11.一難去ってまた一難?
頭の中が真っ白になって何も話せずにいると、左耳に風を感じた。
《私はまず、魔王が目撃された街へ向かいました》
はっ、それだよそれっ! クロル、ありがとう!
クロルの助け船のお陰でなんとか台詞の続きを思い出すことができた。
でも、台詞を思い出せたはいいけど、緊張が和らいだ訳じゃない。だから話している間、緊張のせいで何度も台詞が飛びそうになってヒヤリとした。
それでも、とりあえず報告(旅の途中で魔物と戦っている魔術師クロルに出会い、魔王を倒す旅をしていると知って共に行動するようになり、協力して魔王を倒しました!)をし終えることができた。
「ふむ、後ろに控えている彼が魔王打倒に協力したという魔術師か……。例の物を勇者に」
「かしこまりました」
なんとか無事に報告し終え、ホッとしたのも束の間、陛下が魔術師に指示を出した。返事をした魔術師は私の元へやって来ると、はがきサイズの封書を渡してきた。げっ、練習ではこんなシチュエーション無かったよ !?
突然の出来事に戸惑いながらも、私はその封書を受け取った。緊張で手が小刻みに震えるけど、なんとかキレイに封を開ける。中には見たことのない文字で書かれた紙が1枚入っていた。しかもその紙からは魔力を感じる。
勇者の記憶によると、どうやらこの紙は魔道具の一種のようで、紙に触れている者以外は読めないようになっているらしい。
私以外に見られちゃいけない……もしかしてクロルに見られちゃいけない内容でも書いてあるのかな?
とりあえず私は勇者の記憶を頼りに文字を読んだ。そこにはこう書かれていた。
【勇者よ、ひとつ確認しておきたいことがある。
魔術師クロルは、魔王が人間に成りすましていた時の特徴ととてもよく似ている。しかも、私のところに『勇者が魔王を仲間として迎えた』という噂が入ってきている。
もし彼が魔王であるのなら、ウィンドコネクションを使ってその経緯を教えて欲しい】
うぎゃっ、これって中年の衛兵がやらかしてくれた内容だよ! 陛下になんて説明したら良いかクロルに相談したいけど、全員が注目している中でクロルにウィンドコネクションを使って聞いたら怪しまれちゃうよね?
とりあえず先にこれだけは言っておこう。あとはクロルが私の台詞から何が書かれていたかを読みとってもらうしかない。
……でも、もし私の台詞が情報不足でクロルが読み取れなかったら……えぇいっ、考えても仕方ない! もう賭けだ賭け!
私は賭けに出た。
「陛下、確かに彼は魔王が人間に成りすましていた時の特徴とよく似ておりますが、彼は魔王ではありません。どうぞ、ご安心下さい」
私にできるのはこれくらいしか無いからあとはクロルに勘に頼るしかない。
「ほう、そうか。ちなみに勇者よ、その理由も教えてもらえるかね?」
り、理由はえっと……ク、クロルぅ~。
心の中でクロルに助けを求める。その直後、再び左耳にクロルの声が聞こえてきた。私は台詞を間違えないように、そして不自然さが出てしまわないように気を付けながら話し始めた。
「はい、理由は魔王の魔力とクロルの魔力の性質が違うからです。魔王からは禍々しい闇の力を感じましたが、クロルからはそのような力は全く感じませんでした。
これは私の推測ですが、魔王が人間になりすましている時の特徴とクロルの特徴が似ていたのは恐らく、クロルが魔術を使って魔物と戦っているところを偶然にも見たからでしょう。
この国で“魔術が使える者”と言ったら“王国に属する魔術師”です。ですから、クロルを見た魔王は“魔術が使える人間=王国に属する魔術師”との考えに至り、クロルの特徴を真似して王国の魔術師の1人として侵入し、内部から破壊していこうと企んでいたのではないかと思います。
しかし実際、クロルは王国の魔術師ではなく、また魔王が自らのおかした失敗でその企みは実現不可能になりましたが」
「なるほど、そういうことか。疑ってすまなかった。……衛兵長よ、今日の城門前担当の衛兵は誰だったかね?」
陛下は衛兵長に視線を向ける。顔は穏やかだけど目が全然穏やかじゃない。
「も、申し訳ありません! 今日の担当はベレンツォとラトールです」
衛兵長は少し上擦った声で答えた。そんな衛兵長をチラリと見ると、顔中に冷や汗をかいていた。
「またあのベレンツォかね……」
陛下はため息とともに言った。どうやら中年の衛兵、ベレンツォの勘違い騒動は今回が初めてではないみたい。
勇者の記憶からベレンツォのことを探してみると、とても真面目な中年だけど変な勘違いをする残念な人で有名だということがわかった。
「衛兵長、今後ベレンツォは守衛当番から外して武器等の管理業務についてもらうのはどうかね? 真面目な彼には向いていると思うが」
「ははっ! すぐにそのように致します!」
衛兵長は敬礼して答えた。陛下は衛兵長から視線を外し、私とクロルを見る。
「話がそれてしまったな。勇者、そしてクロルよ、見事魔王を倒してくれた。この世界に生きる人々を代表して礼を言わせてもらう」
そう言って陛下は優雅に礼をした。
「ところでクロルよ。そなたは今後はどうするつもりかね?」
