15.リトライ
シェリエルは「はぁ……」と息を吐きながら首を振った。
「失礼ながらお二人の様子を見させていただきました。ルミリア様、どうして突然早足でクロル様から離れていかれたのですか?」
「いや、あれはその……なんだか急に恥ずかしくなって、何も考えないようにしていたらいつの間にかね……」
「あはは~」と笑ってみるけど、シェリエルは「はぁ~」と大きなため息をつきながら、やれやれといった様子で首を振る。
「折角の二人きり、しかも色とりどりの花々に囲まれた良い雰囲気でしたのに……」
「あの~、前にも言ったけど私とクロルはそういう関係じゃ――」
「私はルミリア様に相応しいお方はクロル様しかいないと思っております」
「はぃいっ !?」
いきなりなに爆弾発言してんの !? ってか私の話をきいてなくない?
「あの、こんな誰に聞かれているか分からないようなところでそんな話をしたらさ、ね?」
とりあえず内容が内容だから場所を変えようと促す。しかし――。
「良いんです。ルミリア様を自分のものにしようと考えている方々に手を引いてもらう意味もありますから」
「は、はぁ……」
ダメだ、気合いが入りまくっていて止められないや。そもそもなんでそんなにクロル押ししてくるんだろう?
「あの、どうして私なんかに相応しい相手がクロルなの?」
「それはもちろん、ルミリア様が魔王打倒の旅の同行を認められるほどの実力を持つ方であり、魔王を倒すために苦楽をともにされたからですわ」
シェリエルはよくぞ聞いてくれましたといわんばかりの笑みを浮かべながらそう答えた。いや、そう言われても実際は違うんだけどなぁ。ってかそもそも――。
「周りが身分とかうるさいんじゃないかなぁ」
身分違いの恋ってよくあるテンプレだけど、実際にそうなったらムチャクチャ大変そうだし。
「恋に身分なんて関係ありませんわ! どんな困難がお二人の前に立ち塞がろうとも私が全力でサポート致しますわ!」
シェリエルはキッパリとそう言い切った。おぉ、そう言ってもらえると心強いわ~。……って何を考えているんだ、私!
「それに、クロル様はルミリア様と同じで世界を救って下さった英雄様ですよ! だから身分の壁なんて。……やはりルミリア様も身分を気にされるのですか?」
シェリエルは悲しそうな表情で見てきた。
「いや、好きな人なら身分とか気にしないよ」
「本当ですか! それでは私、全力でサポートさせていただきますわ!」
シェリエルは目を輝かせながら満面の笑みを浮かべた。あー、なんか火に油を注いじゃった感じ? これじゃますますシェリエルの暴走は止まらないなぁ……。
ちょっと諦めつつクロルと合流し、部屋へ戻った。
×××××
翌日、朝食を食べ終えた私はクロルに昨日のことを話し、文官達がいる事務所へ行ってくると伝えた。
部屋を出て扉を閉めると、ティーセットを乗せたワゴンを押すシェリエルに会った。
「ルミリア様、どちらへ行かれるのですか?」
「ちょっと文官の方々がいる事務所へ」
「事務所へ? ……もしかして昨日のことでしょうか?」
「うん、まぁそんな感じだね」
「それでは私もご一緒しますわ」
「えっ、いいよ。これは私の問題だから」
「いいえ、これはルミリア様に中庭で気分転換するのを提案した私に責任がありますから」
いやいや、本当に私がいけないんだけど……まぁ、1人だとさらに変なことをやらかしてしまうかもしれないから一緒に来てもらった方がいいかも。
「それじゃあ、お願いするね」
「はい、しっかりサポートさせていただきますわ。その前にルミリア様、少しお時間をいただけますか? クロル様に紅茶とお菓子をお渡ししてきたいので」
「それなら私も手伝うよ」
「ありがとうございます。でも、すぐに終わ……らせるにはやはり一緒にしていただいた方がいいですわ! よろしくお願いいたします」
申し訳なさそうな表情をしていたシェリエルが、話している途中でガラリと表情が変わった。もしかして何か企んでる?
