12.な、なんなのこの侍女 !?
「おかえりなさいませ、ルミリア様。私、ルミリア様がご帰還されたと聞いて急ぎ、お屋敷から飛んで参りましたの」
栗色の髪を後ろでお団子にした勇者より歳上と思われるお姉さんって感じの侍女が、とても嬉しそうに藍色の瞳を輝かせながらそう言ってきた。
お屋敷から飛んできたって――もしかして勇者の侍女をやってた人なのかな? だとしたら急いで侍女の記憶を探さなきゃ!
私は急いで記憶を探し始めた。しかし――。
「それにしても、ルミリア様がまさか旅の途中で殿方を捕まえてご帰還されるなんて、驚きですわ」
「はいぃぃい !?」
いきなり侍女が爆弾発言をしてきた! ちょっと、爆弾発言のせいで記憶探しどころじゃないよ。とりあえず勇者っぽい丁寧な言葉遣いで対処しなきゃ。
「あのっ、違いますからね! 決してあなたが思っているようなことはありませんからっ!」
私はキッパリと言いきった。こういうのってしっかり否定しておかないと後々大変なことになりそうだもん。
「あらあら、そんなにムキになくても大丈夫ですわ。ルミリア様が公言されるまで私、絶対に誰にも言いませんから」
「いえ、そうではなくて!」
「先程クロル様ととても親しげにお話をされていたではありませんか。私、この目と耳でしっかり見聞きしておりますわ」
「あれは共に魔王を倒す仲間であるから身分とか関係無く話していたわけでして……。つまり対等な立場となり丁寧な言葉遣いを無すことで素早く意思疏通ができ、連携が取りやすくなるからそうしているのです」
ふぅ、無い頭を使ってなんとか理由を話したけど、納得してくれたかな?
侍女の反応を見てみる。侍女は小首を傾げながら頭の上に「?」が浮かんでいるような表情で2、3度瞬きをしていた。あー、この反応は上手く伝わってないね。う~ん、どうしよう……。
次にどう説明しようか考えていると、急に「うふふ」と大人の女性らしい仕草で口元に手を当てながら侍女が笑った。
「わかりましたわ。ルミリア様がそこまで仰るのなら、今はまだそういうことなんですね。ふふふ」
えっと……これはあまり良い反応ではない? ってか『今はまだ』とか言ったよね、この侍女。それってつまり――。
「少し――いえ、半分以上『もしかしたらルミリア様の――?』と思っていたのでちょっと鎌をかけさせて頂きました」
「なっ!」
ちょっと、なんてことを仕掛けてきてんのよ! こらこら「てへっ♪」って笑顔で誤魔化そうとしない! まったく、こんなことをする人が本当に勇者の侍女なの?
私は侍女の前での振舞いだけでなく侍女のことも記憶から探すことにした。
「それにしてもルミリア様。なんだか雰囲気が随分と変わられましたね」
侍女は何事もなかったかのように話してきた。
「そ、そうかしら? そんなに変わっていないと思うけれど」
「だって、ベッドへダイブしちゃうなんてお茶目なこと、旅に出る前のルミリア様ならしませんもの。それをするようになるなんて、うふふ」
「えっ! み、見てたの !?」
「いいえ、見ていませんよ。少しベッドが乱れていたのと、今のルミリア様の雰囲気から予想しましたわ」
うっそ……、自分では綺麗に直したつもりなのに。恐るべし、観察力と推理力!
