、彼自身が変わるだけではなく周りの騎士も変わらなければいけませんよ」
「……やはり見抜いておられましたか」
騎士長は渋い顔をしながら答えた。
「仰る通り、他の騎士は身分を気にしてわざと力を抜いており彼の成長を妨げてしまっています。私も気付いていながら彼の成長を妨げてしまっておりましたので、勇者様のお言葉を胸に刻み今後はその様なことを無くしていけるよう努めてまいります」
「そうですね、よろしくお願いします。それでは私はこれで」
騎士長に一礼し、私は練兵場を後にした。
さて、剣術指導と緊張でちょっと疲れたけど、気分転換になったから部屋へ戻って台詞の練習でもしよっかな。
薄暗くなってきた城内を魔石を使って明かりつけている使用人に「ご苦労様です」と声をかけながら廊下を歩いていた。
「勇者様!」
突然、後方から声を掛けられ内心ビックリしつつも私は後ろを振り返った。振り返ると紺色の髪に深緑色の瞳をした15、16歳くらいの小柄な少年が駆け足で駆けてくるところだった。
「僕の名前はユークと言います。先ほどはありがとうございました。お疲れのところすみませんが、お願いがあります! どうか僕にも剣術指導をお願い致します!」
うん? この声は――ギルティエゴの対戦相手だった背の低い騎士? 僕にもって……ああっ! しまった、ギルティエゴの矯正しか頭になかったから、この人に剣術指導するのをすっかり忘れてたよ!
「ご、ごめんなさい。ギルティエゴさんのことがあったのでうっかりしていました。そうですね……」
私は勇者の剣術指導の記憶を参考にアドバイス(もどき)を考える。
「今は身体を鍛えて力をつけることですね。あなたは他の騎士の方達より反応が速いので防御・回避は出来ています。なので、体力と力をつけて剣術を磨いていくといいと思いますよ」
「そうですか……」
ユークが少し残念そうな顔をしてる。あちゃ~、聞きたかった指導と違ってのかな。はぁ、どんな指導をすれば良かったんだろう……。
「……勇者様、無理を承知でお願いがあります!」
ユークは何かを決心した様子で私を見る。えっ、なに? そのお願いって私なんかでもできるものかな?
「僕に剣術の個人指導をしていただけないでしょうか?」
「こ、個人指導ですか?」
えぇっ、どうしよう。ってかこういうのって引き受けたら贔屓になっちゃうよね? 立場的に誰かを贔屓に見るのって良くないだろうし。
「僕のように小柄な者でも、どうすれば対格差のある相手と互角以上に戦うことができるのか教えていただきたいのです!」
なるほど。確かに自分と似たようなハンデを抱えている私がギルティエゴのような体格差のある相手と対等に戦えるのは何故か知りたいよね。まぁ、答えは勇者がハイスペックなお陰なんだけどさ。
う~ん、ユークの悩みを解決してあげたいんだけど、どうしたらいいかなぁ……。ここはクロル達に相談した方がいいかも。
「ごめんなさい、少し考えさせて下さるかしら?」
「……分かりました」
ユークは少し諦めたような表情をしながらそう言った。あぁ、そんな顔しないで。相談していい返事が返せるように頑張るから。
心の中でそう言いながら私は部屋へ戻った。
×××××
部屋へ戻り、夕食をとって一息ついてからユークのことをクロル達に相談する。
「確かに彼だけに個人指導をするのは勇者という立場上、良くないかな」
「やっぱりそうだよね。なんとか力になりたいんだけどなぁ……あっ、そうだ! 私が幻術を使って容姿を変えた状態で指導すればいいかなぁ?」
「いや、そうしたら『ユークと練習している人物は一体何者だ?』ってなってしまうよ」
「そっかぁ……」
う~ん、良い案が浮かばない。困ったなぁ……。
「城内は常に見回りの衛兵がいますから誰にも見られずにやること事態難しいと思いますわ」
「そうだよね……」
あ~、詰んだよ。諦めるしかないのかなぁ。
「……そうだ! 誰にも見られなければいいんだよ」
「へ?」
クロルは何やら解決策を閃いたらしい。
「まぁそうだけど、一体どうやって誰にも見られないようにするの?」
「夜、練兵場の一部分に幻術を使い、誰もいないように見せる空間を作ってその中で指導をするんだ。音は防音で聞こえないようにするから大丈夫」
「なるほど~。でもそこに行くまではどうするの?」
「それは浮遊で身体を浮かべて天井に沿って行けば大丈夫だろう」
「えっ、浮いて !?」
わぁ、なんか楽しそう! ――じゃなくて、そんなことしても上を見られたら即バレちゃうじゃない。
「まぁ、楽しそうですわ!」
シェリエルが目を輝かせながら言う。シェリエルまで楽しそうって……遊びじゃないんだけどなぁ。2人ともバレたりしないか心配してなくない?
