16.お誘い――というかほぼキョウセイ
事務所を出て部屋へ戻ると、ちょうど昼食時だったのでみんなで昼食をとった。
食後、パレード後に話す台詞の練習をするけど……同じことの繰り返しだから飽きてきてしまう。
「ふわぁ~……」
「お疲れ様です、ルミリア様。お茶をどうぞ」
「ありがとう」
シェリエルが淹れてくれた紅茶を飲んでひと息つく。ふぅ~、ちょっと気分転換になにか違うことをしたいなぁ。そうだ、剣術の練習でもしてみよっかな。
私は立ち上がり腰に剣を下げる。
「剣術の鍛練をされるのですか?」
「うん、ちょっと身体を動かそうと思って」
「そうですか。今の時間帯でしたら練兵場で騎士の方々が訓練をしていると思いますわ」
「そうなんだ」
ちょっとこの世界の騎士がどんな感じなのか気になるから訓練に参加してみようかな? あ、でも私の剣術ってゲームが元になってるから見られたら怪しまれちゃうよね。 まぁ、1人の方が気楽にできるし、行くのはやめておこう。
「教えてくれてありがとう。夕食までには戻って来るね」
そう言って私は部屋を出た。
部屋を出て、勇者の記憶を頼りに人気の少ない、剣を振り回しても大丈夫そうな場所へ向かう。
城内を歩いていると、金属が激しくぶつかり合う音が聞こえてきた。もしかして騎士が訓練で剣と剣を激しくぶつけ合っている音かな?
ちょうど練兵場の様子が見える小窓を見つけたので覗いてみる。
練兵場では、少し赤みがかった黒い鎧姿の騎士たちが1対1で剣術訓練をしていた。おぉ、これが訓練ね。カッコイイなぁ♪
「これはこれは、勇者様ではありませんか。こんなところでどうされたのですか?」
突然声を掛けられ、私は素早く声が聞こえてきた方へ振り返る。そこにいたのは練兵場にいる騎士と同じ様な鎧姿で、ヘルムを脇に抱えた中年の騎士だった。
ただ1ヶ所だけ練兵場にいる騎士の鎧と違って、鎧の左胸の辺りに金色の縁取りが施された赤紫色の炎の紋章がある。えっと、この紋章は――騎士長を表しているのね。ってことは、この彫りの深い太めの眉のおじさんが騎士長なんだ。う~、緊張してきた……!
「こ、こんにちは、騎士長。剣を打ち合う音が聞こえてきたので、少し訓練の様子が気になりこちらの窓から見ていたのです。皆さん頑張っていらっしゃいますね」
とりあえず当たり障りのないことを言っておく。
「はい、有事に備えて日々鍛えております。ところで勇者様、これから自己鍛練をされるのですか?」
騎士長はやたらとにこやかな表情をしながら聞いてきた。なんか嫌な予感がする。
「えぇ、そうですが……」
「でしたら是非、騎士達と一緒に! ささっ、こちらへ」
まだ良いとも言ってないのに騎士長は私の背中を押してきた。げっ、予感が的中しちゃったよ、どうしよう。ってか騎士長、ちょっと強引じゃない? いつもそうなのかなぁ?
そう思って勇者の記憶から探してみる。するといつもそんな感じで練兵場に向かう記憶を見つけた。はぁ~、それじゃ仕方ないか。
私は騎士長に押されるがまま練兵場へ向かった。
練兵場に着き、騎士長が騎士達に声を掛ける。騎士達は訓練を中断してビシッと敬礼をした。
「今日は急遽、勇者様が我々の為に貴重なお時間を割いて剣術指導をして下さることになった。皆、しっかりと学ぶように!」
「はっ!」
騎士長の話に騎士達は気合いの入った返事をした。
いや、ちょっと待った! 私はただ騎士達と一緒に訓練するだけで、剣術指導をするなんて言ってないし、そんなことを頼まれてないはず。……あ、勇者の記憶からいつもこんな流れで剣術指導に入ってるのが出てきたよ。はぁ……。
騎士達がじぃーっと私を見ながら指示を待っている。あぅ、そんなに見られると緊張してくるよ。と、とりあえず何か指示を出さなきゃ。
今まで勇者がどんな風に指導していたのか記憶を探す。……よし、このやり方でいこう。
「そ、それでは皆さん、間隔を広めにとって2列に並んで下さい」
「はっ!」
騎士達は慣れた様子でサッと私の指示通りに並んだ。
「それでは今から皆さんには隣にいる相手と戦ってもらいます。皆さんが戦っている間に私は皆さんの剣術を見ていきます。……それでは、始め!」
合図の直後、練兵場内に複数の雄叫びと金属が激しくぶつかり合う音が鳴り響いた。さて、私は騎士達の動きを見てアドバイスをしなきゃいけないんだけれど……今までゲーム以外で剣術なんて見たことないから何が正しくて、何が間違っているのか分からない。やば~、これじゃアドバイスできないじゃない!
