表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男だけど乙女ゲームの世界に転生した。  作者: 鴉野 兄貴
この世界は乙女ゲームの世界だ
2/15

モブ弟。暗躍する。

 日をおいて俺は別のイケメンと姉をくっつけるべく行動を開始した。こんな程度であきらめてたまるか。

 今度こそ、今度こそ父さんたちを殺させないぞ。


 万難を排しても父さんや母さんが事故死するのは避けられないことがほぼ判明している今、姉のハッピーエンドだけが俺の希望なのである。正しくは幻のトゥルーエンドなのだが。

 そんな俺の画策はさておき、弟と遊びに行くという話に姉も乗ってくれた。

 なんだかんだ言ってうちの姉弟は仲が良い。

 しかし行き先を告げなかったのはよくなかった模様だ。



「どうして」

 姉は嫌そうな顔をした。


「この季節に市民プールなのよ」

「せっかくの連休なのにごろごろしている姉が悪い」


「うるさい。愚弟」


 俺と姉は連れだって歩く。

 前回の一之宮とのイベントは明らかな失敗だった。

 次は間違いない。なぜならば俺はイベント内容を把握しているからだ。天のお告げのように聞こえるからな。

「えっと、次のイベントは『二咲ふたさき 三吉みきち』だな。名前が変だといって印象付けるイベントか。ふむ」

「『弟』君なんかいった?」


 不審そうに姉が俺の顔を下から見上げている。

 世の中の男どもは目の付け所が悪い。

 この容姿は美人になる容姿だと思うぞ。俺の姉だが。


「でも『おしゃれ』次第なんだよなぁ」


 姉は寝てばかりだ。本当に大丈夫か。

 このままでは姉は結婚もできないニートエンディング確定。困ったもんだ。


「でも温水プールだし、たまには『弟』くんと遊ぶのもいっか」


 ぐっと伸びをして目を細める姉。

 姉弟でなければ彼女からはきっといい香りがしているはずである。

 その動きと共に少しだけ小さくはない胸が動く。姉弟なので何も感じないが客観的に見れば魅力的なはずである。残念な恰好をしていなければの話だが。


 こうして弟が提案したら面倒がりながらも遊びに付き合ってくれる姉。

 残念な容姿や行動を除けばきっと友人が多いのだろうと言いたいところ、設定上は姉には友人は『親友』しかいない。あとはいても俺のようにモブだし。

 そう考えると乙女ゲームの主人公って孤独すぎね? 普通の女子高生ってもっと友達いるぞ?!


「あれ?! 水着がないっ?!」

「買ってやるから」


 秘密だが二咲と出会うとき、スクール水着とかあり得んから没収した。

 二咲は変な名前にコンプレックスを持っているキャラだ。普段は海やプールで水泳の練習をしている。

 二咲は将来オリンピックに出場し、タレント兼指導者として財を築く。イケメンでクール。そのくせ意外と気のいい奴だ。名前は変だが。



「ふふふん♪ ふふふん♪」


 機嫌をよくした姉は手提げかばんをぶんぶん。


「水着水着っ 『弟』君が水着買ってくれるのか」


 バイト料設定で持っているが、俺どんなバイトしているんだ? 謎だ。



 つやつやの青みを帯びた黒髪をゆらし、手提げかばんをぶんぶん振り回す姉。機嫌がいい姉には悪いが、市民プールにある水着って品揃えあんまりよくないけどな。


「ふんふんふん~!」


 姉の手からすっぽ抜けたバックは、イケメンの顔面にクリーンヒットしていた。


 『二咲 三吉』だった。



 ずずずとゆっくり落ちるバックとあざの付いたイケメンのシュールな絵。

 時が止まったかのように固まる俺たちに声がかかる。


「あなたたち。うちの三吉君に何をする気?」


 すごごごご。

 効果音がするがこれは幻聴ではなく、この世界が乙女ゲームの世界であることを証明するモノである。


 市民プールに向かう途中で二咲に見事な一撃をかました姉と俺は、二咲の美人コーチに連行されて姉弟共々強烈にお叱りを受けた。

 いや、マジでこのねーちゃん怖い。

 俺もちょっとビビった。

 さんざんおしかりを受けて解放されたときにはすっかり日が暮れ、二咲はというとさっさと自主練に向かった模様である。取り残された俺たちは一日をつぶす羽目になる。


 カァカァ。この世界に鴉いたのかよ。

 帰る時間になってしまい残念無念。


 仕方ない。帰ろうぜ。姉ちゃん。


「ぐすっ ぐすっ 」

「お、おい。ねぇちゃん」



「ふえええん~。せっかくの弟君とのデートだったのにぃ~~!!」

「あっ……」


 俺はちょっとだけ罪悪感に囚われた。

 姉はモブに過ぎないこの俺をそんなに思ってくれていたのか。


「あと二咲さんに嫌われた~!」


 さらにガン泣き。

 所謂ダメージは加速したという奴らしい。


 なんか俺まで悔しくなってしまった。

 ごめんな。姉ちゃん。


 しかし姉は二咲の存在を知らないはずだったのだが。

 姉としてはあの女に叱られたことより、女子の中ではイケメンと評判の二咲に一撃を入れてしまったことや俺と遊びに行くために一日開けたのが不意になったことのほうがショックだったらしい。

