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紅花屋の逸話より  作者: 草のきゅう子
6/7

5話

 10年の月日が流れた。

 江戸紅花屋は順調に店を増やし、呉服、太物、薬の他に、化粧品や、細工物、揃わぬものは無いと唄われるほど。店内の座敷では得意客が手代に乗せられ財布の紐を緩めている、それを参勤交代の金欠地方武士が暖簾見物するものだから、店先の大路はいつしか紅花通りと呼ばれるようになっていた。前途悠々の大儲けである。

 さて、今日も店の奥で絶えず算盤を弾くのは大蔵だ。軽快な珠の音は彼の機嫌の良いことを知らせている。手代が、膝を揃え手を付きながらやってきた。

「若旦那様、二郎にろう様がお見えにございます。」

「先触れは良いと言うに。さ、行きなさい。忙しいだろう?茶はいらないよ。すぐ帰るからね。」

 勝手知ったる他人の店。案内されて来たのは、他家に婿入りした二郎だった。長身痩躯、やや頬骨が出ているが、垂れた眦の目は柔らかな印象を与える、優男。名実共に色男の紅花の長男は、家系図上、弟である二歳年上の男の前に、座り込む。

 手代は一礼して下がっていった。

「化粧臭い。女遊びの帰りに寄るなら、他にしろ。」

 少し重くなった算盤の音を立てる指に流し目を送りつつ、二郎は口の端に笑みを浮かべた。

「商売に行っただけだよ。接待ついで、てやつさ。」

「女を泣かせて何が接待だ。」

「男寡だもの。許してほしいものだね。」

 実は二郎の妻は産後の肥立ち悪さに既に他界している。喪が明けた途端、折角結婚して治まったと思っていた色遊びが見事復活。とは言え、金を遣わないで遊んでくる上に、二郎の品選びのセンスを買っている婿入り先で、特に問題視されることも無いのだから、色んな意味で出来る男であるのは間違いない。

「娘に不潔、と嫌われるのがオチだな。」

「大丈夫だよ。女が俺を嫌うことはない。」

 二郎は変な自信を持っていた。

 溜息をつき、手を止めると、やっと大蔵は顔を上げた。

「で、用件は?軽口を叩く為に里帰りでもあるまい。」

「当然。単刀直入に言うけど、仙人布を販売させて。」

 商家を背負った二人の男の視線が絡まる。10秒程の沈黙を経て、二郎が畳み掛ける。

「考案は君だけど、生地や模様には俺も相談に乗ったよね?」

「成る程。だが、お前個人としてはともかく、そちらの店と仙人殿は縁がないだろう?」

「ここではな。だが、地方へ行けば、江戸の呉服屋、てだけで十分縁がある。」

 そこで、己の弟の摩訶不思議な話を交えながらの商いをすれば、珍品として売れるに違いない。二郎の店は店頭販売で遅れを取れども、行商では紅花屋に比肩する。故に人心惹きつける「仙人布」の名を使わせろと言うのだ。

「義理堅いことだ。」

「そりゃあね。可愛い弟を出し抜くわけにもいかないでしょ?」

 同じ品を売ることは出来るが、こうして話を通しておけば、名高い紅花屋のお墨付き、と言うことで、同等の評判を取ることが出来る。二郎は食えない男である。

「良いだろう。ただし、仕入れは当家を通してもらうぞ。」

 マージンを寄越せ。商売に関することで、大蔵には血も涙も無い。

「本当に、君って一以外に冷たいよね。お兄様の頼みなら喜んで、て言うのを期待していたんだけど?」

「ご期待に添えず、不徳の致すところにございます。」

「紅花屋の旗も立ててやるんだから、名も売れるよ?」

「名を売って金にもなれば、一石二鳥。」

 再び算盤を弾き出した大蔵にこれ以上の交渉の余地はない。さりとて、二郎の負けでもない。あわよくば、と思ったまでで、予想通りの結果であった。

「そう言えば、三郎は?今日帰って来る、て聴いたのだけど。」

「良観殿の医庵に行った。」

 やや算盤の音が鈍る。

「え?何の用で?」

「嫁取り。」

「は?嫁?だって、あそこにいるのって・・・。」

大人の男は時々己の行動に酔うことがございます。彼等は一応三十路設定。屋号を背負う己に酔っております。あと一話で完結です。

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