「ささっ、早くやりましょう!」
「う、うん」
答えを導き出せぬまま、私はシェリエルに引っ張られるように部屋へ戻った。
「あれ? 早いじゃないか、どうしたんだ?」
クロルは少し驚いた様子で開いていた魔導書を閉じる。
「あ~、行く前にシェリエルの手伝いを――」
「ルミリア様がクロル様のためにお茶を淹れたいそうですわ」
「えっ、ちょっ」
「ささっ、まずはティーポットとカップの中にお湯を注いで温めましょう」
そう言いながらシェリエルは私の前にティーポットとカップ置き、お湯の入ったポットを渡してきた。あぅ、シェリエルの用意が早すぎて否定するタイミングを逃しちゃったよ。あの表情の変わりようはそういう意味だったのね。くぅ~、やられた……。
仕方ないのでシェリエルの指示通りに私は紅茶を淹れることにした。
「ど、どうぞ」
上司の前にお茶を置く時とは違う緊張を感じながら、淹れたての紅茶をクロルの前に置く。
「ありがとう」
そう言うと早速クロルは紅茶を飲んでくれた。
「うん、香りも良いし美味しい。ありがとう、ルミリア」
クロルは爽やかな笑顔を向けながらそう言ってくれた。はぁ~、その笑顔でそんなこと言われたら……って冷静になれ、私! 紅茶が美味しいのなんて、お城で扱う茶葉なんだから当たり前じゃない。さっ、紅茶を淹れ終えたんだから事務所に行かなきゃ。
「それじゃあ、私は事務所に行ってくるね」
「やっぱりまだ行ってなかったんだね。わざわざ紅茶を淹れるために戻ってきてくれてありがとう。お手伝い、頑張って」
「うん、頑張る。ありがとう」
クロルにそんな言葉をかけられて嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが脳内を占拠する。しかし、シェリエルが小さくガッツポーズする姿を見た瞬間、一気に冷静になった。シェリエルにのせられてる場合じゃない。淹れ終わったんだから早く行こう。
雑念を振り払い、私は部屋を出た。シェリエルが何か言いたそうな表情をしながら私の後を追って部屋を出てきた。シェリエルが言いたいことは大体予想がつくから私は無視して早足で事務所を目指すことにした。
事務所の近くまで来た私は少し上がった息を整える為にゆっくりと歩く。私の後を着いてきたシェリエルは完全に息が上がっていた。
そりゃそうだよね。だって私、競歩並みの早さで歩いていたもん。逆によくついて来れたなぁって思うよ。
「疲れたでしょ? 戻って休んでいても大丈夫だよ」
「お気遣い……ありがとう……ございます。しかし……これくらいのことで……休まなければならないほど……軟弱者ではありませんわ」
途切れ途切れに言うと、シェリエルは大きく深呼吸して息を整え始めた。
数分後、息が整った私とシェリエルは事務所へ入った。
事務所の中は向かい合わせで机が並んでおり、それぞれデスクワークをこなしていた。やっぱりパソコンがないからみんな手書きで書類を作成してるんだね。
「おはようございます、勇者様。朝からこのようなところへみえるとは、どうされましたか?」
1人の文官が私に気付き声を掛けてくる。すると、他の文官達がデスクワークを中断して立ち上がり挨拶をしてきた。みんなの視線が私に集中し、緊張して冷や汗が出てくる。
「お、おはようございます。毎日ご苦労様です。私に構わずどうぞ、お仕事の続きをして下さい」
元の世界で役員が突然の来訪した時の記憶を咄嗟に思い出すことが出来た私は、なんとかそう言うことができた。
文官達は「失礼します」と言って一礼するとデスクワークの続きを始めた。ふぅ、なんとかのりきったぁ~……って安心してる場合じゃない。
私は先程声を掛けてくれた文官に声を掛ける。
「オルフォンさんとお話がしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「オルフォンですね、わかりました。今すぐ呼んで参りますので、どうぞこちらの応接室の中でお待ちください」
そう言うと、文官は応接室へ案内してくれた。
数分後、オルフォンが緊張した面持ちでやって来た。
「おはようございます、勇者様。お話があるとお聞きしたのですが……お話というのは昨日のことでしょうか?」
オルフォンは少し顔を青くしながら聞いてきた。
「えぇ、昨日のことに関係したことです」
そう答えると、オルフォンはさらに顔を青くした。もしかして身体の調子が悪いのかなぁ?
疑問に思っていると突然、オルフォンは床に手をついて頭を下げてきた。
「不快な気持ちにさせてしまい申し訳ありませんでした!」
「は、え、えぇ?」
いきなり謝られた !? いや、謝るのは私の方なんだけど……あ、もしかして感情を隠しきれてなかったことを謝ってきてる?
「あの、頭を上げて下さい。私はあなたから不快な気持ちにされたことなんてありませんよ。お話というのは昨日、私が起こした問題の償いとして何かお手伝い出来ることはないかということなのです」
「お、お手伝い……ですか?」
オルフォンはポカンとした表情で私を見てきた。
「はい。何か私でもできることはありませんか?」
「そんな、勇者様のお手を煩わせる訳には。昨日の件も通常業務も問題なくやれておりますので大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
オルフォンに丁寧に断られてしまった。ベレンツォも言ってたけど本当にオルフォンって仕事ができる人オーラがあるから、どんなことでも問題なく終わらせちゃいそう。でもそうだとしても何もせずに帰るのはイヤだしなぁ……。
「そう言わず、どんな雑務でもいいのでお手伝いさせていただけませんか? お願いします」
私は祈るようにお願いしてみた。
「……わかりました、少々お待ちください」
オルフォンは若干表情を引き攣らせながら部屋を出た。やば、もしかして逆に迷惑かけちゃってる?
