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男だけど乙女ゲームの世界に転生した。  作者: 鴉野 兄貴
この世界は乙女ゲームの世界だ
4/15

姉が新伍先輩と二人三脚で朝帰りしてきた(震え声)

 『新伍 良』は192センチの長身に女性顔負けの細面で女以上のガリガリ、もといモデル体型のとんでもない美男子である。

 反面、無口でナニを考えているのか解りにくい。基本的に物静かで本を読んでいる。

 あるいは自らの剣道部、居合部、女子なぎなた部と合同練習を行っている姿が散見される。防具もつけずに。いろいろあり得ない。


 そんな新伍先輩と姉が肩を組んで朝帰りしてきた。


 姉よ。姉よ。なんてことを(震え声)。

 キョウ(今日)ハ セキハン(赤飯)ヲ タカネバナラナイ。


 あれ? 微妙に悔しい。

 世の男兄弟はこうやって成長していくのであろうか。滂沱の涙を流し複雑な感慨に浸る俺に姉は淡泊に告げた。「違う」と。

 何が違うのか。むしろクリティカルヒットだ。


「『弟』、姉さんが足を挫いた。ベッドはあるか」


 ああ。まさかその歳でそんな!


「し、新伍先輩。姉を幸せにしてあげてください」

「私は友から多大な誤解を受けている気がするのだが」


 新伍先輩は相変わらず表情が読めないが照れていらっしゃるのであろう。



「し、しかし姉が卒業するまではAまでしか許しません! あって着衣Bまで」

「君は何歳だ」


「エビさんがなんだって? 『弟』君」

 それはお爺さん世代に聞きましょう。姉よ。

「赤飯が良いですか。それとも決闘が良いですか新伍先輩」


「誤解だぞ。『弟』」

「まさかタダで帰れると思っていませんよね」


「冷静になれとは言わないが」

 新伍先輩の表情は動かないが、珍しく狼狽していたらしい。


「君のお姉さんが登校したのは先ほどで、我々は一〇分ほどしか同伴していない」

「一〇分もやった?! 姉よ! よくやった。今日は休んでいい。さっそく祝言の準備を」


『するな』


 姉と新伍先輩が見事にハモった。なんという夫婦の絆であろうか。


 次の日。

 コーヒーに塩が。味噌汁に砂糖が入っていた。


 姉よ。あんまりだ。



 日をおいて、俺の計画は続く。

 さすがに新伍先輩と気まずい状況になったのは考慮せねばならぬ。

「また二咲先輩と買い物に行くことにしたんだが」

 今度の計画は前々からあった案件だ。

 都合のいいところでフケて姉とカップリング成立を演出する計画である。



 切っ掛けは五葉先輩の一言だった。

 彼女曰く「ダブルデートしたい」だった。


「先輩。ダブルデートするにしても先輩に彼氏がいたなんて初耳です」


 先輩に彼氏がいる事実。

 真面目に少し傷ついた俺はそう彼女に告げた。

 先輩は数日間一言も喋ってくれなかった。



 とはいえ、あの残念な姉では浮いた話などあり得ない。

 ゲームの設定上は高校卒業と同時に結婚式を上げて堂々のエンディングなのだが、そんな見込みはなさそうな予感が激しくする。

 そもそも弟のボクサーパンツを快適だと抜かしてはくような女である。

 勝手にゴムを詰めたので発覚した。ナニをしている。姉よ。

 笑うと矯正器の輝きがキランと光り、『ウケケケ』と笑って弟をからかう。普通に笑え。


「で。二咲先輩ですか。二咲先輩モテますよ? 姉じゃもったいないですよ?!」


 俺としては願ったりかなったりだが。

 なんとか機嫌を直してくれた五葉先輩に呼び出された俺はなぜか女子軍団に囲まれていた。


「二咲君、地味に君たちと仲良いじゃない」


 まぁ部活の先輩後輩とその姉だしな。あのコーチとは反りが合わないけど。


「『あのコーチに二咲君を渡すな同盟』からの極秘指令なのよ」


 どんな同盟だよ。

 姉なら安全パイ兼当て馬に良いらしいってどんな目利きだよッ?


