13.あの~、ちょっと……
翌日、朝食を食べ終えてのんびりとくつろいでいると、陛下からの伝言を伝えに使者がやって来た。伝言の内容は「今後のことを話したいので謁見の間に来てほしい」というものだった。
シェリエルが片付けのため部屋を出ている隙に、私は素早くクロルと打ち合わせ(といっても何かあったら昨日のようにクロルがウィンドコネクションで助けてくれるという話)をし、謁見の間へ向かった。
謁見の間に着くと、昨日と同じ顔ぶれが既に並んでいた。
「勇者、そしてクロルよ、昨日は身体をよく休めることができたかね?」
「はい、お陰様ですっかり疲れがとれました」
「私も同じです、ありがとうございました」
「そうか、それは良かった」
陛下はにこやかに微笑んだ。
「さて、集まってもらったのは今後の事――凱旋パレードのことについて決める為に集まってもらったのだが、開催日は来賓、準備等を考慮して3日後に行いたいと考えている。2人とも良いかな?」
お、クロルの言ってた凱旋パレードの話が出てきたー、と思ったらやる日が3日後って早くない !? まぁ、魔王を倒して平和になったことを早く祝いたいからかもしれないけど。
特に都合が悪いなんてことはないし、ウィンドコネクションを使ってクロルも大丈夫だと言ってきたから「大丈夫です」と答えた。
「では3日後の10時から開始としよう。主な流れは勇者が旅立つ前にやったパレードと同じように王都の大通りを回るというものにしようと考えているのだが――」
そう言いかけると陛下はクロルをチラリと見た。
「勇者と共に魔王を倒してくれたクロルには本当に申し訳ないが、君のその髪と瞳の色だと人々に不安と混乱を招いてしまうかもしれない。そこでパレードには代理の者をたてて、君には特別に用意した席から観覧してもらうという案がでているのだが……どうだろうか?」
えっと、それってつまりパレードに出るのは私とクロルの偽者ってことだよね?
「わかりました。陛下の仰る通りにさせていただきます」
クロルはあっさりと受け入れた。いやいや、何すんなり受け入れてんのよ! 知らない人と一緒にパレードに出なきゃいけないなんて、私は絶対にイヤだよ。
でもみんなクロルの返事を聞いてホッとしてる。このまま偽者と一緒にパレードしなきゃいけないのはイヤだけど、賛成派の人達の前で1人、反対意見を言うのって怖いしなぁ……。
それに私なんかに賛成派の意見を覆せるほどの力なんて……あっ、そうだ! 今の私は“勇者”なんだからそう簡単に意見を無下にされることはないはず! よぉーし、反論開始だ!
緊張と不安に負けそうな自分を鼓舞し、表情を引き締めて私は陛下を見た。
「ぉお言葉ですが陛下、それはあまりよろしくない対応だと私は思います。それでは人々に真実を伝えていません」
話し始めが若干、震え声になってしまったけど、その後はなんとかしっかりと言えたと思う。
「ふむ。では勇者よ、何か良い案があるのかね?」
陛下が少し困ったような様子で聞いてきた。しまった、ただ1人がイヤで言っただけだから代案なんて考えてなかったよ。ク、クロル、ヘルプー!
……うぅ、クロルから助け船が来ない。クロルのいけずぅ~。こうなったら時間を稼ぎながら自力で代案を考えないと。
「彼がパレードに出ても人々に不安と混乱を招いてしまわないようにするには、彼の魔王と似た特徴をどうにかする必要があります。そこで幻術を使ってその特徴を変える……という考えが浮かびますが、それを選ぶわけにはいきません。それも人々に真実を伝えていませんから」
ひぃ~、危ない危ない。「真実を伝えないとダメ」って言ってる人が、早速幻術を使うなんて意見を言っちゃうところだったよ。う~ん、どうしたらいいんだろう……。
何か他に良い案がないか考えていると突然、左耳に風を感じた。これは――ウィンドコネクション !? 待ってましたー!