そんなことを思っているとオルフォンが書類と四角い石盤みたいな物を持って来た。
「こちらの石盤は魔術式卓上計算機という魔道具でして、石盤上にある数字を押した後にこの『+』を押すと足し算を、『-』を押すと引き算をしてくれるものでございます」
「す、スゴい……!」
まさかこの世界に電卓もどきが存在するとは!
「実はこの魔術式卓上計算機、私の妻が作ってくれたんですよ」
オルフォンは自慢げに紹介してきた。
「妻は数少ない女性職人魔術師でして、『仕事の助けになるように』と私の為にこんな便利な物を作ってくれたんです。しかも私の誕生日に――」
オルフォンは実に嬉しそうに話し始めた。――これってリア充自慢だよね? けっ、そんな話を聞きたいなんて言ってないし。ってか職人魔術師って何?
私は勇者の記憶から職人魔術師のことを探す。へぇ~、魔術を使って魔道具を開発する人達のことなんだぁ。
「まぁ、そうなんですか。素敵な奥様ですね」
とりあえず適当に社交辞令を言っておく。すると、オルフォンは上機嫌になりさらに奥さん自慢を話し始めてきた。あのー、自慢話を聞きに来た訳じゃないんだけどー。
「オルフォンさん、そのお話はまたの機会によろしいでしょうか? 今はお仕事の時間ですよね? 私はこの魔術式卓上計算機を使って計算をすればよろしいですか?」
「はっ、私としたことが。申し訳ありません。はい、勇者様にしていただきたいのは書類の合計金額があっているかの確認作業でございます」
「わかりました、それでは早速させていただきます」
私は魔術式卓上計算機――長いから電卓ならぬ魔卓って呼ぼう――を左に置き、正面に書類を置く。よし、セッティング完了! さぁ、始めますか!
私は魔卓に数字を打ち込み始めた。
初めはキーの間隔を掴むためにゆっくりから始め、慣れてきたら少しずつスピードを速めていった。
「スゴいです、ルミリア様!」
「魔術式卓上計算機を見ずに数字を打ち込むなんて……!」
シェリエルとオルフォンは驚いた様子で呟いた。ふふっ、仕事で毎日のように電卓を使ってますからね。ブラインドタッチなんて当たり前ですよ~。……でもちょいちょい入力ミスするから修正したりしてムダな動きがあるんだけどね。
途中からシェリエルが書類を捲りやすいように整えてくれたお陰でさらにペースが上がった。
「……できました。金額は全て合っていましたよ」
シェリエルがキレイにまとめてくれた書類を魔卓と一緒にオルフォンへ渡す。
「ありがとうございます、勇者様。まさかこんなに早く終わるとは……私では勇者様の倍以上の時間がかかっていたと思います」
「まぁ、そんな謙遜なさらなくても。私は慣れていたので少し早くできただけですよ」
そう言った直後、オルフォンは信じられないといった表情で私を見てきた。
「あの、この魔道具は私以外に持っている者はいないのですが……もしかして妻以外にこの魔道具を発明している者がいるということですか?」
オルフォンは少しショックを受けたような様子で尋ねてきた。しまった、うっかり「慣れてる」なんて言っちゃったよ。なんとか誤魔化さなきゃ。えーっと……。
「ルミリア様、もしかして魔王打倒の旅の途中で似たような魔道具を見つけられたのですか?」
言い訳を考えていると、シェリエルがそんなことを聞いてきた。あ、この話は使えるかも!
「そ、そうなの。実は魔王の城でこの魔道具と似たものを使った仕掛けがよくあったんです。折角奥様がオルフォンさんの為に作られたものを、魔王の城にあったものと似ているなんて言うのは悪いと思い、言い出しにくかったのです」
咄嗟に思いついた言い訳を言い、オルフォンの様子を伺う。
「なんと、そうでしたか。お気遣いありがとうございます。妻には言わないでおきます」
オルフォンは驚きつつも、少しホッとした様子でそう言った。ふぅ~、なんとか誤魔化せたみたい。あとは話題を変えなきゃね。
「オルフォンさん、他に計算するものはありますか? もしあれば、そちらもやりますよ?」
「いえ、先程していただいたものだけで充分でございます。これ以上、勇者様にしていただいたら私の仕事が無くなってしまいますから。本当にありがとうございました」
「そうですか……、分かりました」
折角私でも役立てる仕事を見つけれたのになぁ。まぁ、仕事を取っちゃったらいけないもんね。
私はシェリエルと一緒に大人しく事務所を出ることにした。