「はい、私は魔術師ですので魔術を研鑽していきたいと思っております。そこで、恐れながら陛下。私に王国の魔術師の方々の技術を学ばせて頂きたいのですが、許可を頂けないでしょうか」
えぇーっ、このタイミングでその話を出すの? なんか「褒賞は王国の魔術師の技術で」と言ってるようなもので厚かましい人だと思われちゃわない? 普通そういうのってある程度お互いの信頼関係を築いてから話すものでしょ。
「ほう、我が国の魔術を……」
ほらほら、陛下も考えるように顎をなでてるよ。そりゃあ、会って間もない相手に国の技術の提供だなんて考えられないよね。ここは一旦引き下がって――。
「陛下、私からもお願いします。勇者様が同行するのをお認めになるほどの実力、ぜひ我々も彼の魔術を学びたいと思っております」
魔術師長が頭を下げて言った。あー、なるほど。ただの技術提供じゃなくて技術交換ね。それならお互いに得るものがあるもんね。
「うむ、わかった。ではこの件に関しては魔術師長に任せよう」
陛下も私と同じ考えに至ったようで、納得した様子で許可を出してくれた。
「さて2人とも、今日は長旅で疲れているだろう。今後のことについては明日以降、話していきたいと思う。部屋を用意してあるから今夜は城でゆっくりと休んでくれ」
「ありがとうございます」
陛下に一礼し、私達は謁見の間から出た。
謁見の間の外に出ると、先程案内してくれた侍女が待っていた。
「お疲れ様でした。それではお部屋へご案内致します」
侍女はそう言い、私達を部屋まで案内し始めた。
「こちらが勇者様のお部屋になります。クロル様のお部屋はとなりのお部屋になります。後ほど担当の侍従、侍女が参りますのでお部屋でお待ちください」
案内してくれた侍女はそう言うと深く一礼し、去っていった。
「侍従、侍女かぁ……」
身の回りの世話をしてくれる人が常にいるとなると気が抜けないなぁ。
「ねぇ、侍女って外してもらうことできないかなぁ?」
「それは難しいな。一応、客人としてもてなされている訳だから。それにルミリアは貴族という立場だし」
「そっかぁ……」
そりゃそうか、客人をほっとくなんて失礼なことできないよね。
「まぁ、あらかじめどれくらいの範囲を自分でやるか話しておけば、ある程度は自由になるんじゃないかな」
「なるほど。ありがとう、そうしてみるね」
クロルにアドバイスを貰い、私達はそれぞれの部屋へ入った。
部屋は1人部屋にしてはかなり広く、控え室同様、煌びやかな装飾が施されていてた。そしてベッドは天蓋着きのベッドだった。
わぁー、天蓋着きのベッドなんて初めて見たよ。ちょっと行儀悪いけど、ベッドへダーイブ!
ぼふっ!
ふわぁ~、なんて気持ちいいんだろう。掛け布団は軽くてふっかふかだ~。下のマットレスは程よい弾力性があって、身体に負担の掛かりにくい姿勢を維持できるように作られているみたい。おまけにシーツの触り心地もいいから、このまま寝ちゃいたいなぁ~。
……はっ! いけない、いけない。まだ侍女と会わなきゃいけないんだった。
私は急いで乱れたベッドを直した。
ベッドを直し終わった後、特にやることがないから部屋の中を観察しながら侍女が来るのを待つことにした。
いやぁー、それにしても本当にすごいなぁ。たまにテレビで紹介されてるお金持ちの豪邸にありそうな家具ばかりだわ~。……ん? あれはなんだろう?
私はベッド脇の台に置かれた掌サイズのドーム型の置物を見つけた。色は乳白色で、下の方に丸や半円などの模様が刻まれている。観賞用の置物にしては少し味気ないからただの置物ではないのかな?
うーん……勇者の記憶にもないや。わかんないからクロルに聞いてみよっと。
私はクロルを呼びに部屋を出た。
「ねぇ、クロル。ちょっと教えて欲しいことがあるんだけどいい?」
「わかった、今行くよ」
そう返事があって数秒後、クロルは部屋から出てきた。
「なんか部屋によくわからない置物があるんだよねぇ~」
私はクロルを自分の部屋へ案内し、置物を見せる。
「これなんだけど、観賞用の置物にしてはなんだか味気ないような感じがするんだよねー。だからただの置物じゃなくて何かに使う道具なのかなぁ~と思ってさ」
「んー、これは……」
クロルは置物を手に取り、いろんな角度から眺める。
「これは月光石で作られてるのかな? だとすれば石に刻まれた模様は……」
クロルは少し考えた後、置物を台の上に戻し、指で軽く置物に触れながら何かを描いた。すると置物が光りだした。
「素晴らしいです、クロル様。そちらは最近できたばかりの照明魔道具でございますわ」
「ひぃっ !?」
突然、後ろから声が聞こえ、ビクッと身体が硬直する。私はギギギギッと動きの悪いロボットのような動きで恐る恐る後ろを振り返る。するとそこには先程とは違う侍女が立っていた。
「い、いつの間に……?」
「クロル様をお部屋に通された後からですわ。あ、ちゃんとお二人の邪魔をしないように小声で『失礼します』と言ってから入りましたよ」
侍女は「てへっ♪」と言わんばかりの笑みを浮かべながら返してきた。ってかこの侍女、まるで私とクロルが付き合ってるみたいなニュアンスで言ってない? うわー、今度は勘違い侍女の登場 !?