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男だけど乙女ゲームの世界に転生した。  作者: 鴉野 兄貴
番長の妹がこんなに魅力的なはずがない
8/15

二咲先輩と五葉先輩の接近

「『弟』よ。相談がある」

 水泳部の競泳水着という奴は股間にサポーターをつけるが。デカい小さいは解るもんだ。

「は、話とは何でしょうか」


 キラキラ当社比二倍。

 二咲先輩の掌は俺の右肩をすり抜け、そのまま逆の肩を掴む。

 二咲先輩の身体からプールの塩素の臭い。

 塩素で色が少々抜けた二咲先輩のパサパサの髪が俺の鼻にかかる。男相手に何をドキマギしているのだかだと?

 この世界は乙女ゲームの世界だ。

 腐歓喜要素で男同士が会話すると頬を染めたり過剰に触れ合ったりする。


「俺、彼女が欲しいんだ」

「いっぱいいるじゃないですか」


 なんせ半裸+バスタオルが基本の男である。

 スタイルも抜群だしたまに服着ても決まる。

 言動も色々と妖艶で人気キャラである。

 主に二次の世界では攻め派と受け派の激しい攻防があるほどだ。

 追加パック至上派は後者、オリジナル至高派は前者である。男にはわからない世界だ。


 ドキドキと胸が高鳴る。先輩の体温と息遣いを感じる。


「ふざけるな。俺の目的と違う」

 そのまま軽く押されて、思わずプールサイドに追い詰められる。

「お前さ。五葉と付き合ってるって本当か?」


 ……。


 真剣に問う彼に俺は何とも切ない瞳を向けていた。

「いえ。違います」

 今の彼女は『彼女』じゃないし。


「じゃ、紹介してくれるか?!」

 嫌だ。でも彼女は彼女じゃない。

「一応、本人に聞いてみないと」


「そうか。話せるなッ お前はッ?!

 恩に着る! 今日はお好み焼きをおごってやる!」


 放課後、お好み焼きをニコニコと小手でひっくり返し、喜ぶ二咲先輩を眺めながら、俺はサイダーを飲み乾した。

 苦くて甘い。不思議な味がした。



 何とか解放された俺はいつもの何倍もの時間をかけて家に帰る。

 本屋に意味なく寄り道し、そのうえで意味なくコンビニで饅頭を食べ、さらには閉店前の電気屋の玩具コーナーで店員に閉店を告げられるまで呆然としていた。

 帰宅した俺は、姉が作ったと思しき冷え切った晩飯をのろのろとした動きで冷蔵庫にそのまま入れ、不貞寝をしかけて辛うじて思いとどまる。

 はぁ。さて宿題済ませてしまおうか。


 水泳の練習が終わったら宿題なんてやってられない。

 実際宿題をまったくやらずに部活動停止処分を受ける奴は少なからずだ。

 そんなことが起きないように厳しく指導されるが文武両道とかクソ喰らえで。あれ。俺なに言っているんだろうな。はは。


 教科書をとりだし、ノートをまとめなおす。

 予復習を分らないところを重点的に、要点絞ってさくっと終わらせ、明日三笠先生に聞くべきところ、わかっていなかったので参考書などで調べねばならぬところを洗い出し、さらに必要そうなところにチェックを入れてこれは休日にまとめることに。


 ふと手が止まる。

 一冊の本に掌が触れていた。


 あ。五葉先輩から借りた参考書だ。コレ。

 どうしよう。今の彼女はコレ知らないしな。


「愛しているぞ。ゴラ」


 隅っこに書かれた赤鉛筆の痕に気づいた。


 あの時は冗談だと思っていたけどな。何年も何回もループしていれば恋愛感情なんてどうでもよくなる。

 先日まで愛情を語っていた相手も、ある日を境にリセットされて俺のことを忘れてやり直し。

 モブ同士なら尚更だろう。俺たちは名前もないし、主人公たちが意識しなければ存在も叶わない。


 かといって名前のある人物になりたいとも思わない。

 現実だってそうだろう。モブだってそれなりの人生があるし、物語もある。名前がある人間だからって幸せとは限らないし、逆もそうだ。

 主人公が狂言回しを務める作品なら、真の主人公は名もない人々になる。俺は俺でこの生活には満足している。抜け出したいと思う反面、ぬるま湯のように抜け出さない自分を知っている。