私は早速クロルの言った通りに話し始めた。
「人々に不安と混乱を招かずに真実を伝える方法……私が考えたのは魔王の特徴を緩和させることです」
「ほう、緩和させるとな。一体どうやって緩和させるんだね?」
「はい、彼は魔術師ですからパレード中、黒に近い紺色のローブを着てフードを被ったままでいてもらうのです」
「黒に近い紺色のローブ? ……なるほど、そういうことか。黒に近い紺色のローブのフードを被ることで、黒髪を紺色だと人々は考えると。紫色の瞳の者は多くはないが、いないわけではから問題ないというわけだね?」
「はい、そうでございます」
おぉー、そういうことなんだぁ。クロルの言った通りに話したけど、陛下の解説を聞くまで全くわからなかったよ。
「あとは、パレードの最後にフードをおろした彼を見せ、『魔王が人間の魔術師に成りすます為に参考にした人物である』との説明をします。そうすれば魔王と疑う人々が皆無まではいかないかもしれませんが、少なくなると思います」
「うむ、わかった。では彼の紹介は勇者に任せる。私の言葉よりも勇者の言葉の方が皆、信じるだろう。ローブの件に関しては魔術師長、勇者が言ったようなローブはあるかね?」
「はい、初期デザインの物でそれに近いものが数着ございます」
「うむ、では終わってからクロルと共に取りに行ってくれ。ついでに手直しもした方が良いだろう」
「はっ! そのように致します」
「では次は当日の動きについて――」
パレードの話はどんどん進んでいった。けどあの~、私、大勢の人の前で話すことなんて承諾してないんですけど。……ダメだ、言い出すタイミングが掴めない。
結局、意見を言えずに話し合いはお開きとなってしまった。
謁見の間を出ると、クロルは早速魔術師長と共にローブを見に行った。
ちなみに私のパレードの服装は勇者の一族に代々受け継がれている正装とすでに決まってるということで、先に部屋へ戻ることにした。
「はぁ……」
部屋へ入るなり、私は無意識のうちにため息をついていた。
「どうかされたのですか? ルミリア様」
シェリエルは紅茶を用意しながら聞いてきた。
「いや、う~ん……実は――」
私は正直に「大観衆の注目を浴びながら話すのは緊張して苦手」だと打ち明けた。
「まぁ、そうなんですか。魔王打倒の旅に出る前、威風堂々とお話しされているように見えたルミリア様ですが、実はそんなお気持ちだったのですね」
シェリエルは意外だといった様子で私を見ていた。
……はっ! 私、気づかぬうちに墓穴掘っちゃってる !? あ、でも、シェリエルがいい方向に解釈してくれてるから大丈夫そう。ふぅ~、危ない危ない。
「ルミリア様、私にお手伝いできることがありましたらなんでもお申し付け下さい」
「ありがとう。それじゃあ……話の肉付けや推敲を手伝ってくれる?」
「わかりましたわ」
シェリエルは快く引き受けてくれた。
本当は全部考えて欲しいぐらいだけど、流石にそれをしたら勇者とあまりにもかけ離れちゃう。というわけで、シェリエルにはサポートに回ってもらうことにした。……けど、私の頭じゃ業務連絡な話になってしまうからかなり頼ることになるだろうなぁ。
×××××
「くぅ~、ふわぁ……」
私は固まった身体をほぐすために伸びをした。
「お疲れ様です、ルミリア様。少し遅くなってしまいましたが昼食をお持ちしますね」
そう言ってシェリエルは席を立ち、料理を取りに部屋を出た。
いやぁ~、シェリエルがかなり助けてくれたお陰で無事に話す内容が決まったよ。あとは本番で上がってヘマしないように気を付けなくちゃね。
コンコン……
「入るよ」
「どーぞー」
クロルが荷物で膨らんだ袋を手にして部屋へ帰ってきた。袋の中から紺色の布が見えたから魔術師長から貸してもらったローブが入ってるみたい。
「衣装はバッチリそうだね」
「あぁ、なんとかね。そっちはどう? パレード最後の話」
「うん、シェリエルのお陰でなんとか大丈夫そう。ただ、あとは自分が人前で話すときに上がってヘマしなければね……そうだ!」
私はクロルに原稿を見せる。
「当日、もし私が話してて台詞が飛んじゃったりしたら、この前みたいにウィンドコネクションで教えてくれない?」
