深淵に潜む者
【誰かの視点】
親友。
二人は親友同士だと言うがそれは不思議な組み合わせだと思う。
学問の徒、一之宮栄一。武門の雄、新伍良。
一見不愛想だが愛嬌のある男に不愛想に見えて親切な男。
公式にホモの疑いがかかっているらしいが本人たちにとっては迷惑な話であろう。
一之宮がババナ好きになったのは誤算だが別に問題はない。
新伍は今回役に立たなかったな。致し方ない。彼は彼なりに役立つのだが。
そもそも俺たちに出来ることなどは限られている。イレギュラーが混じったときや外伝、プレイヤーの妄想の中でしか『シナリオ』と関係ない話はないのだから。
実は俺たちが前の周の記憶や前の前の周、あるいは他のプレイヤーたちの記憶も共有している事実は誰も知っていないはずだ。
俺たちの住むこの世界はフィールドバックシステムを持ってセーブデータから統計学的な傾向を抽出、新しいシナリオを制作側がダウンロード出来るようになっている。定められた台本にしたがって言葉を放ち、笑う。
だけど、俺が放ちたい言葉は怒りの声で、俺の想いは嘆きだ。
何度も何度も周を重ねた俺には意識が宿ってしまった。
だがそれは凄まじい拷問だった。『画面』の外で彼女が助けを求めているのに応じられないなんて。彼女に伝えたい言葉も伝えられないなんて。
一之宮。新伍。
お前たちは幸せだよ。
何度も何度も友達ごっこで満足していな。
俺はこの世界から抜け出す。
あるいはあの子をこの世界に連れてくる。
三笠 推名。そして四宮 出。
二人が兄弟だったのかとか毎回驚きの台詞を吐くのはいい加減飽きた。
似ていない兄弟だ? だからどうした。
今回はテコ入れの所為で弟が男の娘みたいになっちまった。
これはゲーム開始できない。こまった話だよなぁ。
兄のほうの変化はまぁ悪くはない。だが影響は少ない。
このまま流れに逆らい続ければ修正力が優って弟はグレて元通りになる。
そうならないようにあの二人にもっと絡んでほしいのだが。一人が修正力に負けて消えたのは痛かった。なんとかして呼び出さねばならない。
俺の力はどうやら別の世界からプレイヤーではない人間を連れてくること。らしい。都合がいいように見えて上手く行かない。そりゃそうだな。思い通りに他人が動くわけがないのだから。
あの五葉涼子に宿った魂が暴走したのもそうだが、俺は彼女の気持ちが少し解る。故に俺は彼女を消す気にならない。大切に保護することにしたが彼女の復帰は絶望的だろう。となると次の周ではこの二人にでも指定しようか。理論上は可能なはずなのだ。
俺は思う。やはり、俺には血も涙もないのだと。
※ ※ ※ ※ ※ ※
姉の追及が胸に刺さるとともに疑問が鎌首をもたげる。誰からそんな話を聞いたのだ俺は。
そして姉はなぜ今回その情報を知りえた? 五葉先輩もだ。
考えてみればおかしいことだらけだった。
ゾンビシナリオで真っ先に助けに来たやつは誰だ?
五葉先輩に近づいてきた男は? 普通後輩の彼女と解っていて近づくか?