……そうだ、とりあえず勇者の記憶にある指導と比較しながら見ていこう。
私は騎士達の動きをじっくり観察しながら勇者の記憶と比較していった。
しばらく観察し、なんとかアドバイス(もどき)を捻り出した私は「きっと変なタイミングで言っているだろうなぁ」と、空気が読めていないのを自覚しながら端から順番に騎士達に声を掛けていった。
案の定、半分くらいの騎士達に「えっ、今?」と驚いた反応をされた。はぁ~……、ぼっちでなければきっと上手く空気を読めたんだろうなぁ。
ちょっとネガティブな気持ちになりながら最後のペアを見る。
最後のペアは勇者のように背の低い小柄な騎士と、対照的に騎士の中で1番背の高くて体格のいい騎士だった。
背の低い騎士は押されっぱなしで防ぐので精一杯の様子。――と、始めは思っていたけど、そうでもないみたい。背の高い騎士にスキができた時、背の低い騎士は攻勢に出ている。けれど当たる前に剣のスピードが落ちているように見えた。もしかして……。
私は勇者の記憶から背の高い騎士の情報を探す。ふむふむ。上流貴族、ギルティエゴ・ロエ・ダフニスク。21歳。赤毛に濃い橙色の瞳の青年。ダフニスク家は先祖代々騎士の家系であると。
上流貴族だからってみんな手加減している訳ね。でもって、ギルティエゴはそうとも知らず手加減無しで相手をボッコボコにして自分が最強だと勘違いしていると。
……ふふっ、ゲームや小説にこういうキャラはいたけど、まさか実際にお目に掛かれるとはね。さぁ~て、物語の主人公のようにギルティエゴを矯正しちゃいますか!
私は面に出さないように気を付けながら、心の中でニヤリと笑みを浮かべた。
戦っている最中のギルティエゴに近付き、肩をトントンと叩く。
「あ゛あん?」
私が空気を読まずに肩を叩いたからギルティエゴがメチャクチャ不機嫌そうな声を発しながら振り向いてきた。こ、こわっ! やっぱり矯正するのはやめておこうかな……。
弱気になっていると、「失礼しました、勇者様」とギルティエゴが謝ってきた。ほっ、とりあえず怒ってくる様子は無いようで良かった。それじゃあ、気を取り直して矯正作戦続行といきますか!
「ギルティエゴさん、あなたは随分と余裕があるみたいですね」
「さすが勇者様。仰る通り、そうなんですよ。ここにいる奴らみんな弱すぎて相手にならなくて」
予想通り、ギルティエゴは手加減してもらってることに気付いていない。
「ならば私が相手になりましょう。魔王を倒したとはいえ、剣術と魔術の両方を使ってやっと倒せたぐらいなので、剣術に特化した騎士相手では難しいかもしれませんね」
わざと下からでて反応を見る。
「そんな~、勇者様がお相手して下さるなんてぇ~。やっと少しは本気を出しても大丈夫そうな人と戦える」
ギルティエゴはニヤつきながらそう言った。これは完全に勇者の私ですら見た目で弱いと判断してるね。そんな相手の力を見極めれない野郎には、あっつーいお灸を据えてやらなきゃね!
そんなことを考えていると自然と笑みがこぼれてきた。それとほぼ同時に様子を見ていた騎士達が後ずさりをした。あっ、悪そうな顔しちゃってた? う~ん、気を付けなきゃなぁ。
背の低い騎士に開始の合図をお願いし、訓練用の剣を構えて合図を待つ。
「……そ、それでは、始め!」
少し少年っぽさの感じられる声の合図で、私とギルティエゴの勝負が始まった。
「それでは勇者様、いかせていただきますっ!」
いい終わると同時にギルティエゴは走って私に近付いてきた。どうやら一発で勝負をつけたいらしい。ふふっ、ならば応えてあげましょう。
また、笑みがこぼれてしまったけど、ギルティエゴは気付いていない様子。私はそのままギルティエゴが近付くのを待つ。
ギルティエゴが私の間合いに入った直後、私は素早く剣を振り上げた。
ガキィ―――ンッ!