だって今度は謁見の間にいた人数の何百倍もの人を前に話さなきゃいけないんだもん。絶対に頭の中が真っ白になっちゃうよ。
「う~ん、そうしてあげたいけどその時、俺も一緒に人々の前にいるわけだからなぁ。謁見の間の時みたいに頭を下げて口の動きを見られないならいいけど、今度のはそうはいかないから無理だなぁ」
「そんなぁ……。あ、そうだ! クロル、腹話術できる?」
「いやいや、できないよそんなこと」
ガーン……。どうしよう、これじゃあ頭の中が真っ白になっちゃったら終わりだよ……。
「それじゃー、ぼくがやる~?」
クロルのポーチからウィニット君がひょこっと顔を出した。
「えっ、ウィニット君が? ウィニット君ってウィンドコネクション使えるの?」
「使えないよぉ。でも、クロルがぼくとおねーさんを繋ぐウィンドコネクションをしてくれれば大丈夫だよー」
なるほど。それなら……いや、その前にウィニット君って文字読めるのかなぁ? そっちの方が心配になってきた。でもそれをストレートに聞いたら失礼だし……。
「んじゃ、1度練習してみようか」
クロルが私の心配を察してくれたのか、練習を提案してくれた。早速クロルはウィンドコネクションを発動し、私は耳元に風を感じた。
《あ~、おねーさん聞こえてる~?》
「聞こえてるよー」
私はウィンドコネクションを発動してないからそのまま話しかける。
《それじゃあ読むね~。えっとぉ、『ほんじつは、みなさんとともに、このひをむかえることが――』》
ウィニット君はたどたどしく原稿を読んでいく。一応、間違えずに読めているけど……これはウィニット君に頼らなくてもいいくらいしっかり丸暗記しておいた方が良さそう。私のために頑張ってくれてるウィニット君には申し訳ないけど……。
「すごいね、ウィニット君! これなら安心だよ。本番よろしくね」
心の中で「ごめんね」と思いながら、先ほど思ったことは一切おくびに出さずにウィニット君に言った。
×××××
昼食を食べ終え、私は台詞を頭に叩き込む為ひたすら原稿を読む。
「ルミリア様、少し休まれてはどうですか? あまり根を詰めすぎるのはよくありませんから」
シェリエルはそっと紅茶の入ったティーカップを私の前に置いた。
「う~ん」
伸びをして身体をほぐし、シェリエルが入れてくれた紅茶を飲む。程よい甘さと優しい香りが口の中に広がり、気持ちを楽にしてくれる。
「気分転換にお城の中を歩いてきてはどうですか? 今の時期は中庭に植えられた花々がちょうど満開に咲いていて綺麗ですよ」
「へぇ~、そうなんだ。ちょっと行ってみようかな」
私は立ち上がって再び伸びをする。その直後、シェリエルは一瞬だけニヤリと笑みを浮かべた。シェリエルの笑みに疑問に思っていると、シェリエルは素早く魔導書を読んでいるクロルを見た。
「クロル様もご一緒にどうですか? ルミリア様もお一人で見るよりお二人での方が良いですよね?」
「え? あ、うん……」
確かにほとんど知らないところを1人で歩くよりは誰かと一緒の方がいいけど……あっ、もしかしてシェリエルの策略にまんまとはまってる !? あわわ、どうしよう。
悩んでいる間にクロルは「そうだな」と言って読んでいた魔導書をテーブルの上に置き、私の元へ来てしまった。
うぅ、この状況で今さらやめるなんて言えないし……仕方ない、大人しく一緒に行こう。あ、シェリエルったら小さくガッツポーズなんかしてるし。
私はシェリエルが企んでいる方向をなるべく意識しないようにしながら、クロルと一緒に部屋を出た。
シェリエルが教えてくれた通り中庭へ行くと、色とりどりの花々が本当に綺麗に咲き誇っていた。専属の庭師が1つ1つ丁寧に世話をしているようで、葉は青々としているし、枯れかけてたり変色しているようなものは1つもない。
元の世界にいた時は花をちゃんと見たりしたことがなかったけど、こうやって改めて見ると花って本当に綺麗だなぁ~。はぁ、こんな綺麗な花々に囲まれて2人っきりとか……ってなに考えてんのよ、私!
恥ずかしくなり、顔が一気に熱くなるのがわかった。ぐうぅ、シェリエルに侵されつつあるかも。
私はクロルから少し距離をとるように足を速めた。