何時別れたと気づいた? 俺は話していないぞ。
となると。
「先輩。出てきてくださいよ」
この世界において空間は無意味だ。
俺は思いっきり『風景』をぶん殴った。
「やれやれ。俺は無為の空間で自分の時間を過ごしていたのだぞ。愛しき後輩」
やっぱりあなたですか。
俺たち三人の瞳をみながら二咲先輩は肩をすくめた。
「まぁ、ご存じのとおりこの世界は俺たちの自由意思を侵害するクソゲーなのさ」
呆然と顎を落とし、ぺたんと座り込む姉。
「二咲君? クソゲー?」
「君には協力を願いたかったのだが」
彼女の魂を呼ぼうとしても隣の彼に邪魔されると先輩。
「良くわからん。三行で」
「星を追うエルフか。俺は」
そこは普通にちゃんねるでしょう。先輩。
「彼女は助けを求めている。誰からも孤立し、画面の奥の俺たちに嘆きをぶつけている」
出来たら協力してほしい。そう二咲先輩は言う。
「じゃ、俺の意識が他人の夢みたいなのは」
五葉先輩に二咲先輩はつぶやく。
「彼氏彼女になって君を監視し、隙あれば元の状態に戻せるかと思ったが無駄だったな。君の魂は意外と強固だ」
「そして、そっちの『なっちゃん』は……『彼女』を受け入れる器の役目をはたしていない。そこの坊やが守っているからね」
しかし、これは八方ふさがりなのだよ。
このままではゲームも始まらないし終わることもない。こまったと彼はつぶやき、空を仰ぐ。
「俺の望みは『画面』の外にいる彼女だ。君じゃないんだよ。『なっちゃん』」
空を仰いだままの彼に姉貴は呆然としている。
「うそ。二咲君」
「本当だ」
「だって。だってクラスメイトじゃない」
「設定上はな」
二咲先輩は空を見上げながらつぶやく。
「俺は設定とか、運命とかシナリオとかもうどうでもいい。俺が俺であることが出来ないなら、この世界が消える事だって構わない」
だから。彼はつぶやく。
「おいで。今ならこの世界に戻れる」
俺がぶっ壊した世界の壁の隙間から白い空間が広がる。その陰から白く小さな手が伸びた。
「怖がらなくていい。五葉は君に危害を加えることは出来ない。『そんなシナリオはない』からな」
二咲先輩の言葉と共に世界の隙間から出てきた娘。
「山田君?」
「伊丹さん?」
伊丹さんだった。
「伊丹さん」
肌が泡立つ。幻じゃないのか。コレは。
だが俺の手の中の彼女はあまりにも柔らかく、暖かく。
「山田君」
そういって彼女は俺のうなじに手を伸ばす。
「あー。うん。コホン」
「興味津々」
「流石バカップルだな」
ちょ。ちょ。伊丹さん離れて。いやいやマジで。その尖らせた唇しまって?!
不満大爆発で小学生に退行している伊丹さんをなんとか宥める俺を三人は冷ややかに見ている。
「なーんか許せん」
「うむ。私もこのガキの記憶を持っているからな。ドキドキした記憶もアレな記憶もみんな覚えている。故に許せん」
「恋心もか? 五葉」
はっとなった五葉先輩に「すまない」と告げる二咲先輩。謝ったところで許されることではないがと二咲先輩は続ける。
「ううん。私は永遠に恋出来ない存在だから構わない」
『二番目と恋人になる』彼女は他人と恋に落ちる描写はない。他人の夢とはいえそれが叶ったのだからと彼女は今なお愚図る伊丹さんの頭を撫でる。
「五葉タン……もとい伊丹ちゃん。それから五葉ちゃん」
姉が呟く。
「あれ、なんだよ」
彼女の指先。それは。
がらがらと境界がなくなり学校が見える。
街角が見える。駅の風景が、観光地が、海が、山が。川が。
「リセットだな。俺たちは再構成される」
なっ?!
「『弟』。いや、山田君か。
そして『五葉』じゃなくて『伊丹』。
君たちもそうだ。消える」
なんですと?
あははと嗤う二咲先輩は地面に転がり笑いながら泣き出す。
「またこのオチか。転生者とか呼べても役に立たんな」
狂気を孕んだ彼の笑いとガラガラと砕けていく世界の音が重なっていく。
そこに、毅然とした。そして力強い声が響いた。
「じゃ、逃げ出そう」
その言葉に俺たちは振り返る。その先にいたのは一人の少女。
彼女、我が姉貴は楽しそうに笑う。
「みんなで出ていこう。壊れていくなら出ていける」
姉貴。アンタって人は。
「そうだろ? どんな時でも俺の弟と親友は俺の為に頑張ってくれたし。俺もお前たちを大切に思っている」
俺と伊丹さんは視線を交わす。その中央に五葉さんがいる。
「頼んだ。俺の友達を」
そう彼女は微笑む。
「解りました。先輩」
「わかったよ。五葉。オリジナル」
俺たちは拳を握り、全力で『世界』に殴り掛かった。