「そんなバカな同盟に協力はできません。残念娘とはいえ大切な姉です。

 そもそも親友にそんな残酷な所業をするのですか。見損ないましたよ五葉先輩」


 五葉先輩のおごりで喫茶店にて密談する俺と五葉先輩以下、謎の同盟メンバー達。


「というか、あまりにも二咲君に女っ気がないから、『弟』君とのホモ疑惑が」


 思わず紅茶を噴く俺。


 二咲先輩。せんぱぃ?! 誤解されていますよ。

 俺たち誤解されていますよ。脚本家死ね。


「というかね。私も親友がイケメンと連れだって歩いて、少しは色気に目覚めてくれると嬉しいのだよ。あの子はあまりにも見栄えに気を使わなさすぎる。可愛いのにもったいない。

 何かあれば弟弟と君の心配ばかり。『弟』君はちょっと残念だけどしっかり者だし、杞憂なのだからちょっとは女の子の幸せってものに目をむけてくれないとね」


 先輩……ちょっとうるっときました。でも年齢の割に言動がオバサン臭いです。あと台詞が長いです。



 五葉先輩と俺の計画を知らぬ姉に今回の計画を告げる俺。

 なんか話が前後してまことに申し訳ない。

「また二咲先輩と買い物に行くことにしたのだが」

 切り出した俺たちに困ったようにつぶやいた。


「豚先参拝と買い物? 太りそうだねぇ」


 姉よ。知性ステータスを少しは上げる努力をしてくれ。

 こうして、謎の組織の思惑と俺の思惑が一致して一つの計画が動き出すのである。


 サラサラの黒髪からえも知れぬ芳香を放つ美少女と手を繋ぐ青年。

 漫画ではよくある光景だが、俺には無縁の世界だと思っていた。

 長身の少女の掌は意外にも小さく頼りなく、それでいて白魚のように細く長い指先は大きく俺の指先に絡みついている。


 花も町も周囲の光景すら白い光で包まれたかのように俺の視界から消え去り、その少女の微笑みだけしか見えない。

 胸はドキドキ、体はフラフラ。股間もドックンドック……ナニを言わせる。ナニって俺だって健全な男子なんだ! これは不可抗力だからなっ?!


 背筋からナニからガチンコチンな俺に五葉先輩は楽しそうに微笑み、「アイス買おう」と提案するが。

「愛す! 相須! 愛須 グリム童話ッ」

 俺は半分パニックでそれどころではない。


「しっかりしてください。『弟』君」


 こまったような、お姉さんぶった表情。

 ちくしょう。かわいい。


 軽く腕を引き揚げて見せる。つられて腕を上げた俺。そこに柔道の選手のように割り込む細い身体と甘い香り。


「クックック」


 俺の腕が彼女の肩に乗る形になり、慌てて手を引き抜こうとするも。

 柔らかい感触とともに彼女の腕が絡みつきそれを許さない。


「せ、せ、せせせ先輩。恥ずかしいです」


 もげろ俺! もげてしまえッ これは夢だッ 夢なら一生醒めるなッ


 そんなやり取りを行う俺に五葉先輩はつぶやく。


「みっちゃん。大丈夫かなぁ」


 菜月みどりはうちの姉のデフォルトネームだが、この名前を呼ぶ、呼べるのは彼女しかいない。

 俺の耳には『姉』と聞こえる。そもそも周回ごとに姉の名前は変化する。


「うちの姉はいろいろと残念な子ですからね」

「……」


 半眼で何故か睨む五葉先輩。俺、なんかしたっけ。


「よし。みっちゃんがちゃんとやっているか偵察だ。『弟』君」

「は、はい」


 俺の腕は彼女の肩にかかっていて、その。腕のひじから手首にかかるところにちょっと柔らかい何かが。

 これって。これって。女の子の胸ですよね? 胸ですよね??!


「しゃがむのだ。『弟』君」


 ガッチンガッチンのボッキンボッキンです。はいッ!?