「昔は真面目な顔や社交界用の笑顔しかされなかったのに、今は年相応な柔らかい表情になられましたね」
「そ、そうかしら?」
ぎくっ! 私ってそんなに気が緩んでるように見えちゃってる? ヤバイ、どうしよう。マジで大至急、記憶を探し出さなきゃ。
……あれ? なんか記憶の中の侍女と目の前の侍女の振る舞いが違うんだけど? とりあえず自分の変化を認めつつ、侍女の変化を指摘してみよう。
「確かに私は旅立つ前と比べれば変わったかもしれないですね。でも、あなたも私が旅立つ前と比べて随分と変わっていると思うのだけれど?」
「それはルミリア様が変わられたからですわ。私はただ、それに合わせて変えただけですから」
「そ、そうなの……?」
「はい。あ、変わられたといっても、公私を分けるようになられたという事ですわ。以前は私生活までも公の前にいるような堅苦しい感じでしたから……そうですわ!」
侍女は何か閃いた様子で両手を胸の前で合わせた。
「ルミリア様。これからは私にも丁寧な言葉遣いではなく、クロル様と同じように砕けた話し方をして下さいませんか? 今のルミリア様ならその方が楽ですよね?」
「えっ、それは……」
どうしよう。確かに楽だけど、気が緩みすぎてボロが出たりしないか不安だなぁ。ここはやっぱり――。
「あなたと話す時は、今まで通りの話し方で――」
話している途中、急に侍女が目尻に涙を溜めて泣きそうな顔になり、私は続きが言えなくなってしまった。
えっと、そんなに砕けた話し方がいいの? もしかしてこの世界の主従関係では“砕けた話し方=全幅の信頼をされてる”的な感じで考えられてるのかな? だとしたら私、酷いことしちゃってるよね。急いで訂正しなくちゃ。
「――と、思ったけどあなたの言う通り、砕けた話し方の方が楽だね。そうさせてもらうよ。これからあなたのことは名前で呼んでいいのかな?」
「はい! シェリエルとお呼び下さい」
侍女、シェリエルは先程の泣きそうな顔をしていたのが嘘みたいに満面の笑みで答えた。
……もしかしてさっきの泣きそうな顔って演技? うーん、わからない。でもまぁ、特に悪いことではなさそうだし気にしなくてもいっか。
あとはクロルとシェリエル以外の人に対する言葉遣いに気を付けておけば……あれ? そういえばクロルの侍従は?
「ねぇ、シェリエル。クロルの侍従がまだ来てないけど?」
「クロル様の侍従は来ませんわ」
「え、どういうこと?」
「私がクロル様のお世話も担当させて頂くからです。ルミリア様とクロル様の為ですもの、他の侍従がきて邪魔をされたら困りますから」
ぎゃっ、まだ変なこと言ってるよ! もう、いくら違うとはいえクロルの前では恥ずかしすぎるよ。
「君1人で2人の面倒をみるのは大変じゃないか?」
クロルはシェリエルの言った内容を全く気にした様子もなくシェリエルに聞いた。あれ、もしかして気付いてない? それはそれでちょっと悲しいような……。
ってそんなことより、クロルの言う通り1人で2人の面倒をみるのは大変だよ。部屋も別々なんだし。
「お1人増えるくらい、私には問題ありませんわ」
「でも部屋が違うし」
「問題ありませんわ。実はこのお部屋にはちょっとした仕掛けがありまして……」
そう言うとシェリエルはポケットから複雑な形に加工された銀色の塊を取り出した。そして「失礼します」と言ってベッド脇にある台をどかす。すると壁には先程シェリエルが取り出したものと同じ形をした窪みがあった。
シェリエルはなんの迷いもなくそれを壁に嵌める。その直後、私の部屋とクロルの部屋を隔てる壁が消滅した。
元クロルの部屋のテーブルの上には食事中のウィニット君がいた。ウィニット君は突然の出来事に驚いた様子で手に持っていたナッツをポロリと落とした。ぷふっ、かわいいなぁ~。
と思っていたら今度は視界を遮るように扉付きの壁が現れた。
「これでお部屋が1つになりましたわ。こちらの扉付きの壁によってベッドルームが造られましたからプライベートは守られます。これでお部屋の問題は解決ですわ」
そう言ってシェリエルは満面の笑みを向けてきた。確かにシェリエルの言う通り部屋の問題は解決したけど……。
「今のは一体どういう絡繰りなんだ?」
クロルは興味津々にシェリエルに尋ねた。
「うふふ、それはですね、先程の魔石で魔術回路を変えたからなのです」
「魔術回路を……なるほど、そういうことか」