「ねぇ、衛兵が上を見たら即バレちゃうよ?」
「あ、言い忘れてだけど、もちろんバレそうになったらすぐに幻術で天井と同化するから大丈夫だよ」
「それならよかった。……あ。ねぇ、今気付いたけどこれって警備的に不味くない?」
魔術無しでも天井にくっついて伝いながら移動とかできるでしょ。
「ルミリア様、お忘れですか? 城内の壁に施された装飾のラインより上に触れると即座に居場所が衛兵や騎士、魔術師に伝わるようになっているではありませんか。
それに、軽い火炙りに電撃に動きを封じる部分石化で侵入者を捕らえる仕組みになっているので心配はありませんわ」
「あ、そ、そうだったね。すっかり忘れてたよ、あはは……」
ひぇ~、そんな恐ろしいシステムがあるなんて知らなかったよ。それなら魔術師でない限り侵入は不可能ってことだよね。まぁ、警備として大丈夫ならいいけど。
「じゃ、早速ユークのとこに行こうか」
「そうだね」
「私もご一緒させていただきますわ」
「えっ、シェリエルも?」
「ダメでしょうか……?」
シェリエルは瞳を潤ませながら私を見てきた。そんなに浮遊――というか飛びたいのね。とても楽しみにしてるみたいだから断りにくいなぁ。まぁ、シェリエルの性格なら羽目を外したとしても人に迷惑をかけるようなことはしないと思うから大丈夫かな。
「うん、いいよ。ただ行く前に服装を変えなきゃね」
だって侍女の服装はスカートだからね、ズボンを履かなきゃ。
「そうですね、すぐに着替えて来ますわ」
そう言ってシェリエルは部屋を出ていった。
「ねぇねぇ、ぼくの力で移動すれば一番早くて簡単に移動できるよ」
シェリエルがいなくなると同時にクロルのポーチからウィニット君がひょこっと顔を出した。
「確かにそうだけど、それをする事でウィニットの存在が知られてしまうことになるからやめておいたんだ。シェリエルはルミリアがいる限り大丈夫だろうが、ユークはどんな人物か分からないし」
「はぁーい、わかった。……早くぼくもお話に参加したいなぁ……」
ウィニット君はちょっぴり寂しそうな顔をしながら渋々ポーチの中へ戻った。そうだよね、いつもポーチの中にいるんじゃ話し相手なんていないもんね。
人付き合いは苦手だけど、ウィニット君の為にも、そして自分の為にも信頼できる人を少しずつでも増やしていかないとね。
私がちょっとした決意を固めていると、シェリエルが戻ってきた。シェリエルはいつもの可愛らしい侍女の服装とは違う、乗馬用の服装と思われるシックで動きやすそうな格好をしていた。
……シェリエル、どこぞのモデルさん? って言いたくなるくらいめちゃくちゃスタイル良いんですけど。私にもそのスタイルの良さを分けてほしい……。
「……あの、乗馬用の服装なら大丈夫だと思い着替えたのですが、おかしいでしょうか?」
シェリエルが少し不安げな表情で私に聞いてきた。おっといけない、いけない。つい羨ましくてじぃ~っと見ちゃってたよ。
「そんなことないよ。ただ、いつもと違う服装だからちょっと気になっちゃって」
「そうですか、それなら良かったですわ」
シェリエルはホッとした様子で笑みを浮かべた。
「みんな揃ったことだし、まずは浮く感覚に慣れようか」
「うん」
「そうですね」
クロルは確認をとると早速呪文を唱えた。風が優しく身体を包み込む感覚がし、ゆっくりと身体が浮き始めた。そして天井付近まで浮く。
なんだか緑の服を着た永遠の少年が子供達を自分の住む国に連れていく場面みたい!
私は両手を横に広げて身体を床と平行になるようにしてみた。……あ、真下を見たらちょっと怖いかも。
「2人とも、怖くないか? もし怖ければ遠慮なく言ってくれ」
「はい! 私は大丈夫ですわ」
「う、うん、真下さえ見なければ大丈夫だと思う」
「そうか。もし移動中に怖くなったら遠慮なく言ってくれていいから。それじゃ、一旦下に降りて部屋を出ようか」
そう言うと、私達の身体はゆっくりと降下していき地面に降りた。
部屋の外に出て誰もいないのを確認し、再び天井付近まで浮く。
「ルミリア、ユークがどこにいるか聞いてる?」
「あっ、聞き忘れてた……」
「ユークさんは正騎士ですよね? 正騎士の方には城から宿舎が提供されているのでそちらに居るのではないでしょうか?」
「なるほど、そこに行ってみようか」
「では私がご案内致しますわ。まずは右へ真っ直ぐに行って下さい」
シェリエルの案内に従い、私達は宿舎へ向かった。
道中、何人かの衛兵にすれ違ったけれど、全く気付かれることなく宿舎へたどり着くことができた。
しかしどの部屋にユークが居るか分からない為、部屋の前に掛けられているプレートにユークの名前がないか地道に探すことになった。
「うーん……あっ、あった!」
宿舎はほとんどが2人以上の相部屋だったけれど、幸いなことにユークの部屋のプレートにはユーク以外の名前は書かれていなかった。
私だけ下に降り、控えめに扉をノックする。中で物音が聞こえ、扉に近付く足音が聞こえてきた。
「はい、なんでしょ……ゆ、勇者さ」
「しーっ! こんばんは。急に押し掛けてすみません。突然ですが単刀直入に聞きます。今から剣術指導をしようと思うのですが大丈夫ですか?」
「えっ、そんなまさか……本当にいいのですか?」
「はい、この国の平和を守るために騎士の皆さんには強くあっていただきたいですから」
「ありがとうございます! すぐに支度をします!」
ユークは急いで部屋へ戻った。私はユークが用意できるまで再び浮いて待つ。
数分後、部屋から出てきたユークにウィンドコネクションで上を見るように指示を出した。ユークは口を押さえながら「ひっ!」と小さく声を出して驚いていたけれど、すぐに落ち着きを取り戻した。
そのままウィンドコネクションで説明をし、クロルのフロウトでユークを浮かび上がらせて練兵場へ向かった。
始めは浮遊感覚に戸惑っていたユークだけど、すぐに慣れたらしく浮遊するのを楽しんでいた。