「しゃがめと言うておろうに」

「はい」


 がさごそと茂みに隠れる俺たち。


「二咲君と君は仲が良いからな。発見されやすい」

「そ、そ、そうっすね」


 正直、先輩の髪の香りで姉どころではない。ああ。俺はこのまま死んでもいいかもしれない。


「しゃがめというておろうが。聞いてないのか」


 俺の腕をとりながら茂みにしゃがむ彼女とマヌケにも半分しかしゃがんでいない俺。

 目の前では姉が何か言おうと必死でもがいているようだ。頑張れ姉! 少し興奮した俺は勢いよく座ろうとする。


「は、はい」

「こら、引っ張るな!」


 俺と五葉先輩は植木をバキバキ言わせてぶっ倒れた。その落下地点には二咲先輩。


 二咲先輩は気絶していた。

 よかった。五葉先輩が無事で。


 姉? 一緒に潰れていた。カエルのように。



 場面変わって。

「実家に帰らせてもらいます」

「ここがお前の実家だ。『弟』よ」

 盛大な音を立てて玄関を飛び出た俺はいつしか駆け出していた。

 目元が熱くなっているので指先でこするとしょっぱくて苦い透明な液体がついていた。


「弟。じゃまするな」


 帰宅後、姉と五葉先輩に言われて思わず飛び出してしまった。子供かよ。

 思えば転生してから運命の神には何度も何度も両親を奪われ、姉のためだか自分の為だかよくわからなくなっていたのかも知れない。


 姉を助けるために逆に足を引っ張っていたかも知れない。


 ベンチにぼーっと座る俺にサッカーボールがぶつかってきた。

 拾って子供たちに投げてやる。額がひりひりするが、胸の空虚感のほうが優っている。


「男がメソメソ、みっともないな」


 俺の横に二メートル越えの大男が座る。下駄ばきにつばの切れた学生帽。破れた学生服から覗く胸は完全に露出し、腹は腹筋だらけでサラシがちぎれそうな豪傑だ。

 ヤクザでもその筋の人でも傭兵でもない。立派な学生。一七歳高校生だ。帰国子女で飛び級して一度大学を出ているそうで、見た目以上に賢い。


「番長」

「どうした? 『弟』」


 彼は豪快に笑うと、俺の愚痴を聞いてくれた。


「まぁ俺も妹とうまくいかないことがあるからな。最近は彼氏が出来たとか軟派なことを言いやがる。俺の妹なのだから貞節に振る舞ってほしいと言ったら『お兄ちゃんのバカ』と言われた」