 ひとしきり泣いている姉に頃合いを見て話しかける。



「泣くな。姉貴。アイス買ってやるから」

「わぁい! ってどこの天才クソ野郎やちょっとかわった黒魔術師の相棒よ!?」


 姉よ。Web小説なんか家でゴロゴロ読んでいないでせめて恋愛漫画でも読んでくれ。


 繰り言になるが、市民プールに向かう途中で二咲に見事な一撃をかました姉と俺は、二咲の美人コーチに連行されて姉弟共々強烈にお叱りを受けた。


「二度と近づくな」


 完璧に事故なのだがあのキッツイ美人には通用しなかった。


「ぐすん。ぐすん」


 お気に入りの白いシースルーワンピースが涙でぐっちゃぐちゃ。

 裏の黒のアンダーウェアと花柄の青のレギンスまで涙で濡れそうな勢いだ。


「ああっ! もうっ! 二咲は俺の先輩だからなんとか謝っておくから!」

「ほんと?」


 くるっ。姉貴は俺に期待に満ちた瞳を向けたが。当然大ウソだ。

 同じ学校だから先輩なのは間違いないが。

 こうして、俺の所属は『水泳部』になった。

 攻略と関係ない。何をやっているのだ。


「ほら! 『弟』! まだまだだっ!」


 寒中水泳の洗礼に耐える俺。幸いにも姉貴の一件は記憶にないというかどうでもいいらしい。

 水泳一筋の二咲先輩は下級生にやさしく、練習では鬼だった。


 姉よ。もうちょっと頑張れ。俺が頑張ってどうする。

 ひとしきり練習が終わったあと、疲労と筋肉痛でくてんくてんになった俺は二咲先輩の『今日は上がるぞ』という言葉でダウン。


「今日は根性つけるためにプールに入れたが、一年生はフォームからやり直しだ。その前に筋トレと体力向上からはじめる。無理だと思った奴は今のうちに退部届だしておけよ! うちは厳しいぞ!!」


 鬼だ。先輩鬼だよ?!


「でもな、今でこそ俺もこんな不当に高い評価を受けているが、俺だって昔は一年のみんなと同じ初心者だった。

 なに。今年が初めてでもがんばればお前らだってエースになれる。そうだろ?!」

「はい?」


 ずごご。

 例の効果音。


「声が小さい。一年坊」


 さっそく退部届を出した一年のそれを笑顔で破り捨て乍ら二咲先輩は告げる。


「はい」

 戸惑いながら返答する俺たち。



「『はい!』だ。」

「サーイエッサー!!!」


 こうして、鬼軍曹にしごかれる俺たちの青春が始まったのである。



 疲労困憊。心身ともに動けない俺たちを見かねた彼は、鬼と思っていた女コーチに頼み込み、各自の家まで彼女の車で送ってくれた。

 車の中でダウンし、いつの間にか眠ってしまう俺たち。二人が何を話していたのかはわからない。

 しかし、俺は重要な記憶を思い出したのである。


 帰宅そうそう、俺は姉に謝った。


「姉ちゃんごめん」

「なに? 『弟』君」


 姉ちゃんは家で揚げ物と煮物に挑戦していた。なぜ両方をいっぺんにやる。

 そして盛大に揚げ物で油を飛ばし、煮物で煮崩している。いくら家事スキルが高いからってその二つ同時攻略は無謀だろ。姉貴よ。『三笠 椎名』と『四宮 出』同時攻略並の難易度だぞ。

 盛大に失敗した料理もどきを前にずすんとなって謝る姉を必死でなだめる俺。


「ぐすっ ぐすっ 『弟』君の誕生日だからおいしいものを」

「姉ちゃんがいればほかに何もいらないって」


 これは事実だ。俺の前世には姉弟なんかいない。今世では姉と二人だけで必死で生きてきた。今世では無二の両親を『何度も』失う羽目になっている俺にとって姉の存在に如何に励まされているか。

 ゲーム本編では両親は全くでないらしいが、そんな悲劇設定は隠されているようだ。


 煮崩した魚の醤油と砂糖の焦げた香りに口元をわずかにひくつかせ、飛び散った油を処理しながら俺は姉に告げた。


「このゲームのスタート時期って来年だわ」

「なにそれ?」



 いや、マジで忘れていた。

 姉ちゃんごめん。

 あと、何回目か忘れたがおれの一六歳を祝ってくれてありがとう。



 こうして俺たちはささやかな宴を過ごした。

 姉が用意してくれたコーラはちょっとだけしょっぱい味がした。


 翌朝。


「お前の姉ちゃんって地味だな」


 開口一番、モブAこと茂宮栄一(今つけた)がつぶやく。姉ひとり弟ひとりで細々と暮らす俺たち姉弟は意外と有名人だ。

 シュチュエーションがエロゲやギャルゲに似ているからだが、この世界は乙女ゲーの世界だ。残念だったな!


