10.本番前に……
城門が近づくにつれて緊張が増してくる。
「あ、そうだ。ルミリア、俺が魔王だと疑われたら、『魔王打倒に協力してくれた魔術師であり、客人』だと言っておいてくれ」
クロルは思い出したように城門前にいる衛兵の顔がわかる距離まで近づいたところでそんなことを言ってきた。えぇっ、今更それ言うのー !?
「ちょっ、練習無しのいきなり本番なんて――」
「そこの2人、止まりなさい!」
抗議の途中で城門前にいる2人の衛兵が私達に気付き、止められてしまった。うぅ、仕方ない。抗議は諦めて、まずは目の前のやるべきことを片付けなきゃ。
私は衛兵がどんな出方をするのかまずは様子をみることにした。
「ここから先は王城だ。許可証は持っているのか?」
中年の衛兵が警戒心丸出しの鋭い目つきでこちらを見ながら尋ねてきた。うぅ、恐いなぁ。まぁ、ローブを目深に被っているせいで怪しい人物に見えちゃってるから仕方ないんだけどさ。
とりあえず許可証は持ってないので首を横に振って答える。
「許可証無き者の立ち入りは原則許されない。どうしても王城に入りたければ、まずは名を名乗り、用件を述べよ。場合によっては許可がおりるだろう」
ゴクリ……ここから先は、失敗が許されない。慎重に言葉を選んで行動しなくちゃ。
私は勇者の記憶にある勇者の話し方を意識しながら話した。
「わ、私の名はルミリア・エティ・ホライン。陛下に重要な報告があって参りしました」
そう言って私はローブのフードを軽く上げて顔を見せる。
「おぉ、勇者様!」
衛兵からは驚きの声が返ってきた。
「失礼ですが確認の為、勇者様だと証明できるものを見せて頂けますか?」
「これを」
私は勇者の剣を取り出し、衛兵に見せた。
「ホライン家の紋章にこのきめ細やかな装飾……すみませんが最終確認の為に剣を貸していただけますか?」
「ええ、どうぞ」
私は中年の衛兵に剣を渡した。
「失礼します」
中年の衛兵は恭しく剣を受け取ると、鞘から剣を抜こうとし始めた。しかし、腕がプルプル震えるほど力一杯引っ張っても剣は抜けない。一人では無理だと分かった中年の衛兵は、一緒にいた若い衛兵と力を合わせて剣を抜こうと試みた。しかし剣は少しも鞘から抜ける様子はなかった。
あれ? もしかしてあの剣って勇者じゃなきゃ抜けないパターンだったの? 知らなかった~。
そんな能天気なことを思っていると衛兵から剣を返され、「剣を抜いてみて下さい」と言われた。受け取った私は簡単に剣を抜いてみせる。
「確かに勇者様です。疑ってしまい申し訳ありませんでした。先程までのご無礼、どうかお許し下さい」
衛兵2人は深々と頭を下げて謝ってきた。
「いえ、こちらが紛らわしい姿で現れたのがいけないのですから。では、私はこれで」
ボロが出る前に早くこの場を離れたい私は、そう言って中に入ろうとする。しかし、衛兵2人にまた止められてしまった。
「すみません、勇者様。勇者様は確認させて頂きましたので大丈夫ですが、お連れの方の確認がまだです」
中年の衛兵はそう言ってクロルの方を見る。
むぅ、勇者と一緒に来た人なんだからスルーしてくれてもいいのに。ま、職務怠慢になってない証だね。偉い偉い。でも、今はとっても迷惑……。
さっさと済ませたい私は「彼は旅の途中で出会ったクロルです」と簡単に紹介した。
「そうですか、クロル殿ですね」
「それではクロル殿、顔を見せて頂けますか?」
「わかりました」
クロルは言われた通りにローブから顔を出す。その直後、衛兵2人から息を呑む音が聞こえた。
「……確か魔王復活の報告に『魔王は黒髪に紫色の瞳をした人間の男を装っている』ってあったよな? つまり――」
「ま、魔王…… !?」
「勇者様、魔王は拘束して牢に入れておきますか?」
うわー、クロルの予想通り面倒なことになってるんですけどー。しかも物騒なことを言い始めちゃってるし。ここはさっきクロルが言ってたことを言って誤解を解かなきゃ。
私は急いで勇者の言葉遣いを意識した台詞に直し話す。
「こほん、彼は魔王ではありません。魔王打倒に協力してくれた魔術師です。大切な客人ですよ」
「えっ、魔王ではなく魔術師ですか? しかし魔術師といったら王国に属する魔術師しかいないはずじゃ――」
「ラトール、口を慎め!」
突然、中年の衛兵がピシャリとラトールと呼ばれた若い衛兵を一喝した。
「申し訳ありません、勇者様。ラトールはまだ経験の浅い新米の為、勇者様の御心を察することができなかったようです」
そう言って中年の衛兵はラトールの頭を手で下げさせ、自らも頭を下げる。
そして再び頭を上げると、中年の衛兵は、いかにも自信ありげな表情(ドヤ顔)をしていた。
「勇者様はズバリ、魔王を倒したのではなく、魔王を更生させたのですね! しかも、仲間として迎えるなんてなんと慈悲深い!」
はぃい? なんか話がおかしな方向に進んじゃってるんですけど。
「いえ、そうではなくて――」