「えっ、今の説明でわかったの !?」
なんとクロルはたったあれだけの情報で理解したらしい。私は魔術回路自体が分かんないからサッパリだよ。
「確認だがこの部屋には元々2種類の魔力の通る回路があって、通常は別々の部屋として壁を出現させるように作られた魔術回路が機能している、であっているかい?」
「はい、そうですわ」
「で、さっきシェリエルが嵌めたのは魔石――魔力を通しやすい石でそれを嵌めたことにより機能していない魔術回路に魔力が通うようになって、今のような部屋の造りになったってことだよな?」
「そうでごさいます! あれだけの情報でそこまでたどり着くなんて素晴らしいですわ、クロル様!」
シェリエルは驚いた様子で拍手をした。
「へ、へぇ~……」
えっと……つまり魔術回路ってのは魔法陣みたいなものだよね? それが部屋に2種類あって、今はシェリエルが嵌めた石によって部屋を1つにする魔法陣が起動しているってことなのかな? 本当によくあれだけの情報で分かったね、クロル。さすが魔術師だ。
「ルミリア様、相変わらず魔術知識学は苦手のようですね。……そうですわ! クロル様に魔術知識学を教えてもらうのはどうでしょう?」
私の反応を見てシェリエルがそんなことを言ってきた。
「えっ? いや、いいよ。知識はなくてもそういうのはやり方さえ分かれば使えるんだから」
異世界に来ても勉強しなきゃいけないなんてイヤだよ、なんてこと思いながらそう返すとシェリエルが真剣な表情をしながら近づいてきた。
「ルミリア様、これはクロル様に近づくチャンスなのですよ。ルミリア様がもたもたしている間に他の女にとられたら悔しくないのですか? それとも好きでもない殿方と政略結婚することになってもいいのですか?」
私の耳元でシェリエルはそんなことを言ってきた。小声だったけど、何故だかもの凄く迫力があった。
確かにシェリエルの言う通りになるのはイヤだけど、勉強もイヤだし……。それにしてもシェリエルって積極的だなぁ。もしかして肉食系女子?
ちょっとどうでもいい疑問が浮かんだけど、とりあえず「その話は今はしなくていいの。それよりお腹すいてきちゃった」と言ってはぐらかしておいた。
シェリエルは少し呆れたような表情でため息をつき、「間もなく夕食のお時間になりますので準備を致しますね」と言って一礼し、部屋から出ていった。
しばらくすると、たくさんの料理と食器類を乗せたワゴンを押してシェリエルが帰ってきた。
ワゴンの上には元の世界の私じゃ決して食べることができないような“ザ・高級料理”という感じの料理が並んでいる。シェリエルは前菜から順に私達の為に給仕してくれた。
1つ1つ丁寧にどんな食材が使われているか説明してくれたけど、残念ながらサッパリわからなかった……。でもどれも美味しかった。
食後のデザートが出てきた時、私はシェリエルが一口も料理を口にしてないことに気が付いた。当たり前のように給仕してもらってたけど、シェリエルだってきっとお腹がすいてるはず……。お腹がすいてる状態の人に食べ物を見せるだけなんて酷いことしちゃった。
「シェリエル、気付かなくてごめんなさい。シェリエルもお腹すいてるよね?」
そう言うとシェリエルはキョトンとした表情になった。
「急にどうされたのですか? 私は侍女として当然の事をしているだけですわ。ルミリア様達が済んだ後にちゃんといただきますから、お気遣いなさらなくて大丈夫ですよ」
シェリエルはそう言ってにっこりと微笑んだ。
「でも……」
確かに私とシェリエルの関係は主従関係だから侍女として当たり前のことをしているだけだろうけど、私にとっては主従関係というよりもお友達のような考えでいるからなんだか申し訳ない気持ちになるんだよね……そうだ!
「ねぇ、これからはシェリエルも一緒に食べようよ」
「えっ、それは――」
「シェリエルは私達と一緒に食べるのはイヤなの?」
ちょっと意地悪く言ってみる。
「そんな、とんでもありません!」
すかさずシェリエルはそう答えた。
「それじゃあ、決まりだね。あ、給仕はしなくていいからね。私、今回の旅を通していかに自分が甘やかされていたか気付いたから」
勝手に想像して言ってみたけど、多分間違ってはいないはず。
「……ふふ、ルミリア様は本当に変わられましたね。ありがとうございます、それでは明日からそのようにさせて頂きますわ」
シェリエルは嬉しそうに微笑んだ。