 いちに。いちに。

 俺たちは『水泳部』と書かれた地味なジャージをまとって基礎体力トレーニング中。雨の日は温水プールしか使えない。アレは金のかかる設備で、選手しか使えないのだ。


 はぁ。ギャルゲーエロゲ―ねぇ。

 乙女ゲームじゃなかったら鬼畜弟が姉に襲い掛かって『新伍 良』に成敗されるとかあり得るのだがあいにくうちの姉弟関係は良好かつ健全である。

 とりあえず姉は家族の前では全裸や半裸で動き回っても気にしないらしい世の女子高生と違い、俺に裸を見せてくれない。


 よってエロゲ―のようなエロイベントなど望めないし、ギャルゲーの攻略対象でもない。

 そもそも攻略するのが姉貴の仕事であって、俺は姉貴に攻略対象の情報を教えたり、デートスポットを見つけてきたり、攻略対象と仲良くなったりするのが仕事だ。意外とこの仕事は忙しい。


 武勇を愛する新伍と仲良くなるために学園の番長と立ち回りを演じ、彼と熱い友情を築いた。なぜ今時番長がいる。

 『一之宮 栄一』と近づくためには彼に匹敵する成績を出さねばならない。俺は彼が苦手とする古典の授業を必死で頑張り、彼にテストの結果で勝って見せた。ほかは赤点なのが逆に彼の関心を引いたらしい。あとは彼に勉学を教わる形で彼にグングンと成績が迫り、ついに他教科でも100点を取って彼をうならせた。

 二咲先輩に関しては地獄のしごきに必死でついていき、恥ずかしい競泳水着に顔を赤らめながらホモホモしい会話はどうにかならないのかとか思いつつ仲良くなれた。俺たちにそんな気はない。誰だこんなシナリオ書いたバカは。殴ってやる。


「はい足あげて~!」

「はい 足下がってるぞ『弟』!」


「チース! 先輩っ!」


 水泳部の練習は地味でハードだ。


 話戻して。


 『三笠 椎名』と『四宮 出』は政治家の息子の三笠先生と彼の父の妾腹の子でちょっと不良の四宮君の兄弟だ。

 実は弟を愛している三笠と兄に素直になれない四宮の仲を修復するのが攻略の糸口となる。

 現在四宮は中学生。高校デビューの彼は繊細でやさしい性格。本編と別人である。四宮に接触した俺は頼りになる先輩の役を演じ、『先輩の学校に絶対行きます』との言質をとった。ここで三流バカ学校に行かれても困る。可愛い弟分ができて俺も嬉しい。


 三笠先生は古典教師で、俺が書いた『枕草子の卯の花パラリラ特攻』の訳文を見て大爆笑。一見クールだがやさしい三笠先生と一気に仲良くなることに成功した。今では三笠先生と四宮と三人でカラオケに行ったりしている。


 四宮がぐれずに済んだと三笠先生から感謝された。あれ? シナリオ変わってないか?


 あとは隠しキャラの『五葉 涼子』だが、この娘は姉貴の親友キャラであり、男性がまかり間違ってプレイする時のためのセーフティネットになっている。

 ボケでやさしい姉と反し、しっかり者で姉を支えつつ、ちゃっかり好感度二番目の攻略対象をエンディングで彼氏にしてしまうという謎の女だ。普通そんなことできないだろ。というか女の情報網は舐めないほうがいい。女のするゲーム的にそんな展開はありえん。親友の狙っている男と仲良くなっているのとほぼ同義だ。これではこのゲームが売れなかったのも理解できるというものだ。


 そんな五葉だが幸か不幸か俺の塾に通う先輩であり、痴漢に絡まれて困っている彼女を彼女と知らずに助けてしまった俺はすっかりこのしっかり者のお姉さんに振り回されつつある。

 姉貴と同い年なのに、まぁ美人だわ背が高いわおっぱいは大きいわ腰は細いわ、性格は悪くないわ、成績優秀でスポーツ万能だわと完璧キャラじゃないか。こっちがヒロインでもいいくらいだ。


 少し気が付いた。

 あれ? 俺の人生、結構前世より充実してね?!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