「たとえ魔王でも、勇者様が魔王を仲間として迎えたのであれば当然、客人となりますね。ささ、どうぞこちらへ。ラトール、もうすぐ交代が来る頃だからそれまで誰も通すなよ」
中年の衛兵はラトールに指示を出すと、私達を案内しようと勝手に前に進み出てきた。
あーダメだ、この人。こっちの話を聞いてないよ。もう完全に“クロル=魔王”になってるよ。
クロルにどう対処するかの指示を仰ぐと「これ以上この人には何も話さない方がいい」と首を横に振って返してきた。うん、確かにこれ以上情報を与えると、中年の衛兵が更なる勘違いをしそうだよね。
私達はおとなしく中年の衛兵の後をついて行くことにした。
中年の衛兵に案内され、私達は謁見の準備が整うまで客人用の控え室で待機することになった。部屋はまるで高級ホテルの一室ような煌びやかな装飾の施された部屋だった。
普段だったらあまりの珍しさにいろんなものに目がいっちゃってるところだけど、報告で失敗しないかという不安と、中年の衛兵の勘違いがどこまで広まってしまってるかが気になってそんなことをしてる余裕はない。
「ねぇ、クロル。あの衛兵のお陰で面倒なことになっちゃったけど大丈夫かなぁ?」
ローブを脱ぎ、クロルに返しながら聞いてみる。
「う~ん、魔王だと疑われても、勇者の言葉で疑いは晴れると思ってたんだが……まさかあんな勘違いをする人が対応するとは思いもしなかったよ」
クロルは2人分のローブをポーチにしまいながら答えた。そりゃそうだよね。城門前という人の出入りが多い場所の警備につくんだから、しっかりした衛兵がついてると思うもんね。
「まぁ、もし陛下にそのことを聞かれたら、俺がウィンドコネクションで話す内容を話してくれ」
「うん、わかった」
良かったー。クロルがウィンドコネクションで随時台詞を教えてくれるんだね。それならなんとかなるかな。
不安材料が増えてしまったけど、今の私にできることはない。私は謁見の準備が整うまで、報告の台詞を頭の中で練習することにした。
コンコン……
控え室に案内されてから10分くらいたった頃、扉をノックする音が聴こえ思わずビクッ! と身体が動いてしまった。つ、ついに来たよ……! 緊張してきて心臓がバクバクする。
まずは落ち着くために深呼吸し、声が震えないように気を付けながら「はい、どうぞ」と答えた。
「失礼します」
扉が開き、1人の侍女が入ってきた。
「お待たせ致しました。謁見の準備が整いましたのでご案内致します」
「わかりました」
私とクロルは座っていたソファーから立ち上がり、迎えに来た侍女の後について行った。
「こちらです」
そう言うと、侍女は私達から1歩下がった。
「ここが……」
目の前には閉ざされた大きな扉があった。その扉の前には城門前の衛兵より少し上品な制服を着た2人の衛兵がいた。
「勇者様、陛下はこの扉の向こうでお待ちです」
そう言うと、衛兵は大きな扉をゆっくりと開け始めた。
扉が開ききると、まず奥まで真っ直ぐ続くレッドカーペットが視界に入った。そのカーペットの両側には太い柱が左右対称に並んでいる。まるでギリシャ神殿のような荘厳な空間が広がっていた。
そして一番奥から手前には、柱と同じようにカーペットを挟んで人が左右対象に並んでいる。
勇者の記憶によると、左側には騎士と衛兵、右側には魔術師と文官、と各組織の重役が並んでいるのだとわかった。
そして奥にある数段の階段を登った先には立派な玉座があり、そこには白に淡く金色が混ざったような淡いシャンパンゴールドの髪色をした風格のあるおじ様が座っていた。
あの人が王様――陛下だね。陛下も謁見の間も、クロルが練習の時に幻術で見せてくれたものと雰囲気が似てるからちょっとは緊張が和らいだかな。
そんなことを思いながら、私は練習通りの動きで陛下の手前にある柱の近くまで歩き始めた。
カーペットを挟んで立つ人々の前を歩いていると、視線が勇者ではなくクロルに集中しているのがわかった。
そりゃそうだよね、魔王が人間に成りすましていた時と同じ特徴の人物が今、自分達の目の前にいるんだもん。もしものことがあったらと思うと目を離さずにはいられないよね。
クロルが注目を集めてくれているお陰で、また少し緊張が和らいだ。
所定の場所に着くと、私は跪き頭を垂れて陛下の言葉を待った。
「勇者、ルミリアよ。よくぞ無事に帰ってきてくれた」
謁見の間に、陛下の温かみのある低音が響き渡る。
「私に報告があると聞いている。一体どの様なことかね?」
陛下がそう聞くと一気に私に注目が集まるのがわかった。ひぃっ、さっきみたいに私じゃなくてクロルを見ていてくれればいいのに……。
急激な緊張が押し寄せてきて身体が熱くなり、口の中が乾いてきた。と、とりあえず最初の台詞を言わなきゃ。
「はい。報告というのは魔王打倒の件についてであります」
私は頭を上げ、真っ直ぐに陛下を見る。その瞬間、陛下の明るい青緑色の瞳と目が合った。
はわわっ、まずい! さらに緊張して次の台詞が出てこなくなっちゃった……!