「大変っすね」


接吻せっぷんどころか手も握ってくれないそうだぞ」

「そんな性欲が無い男が今時いるのですねぇ。あるいは凄い自制心だ」


 まだ見ぬこの男の妹に思いを寄せる。きっと190センチくらいあってムキムキなのだろう。彼氏もきっと熊みたいな容姿を持ちながらも紳士な奴に違いない。


 コホン。何故か咳をする番長。風邪だろうか。


「お前なんだが」

「俺がどうしましたか。番長」


 一瞬沈黙する彼。

 どうしたのだろうか。


「そういえば俺、マブダチに名乗ってなかったな」


 彼は意味不明のことを述べると学生帽を脱ぎ、ボサボサの長髪を軽く掻きながら名乗りを上げた。


「俺の名前はッ」


 こぶしを振り上げ、下駄で地面をたたく。

 雷が鳴り、効果音がとどろく。繰り返すがこの世界は乙女ゲームの世界である。


「『五葉 英一』だッ」


 堂々と名乗りを上げて、専用テーマ『風雲急』が流れるなかでも俺はブルーな気分を消せなかった。


「いいすね。番長は名前があって。俺はモブっすからね」


 攻略対象外の番長に名前とか。そんな隠し設定があったのか。知らなかった。


「双子の妹が世話になっているようだな。お前なら安心して任せられる。これからもよろしく」

「へぇ。番長の妹さん、うちの姉の知り合いだったのですか。姉って友達いないから心配していましたよ」


「は?」

「へ?」


 何故か口をぽかんとしている番長。この男にしては珍しい。

 彼はキリリと口を閉じたまま話せるからな。口パクアニメすら無いからだが。


「いや、確かにうちの妹は君の姉上と仲が良いが」

「姉も物おじしないからなぁ」


 番長は何故か戸惑った顔をした。


「何か多大な誤解をしているようだな。未来の弟よ」

「普通に兄弟分じゃないすか」


 彼は誤魔化すようににこりと笑うと俺の背中をパンパンと叩いて慰めてくれる。


「とりあえず、今日はうちに泊まっていけ。妹は居ないが、父母はいるから」

「あざっす。番長」


 傷心の俺を番長の家族はまるで家族のように暖かくもてなしてくれた。


 番長と番長の親父さんに「結婚はいつだ?」と聞かれた。


 姉のエンディング時期は把握している。俺は「卒業したらすぐ」と答えた。


 番長と両親は何故か泣いて喜んでいた。


 ……ご両親含めて相変わらず喜怒哀楽の激しい人たちだとおもった。

 大量のお土産をもって帰宅した俺を姉は黙って受け入れてくれた。



「一之宮先輩、先日は申し訳ありませんでした」

「バナナはさすがに要らないけど、気にしてないから」


 一之宮先輩はクールメンだがデレると気さくになる。姉と仲直りをすました俺。

 今日は近所にある一之宮宅に快気祝いの品を持ってきた。

 先輩の勉学に対する情熱は高い。同じ学問を愛する者だと判断すると年下でもそれなりの敬意をもって接してくれる。


「お姉さんと喧嘩したみたいですね」

「お恥ずかしい」



 先輩と学問談義に花が咲く。様子を見に家庭訪問に来た三笠先生や四谷君もいる。


「三笠先生ってこんなに気さくで面白い人だったのですね」

「失礼だぞ」


「兄はこんなのですから。『弟』さんと一緒でちょっと残念な子で」「……」


 四谷君のぼやきにサラダ味のせんべい片手にがっくりする三笠先生。

 三笠先生が時々教師の枠組みを逸脱するくらい熱血なところがあるのは知っているが俺の何処が残念なのだろう。いい兄さんで教師だと思う。



「ああ。姉上に似ているな。いい意味で」


 一之宮先輩がくすりと笑う。

 近所に住んでいるのに俺たち交流あまりなかったからな。姉の話をする課程ですっかり一之宮先輩の中で姉は残念な子になっているらしい。



 ところで。一之宮先輩が切り出す。

 俺についてきた中学生の顔を眺めながら。


「三笠先生って弟さんいらしたんですか? なかなか可愛らしいじゃないですか」

「うん。……最近ちょっと言葉遣いがトゲトゲしいんだ」


「兄さん。愛情愛情」


 サラダ味のせんべいをかじりながら四谷君は勉学に励む。


「二咲先輩も来ればよかったのに」


「アイツは練習試合が近い」

「我が校の期待の星だからな」


「それはわかりますが、新伍先輩は? よく遊びに来ているじゃないですか」



 新伍先輩と仲が良い一之宮先輩(同人の界隈では新伍×一之宮派と一之宮×新伍派の激しい対立が存在する)だが、新伍先輩も練習試合が近いらしい。


「薙刀部と大鎌部に練習頼みに行った」


 一之宮先輩。薙刀はわかるが、大鎌って?!


「フィリピンの二本棒術ダブルスティックによる高速攻撃、及び巨大な鎌を用いた武術を独自研究する部だな」


 マニアックすぎるだろ。そんな部。


「吹奏楽部にも『モーツアルト流モップ術』を習得するために通っているな」


 古典教師である三笠先生は吹奏楽部の顧問でもあるらしい。

 武人で女っ気のない新伍先輩も吹奏楽部に顔をだしててっきり色気に目覚めたのかと思ったら吹奏楽部の女の子相手に何を習っているのだ!?


「かの高名な作曲家、モーツァルトが作曲のストレス解消と暇つぶしに編み出した武術だ。わが校で最強だぞ」


 嘘つくなッ?! 先生!


「あんまり興奮するとバナナに転ぶぞ。『弟』君」


 一之宮先輩はそう述べると、すっかり気に入ったのかフィリピンバナナを口に含んだ。姉がいたら何故か発狂するほど喜んでいただろう。理由は不明である。

【『誰か』のつぶやき】


 ああ。今日も微笑みを浮かべ、決まった台詞を返すだけの日々が始まる。

 俺が欲しいのは『君』。俺が微笑みたいのは『君』。

 俺が求めているのは『君だけ』。


 だが俺は決まりきった台詞越しにしか『君』に接することはできない。

 目の前の歯を矯正中の女の子は『君』がこの世界に関わるための影にすぎない。

 そのことを知らないこの娘の現状を哀れと思うも、それを彼女に伝えることは許されない。


 君を抱きしめたい。君だけを守りたい。

 君が泣いていれば励まし、君が傷ついていれば一緒にいたい。

 それすら透明な画面越しで、ぼくの、ぼくらの言葉は上滑る。


 望みなんてとうに捨てているのに。そういいたいが、それはない。捨てきれない。

 君と直接、俺の言葉で、ぼくの言葉で、我々の言葉で。俺たちの言葉で話したい。

 手を組みながら。普通の高校生のようにふざけ合いながら。

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