 はぁ。


「なに黄昏ているんだ。弟よ」


 首を絞める細い腕(二の腕はたぷたぷしているが)。首筋に感じる柔らかさ。

「姉ちゃん。乳でかくなった?」


「セクハラは良くない。まして姉相手に発情するとは。姉として身の危険を感じざるを得ないな」


 姉であった。


「姉ちゃん。五葉先輩にコレ渡しておいて」

 のろのろと参考書を姉に押しつけ、予復習に戻る。


「ん? コレは五葉ちゃんが無くしたと騒いでいた参考書ではないかね?」

 不審そうに参考書を受け取り、パラパラとめくる姉。


「なんかため息ばかりだと思っていたら。恋煩いか」

「誰がため息ついているって?」


 さっきからずっとだ。バカ弟。

 しっかり消しておけ。


 姉はそうつぶやくと教科書のひと角を指さす。

 消しゴムの痕と赤い痕跡。赤鉛筆は消しにくい。


「アイツは、こういうのを見ると混乱するのだ」

「すいません」


 謝ることではない。姉も辛そうにつぶやく。


「どうしてこうなったのか説明を求むといってもお前は教えてくれないし」

「何度も説明したことがある」

 ないぞと文句を言い出す姉。


 姉の性格からして攻略を放棄するのが解っている。ボッチエンドは悲惨だ。おれは見たくない。

 ボッチエンドに突入して、巻き戻るまでの間の姉の姿は可也悲惨で、特にこの世界の真相を語ったときはほぼ確実にこのルートに入る。

 この場合、『五葉 涼子』もボッチだったか彼氏ありだったかは忘れた。……なんで覚えていないのだ?


 文句を言う姉を思わず右手で制する。必死で『五葉 涼子』の攻略情報を思いだす。


 本来のゲームの基本設定に今の彼女が従うならばだが。

 確か『五葉 涼子』は主人公と二番目に好感度が高いキャラとくっつくはずなのだが。二咲先輩と彼女が接近するならば、姉に『一番目』がいないと可笑しいことになる。

「姉貴。好きな人でもいるのか」

 思わずつぶやいた俺に姉貴の腕がまたからみついた。


「いるか。バカ。こんな手のかかる弟がいるんだぞ」


 がつん。頭突きが俺の後頭部に軽くあたった。


 ありがとう。姉ちゃん。

 詳しく話せなくてごめんな。


 俺の気持ちはさておいて、五葉先輩と二咲先輩が遊びに来る日は嫌でもやってくる。

 気持ちは乗らないが二人と話して、笑って裏でため息ついて。

 ほんと。何やっているのだろうな。

 そして俺はこの『五葉先輩』という人物が、俺の知るひととは違うことを更に思い知ることになる。



「五葉。ちょっと聞きたいことがある」

「なんだね? 二咲君。俺の上腕二頭筋を見ろとかいう願いなら断る」


 モノポリーを楽しみながら『五葉先輩』(ややこしいが別人)は二咲先輩にそう告げた。


「……」

 絶句する二咲先輩。

「……だから言ったのに」

 姉は小声でつぶやいた。

 『五葉 涼子』はかなりつかみどころのない娘である。

 ゲーム本編ではどうやって彼女が好感度二番目の男性と結ばれるのかはまったく描写されていない。


 主人公が応援している?

 そんなワケがないと思う。理由は不明だがなぜか結ばれる。


 現実的な話をすると女という生き物を舐めてはいけない。二番目のキープ君を人にやるなんてとんでもない。

 とりつくしまがが無い五葉先輩に戸惑う二咲先輩。

 それでも二咲先輩はくじけず『五葉先輩』を落としにかかる。


「映画の試写会のチケットが手に入ったんだ。二五日だがどうだ?」

「ふざけるな。明日ではないか」


 女には予定がある。野郎ほどフットワークは軽くない。というか、二咲先輩から誘うことはまずないのであり得る話である。

 他の女なら万難を排して予定を開ける。イケメン最強だ。


「『弟』タンと行けばいいではないか」

「部活の後輩なのだが」


「私は親友の家に遊びに来ているのだ。貴様と出会うのは想定外だ」


 ムキムキマッチョは嫌いだと言い出す五葉先輩にガックリしてみせる二咲先輩。ちなみに、二咲先輩はボディビルダー体系ではない。『五葉涼子』は本当につかみどころのない性格である。


「ま、まぁ俺もその日は幼児があります」

「時速50キロ台で爆走する幼児の話か。『弟』君」


 しまった。誤字した。

 モノポリーをひたすら進める俺たちだが。

「あ。げっと」


「むむっ?!」

 じー。優勢になった俺を見る五葉先輩。

「あげませんよ」


「そんなことはいっていない」

 じー。二咲先輩を見る五葉先輩。


「譲らん」

「貴様。私のおっぱいを見ていたくせに」


「見ていない」

 珍しく頬を赤らめて抗議する二咲先輩。


 じー。

 男二人ににらまれ、彼女は嫌々駒を動かしだす。


「ああ」

「ん?」


 彼女の瞳が俺に注がれる。

「先輩。板を蹴飛ばしたりしないのですか」


「そんな卑劣かつ破廉恥な真似を私がすると思うのか」

 彼女は冷たい瞳で俺を睨んだ。そっか。別人だもんな。

「なんだ。さみしそうに。失恋でもしたのか。お姉さんが相談に乗ってやってもいいぞ」

「いえ」


 五葉先輩が二咲先輩を睨む。


「ところで二咲君。性の不一致は良くない。

 ちゃんとパートナー同士で相談を」

「違う」

「違いますッ?!」


 そういえばこの方、腐女子だった?!