ギルティエゴの剣は空中に高く飛び、ギルティエゴの3、4メートル後ろの地面に突き刺さった。うん、キレイに決まったね♪
「なっ……!」
ギルティエゴは剣を振った姿勢のまま信じられないといった表情で固まっていた。
「あら、手加減して下さったんですね」
にっこりと微笑みながら地面に刺さったギルティエゴの剣を抜く。
「それではもう1度やり直しましょうか。次は本気を出しても良いですよ」
あからさまな挑発をしながら私は剣を渡す。ギルティエゴの目つきが鋭くなり、ニヤリと笑みを浮かべてきた。
「……ありがとうございます、勇者様。それでは遠慮なくいかせていただきます」
ギルティエゴは怒りを滲ませながら言ってきた。ひっ、恐い……挑発なんかしなきゃ良かったかも。あぁ、負けたらどうしよう。今さらさっきのことを無しにするなんて出来ないし……仕方ない。自分で蒔いた種だ、やるしかない。
私は気合いを入れて挑むことにした。
また背の低い騎士に開始の合図を頼み、合図を待つ。背の低い騎士は先程とは違うものを感じ取ったらしく、緊張した表情で私とギルティエゴを見る。そして深く息を吸い「始めっ!」と合図を出した。
ギルティエゴは先程よりも速い動きで攻撃を仕掛けてきた。私は繰り出される剣撃を剣で受け止めたり、受け流したりした。
先程よりも強い剣圧があり、ギルティエゴが真剣な表情で剣撃を繰り出していることから本気を出しているのが分かった。
でも、ハイスペックな勇者の身体のお陰で難なく剣撃を受けれている。良かったぁ~。ハイスペック勇者様、バンザーイ!
気持ちにゆとりが出てきた私はじっくりとギルティエゴの動きを観察することにした。
しばらく剣撃を受けてみて、力があるのは分かったけど……力にムラがあったり、動きが単調で素人の私でも次が予測出来てしまったりと残念な事が分かった。これはしっかり現実を教えてあげなきゃね。
私はギルティエゴと鍔迫り合いにもっていく。
「ギルティエゴさん、あなたは今まで対戦相手に追い詰められた事はほとんど無いのではありませんか?」
ギルティエゴだけに聞こえる声量で話しかける。
「はい、仰る、通りです」
あまり余裕が無いのかギルティエゴは途切れ途切れに答えた。
「どうして追い詰められることが無かったのか、理由は分かりますか?」
「それは、他の騎士より、実力が、上だから」
「いいえ、違います。理由は、あなたが上流貴族のお坊ちゃんだったから皆、手加減をしていただけです。そんなことも見抜けなかったのですか?」
「っ……!」
「確かにあなたは並みの騎士より力があるようですが、ただ力だけあっても騎士としていかがなものかと」
「くっ……!」
私のあからさまな嫌みに反応してギルティエゴの力が強まる。これくらいの嫌みに一々反応していたら、私のお局上司から嫌みの嵐を受けたらキレて暴力問題とか起こしちゃいそうだね。
「感情に振り回されていては、必ずスキが生まれますよっ!」
言い終わると同時に私はギルティエゴを剣で押し返し、その勢いで後方に跳んで距離をとった。
ギルティエゴを見ると、よろめき崩れかけたバランスを立て直そうとしているところだった。うん、スキだらけ。んじゃ、とどめといきますか!
私は脳内に浮かんだゲームの動きを真似して地面を蹴り、一気に距離を縮める。バランスを立て直しかけているギルティエゴの持つ剣めがけて下から上へ自分の剣を振り上げ、ギルティエゴの剣を空中へ飛ばす。そして剣腹をギルティエゴの首にピタリと当てた。よしっ、決まった! やったね!
顔は真剣な表情のまま心の中で喜んでいると、私の3、4メートル後ろの地面に剣が突き刺さった音がした。うん、こっちも完璧! ひゃっほ~い♪