 言い忘れていた。姉の戦果だが。

 最下位を爆走し、彼女の額にはマジックで『肉』。

 頬には『犬』。

 目の周りには『〇』と悲惨なことになっていた。



 ばしゃ。ばしゃ。

 必死でお湯がかかる音。

「弟君?! とれた?!」

「まだパンダだ」

 涙目の姉はまた顔を洗いに走る。


『犬』『最下位』『〇』『×』


 二人が帰宅した後、顔中にマジックの痕が残る娘は涙目で顔を洗っていた。

 五葉先輩って親友相手でも容赦しないんだよなぁ。

 二咲先輩も大概だけど。

 おれ? 姉弟関係における日頃の鬱屈を舐めてはいけない。


「姉ちゃん。除光液買ってきた」

「助かる」


 目に入れないように注意な。マジで。


「弟よ。ついでだから窓ガラスについたテープ痕も掃除しておいてくれ」

「あいあい」


 ボロくなったナイロンタオルに除光液を含めて掃除開始。学生二人しかいないのだから家の維持管理は地味に大変である。ループも繰り返せば家事の達人になる。

 姉曰く「事故が起きてから、我が弟は妙に家事に協力的かつ上手くなった」そうだが、俺は両親が死ぬと同時に記憶を取り戻す。家事ぐらいどうとでもなる。


「しかし、いつの間に家事で追い抜かれていたのだろう」

 姉としては家の手伝いを一切しなかったはずの弟が、いつの間にか主婦顔負けの家事能力を持っていて心中複雑らしい。

「やっぱ、母さんがいないとしっかりしなきゃなぁと」


 適当に誤魔化すが、普通の未成年は身内が死んだ直後に粛々と葬儀の喪主を務めたり、遺産狙いの親戚を綺麗にかわしたりは出来ない。


「そういえば叔母さん最近来ないな」

 姉が小首をかしげる。嫌な思い出を。

 あの婆、前のループ時にこともあろうに母さんの宝石に手を付けようとしやがったからな。


「叔父さんも手伝ってくれると」

 あいつは某新興宗教に嵌っていたのを知っているからな。

 実に世知辛い話だが、基本設定は変わらん。スタート時点の環境を整えるのも俺の仕事だし。

 気を取り直して姉に声をかける。

「姉ちゃん。除光液使わないのか」


「ん? 使っているぞ」

「じゃなくて」


 マニキュアを塗ったことのない彼女の爪は薄いピンク色を保っている。

 逆に俺の手は家事でガッサガサだ。普通逆かもしれない。

「ほれ、母さんの化粧水はちゃんと手入れしているから何時でも使えるぞ」


「興味ない」

 まぁ女子高生だし。とはいえ、今日日の女子高生で化粧に興味が全くないのは姉くらいで、五葉先輩はちゃんと出かけるときは決めてくる。

「この鏡台も埃だらけだな」

「誰も使わないと掃除してもそうなるな。不思議だよな」


 姉はノロノロと鏡台の鏡を開き、紅を手に取る。


「やり方がいまいちわからん」

「ネットで調べろ。五葉先輩に聞け」


 甘えるな。実のところ姉より五葉先輩より何回もループしている俺のほうが化粧を他人に施すのは得意だ。

 口を開いて見よう見まねで紅を塗っていく姉。

 そういえば口臭もだいぶ改善したし、この間歯列矯正も終わったな。


「姉ちゃん。口の周りがオバケだぜ」


「うっさい。初めてにしては上出来ではないか」

 いや、全然ダメダメ。

「こうこう。こう塗るんだ」


「何故人に塗るのが上手いのだ。貴様は」

 謎の特技と思ってほしい。

「ほれ、ネットを見ろ。姉貴は普通顔だからいくらでも化けれる」


「私はオバケか。失礼な」

 実際、どうとでも化けることができるのだから仕方ない。胸も一応Cあるし腰つきも大人しめの服で充分誤魔化せるし。

「ほれ、母さんの服出してきたぜ」

 言われるままにのろのろと制服を脱ごうとする姉に慌てる。

「こらっ?! ここで脱ぐなッ?!」

 慌てる俺に一瞬呆ける彼女。

 僅かに頬に朱がさし、ニヤリと笑う姉。

「あ。アレだ。弟のエッチ」


 ナニを言っている。


「ああ。襲われる。汚される」

「しねぇよッ?!」



 くるりと鏡台の前で回ってみせる姉。

 フケだらけの油症の髪は艶々の黒髪に。

 ニキビだらけの頬はつるつるの顔に。


 歯列矯正を外した白い歯が控えめに覗き、サマーセーターを纏った胴は細く見えるし胸元は大きめに綺麗に演出される。

 腰は大きめのベルトをつけて、年相応に太めの脚はロングスカートとスパッツに隠れた。


「なんか乙女ゲーのヒロインみたいに美人になったな」

「誰がエロゲ―のヒロインだ」


 バカなやり取りを繰り返し、鏡台の前でじゃれ合う俺たち。


「ほれ、後ろ髪を編んでやるから」

「かたじけない」


 なんか久しぶりだな。軽く編んで、王冠のように編み込んでいく俺。



 姉は唐突につぶやいた。


「で、貴様は五葉ちゃんをあきらめる気なのか」

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