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六球目 機雷は意外な場所から放たれる

 ワールドベースボールクラシック決勝戦は、6回を終了して9対3と、日本がアメリカを6点リードしている。残るは7回、8回、9回の3イニングス。これを学人が5失点以内に押さえることが出来れば日本代表の世界一が確定するのである。

 今日の学人は、いつもの学人ではない。1イニングを10球で終わらす体のキレと、6年数ヶ月ぶりの打席でホームランを放つ運の良さや勢いを持っている。

 だからこそ、彼は監督に告げてしまったのだろう。

「監督、今日のゲーム、もう誰もピッチャー作んなくていいっスよ」

 と。そして、それを認識していたからこそ、監督もこの要請を受け入れたのだろう。確かに、これだけあからさまに絶好調なクローザーを、いつもよりイニングが長いからなどという理由で引っ込めるなどということは、ある意味ではあってはならない事である。だからこそ、監督もこの7回裏に学人をまたマウンドに送ったのだ、否、送ってしまったのだ。勿論彼の要請通り、他のクローザー達をベンチに置いたままで。

 この回の先頭、ジェイソン・クロードを6球でショートゴロに仕留め、ランナーの居ない状態でクリーンナップへと差し掛かる。

 3番はサードのジョージ・アレックス。身長209cm、体重103kgの超ヘビー級選手だ。

 7試合でホームラン10本という破壊力抜群の超弩級クリーンナップを迎えるに当たって、知昭がまたタイムを要求してマウンドに駆け寄ってくる。

「ランナーが居ないことですし、満塁策という手もあるんですが……」

 クリーンナップは全て歩かせ、6、7、8、9番のうちのどこかで2つアウトにしようという作戦だ。3、4点は献上する覚悟をしなくてはならない。

「ランクとしては、最下策だよな? もっといい手もあるんだろ、孔明さんよ」

 馬鹿げている。せっかく調子がいいのだから、ここも勝負に行って、ねじ伏せるべきなのだ。

 学人も、妻子3人という扶養家族を持つ身なのである。いつまでも、年棒700万程度の低賃金ではやっていられない。漸くシュバルツの守護神というポジションを確立した今年は、おそらくは1000万は上がってくれるだろうが、それ以上を望むのならば、このゲームで結果を出すしか道はないのである。

 そしてなにより、今日の学人には、このクリーンナップを片っ端から薙ぎ倒す自信があったのだ。

「満塁策は却下だな。確実に一人ずつ打ち取りたい。気持は解るけど、俺にも家庭の事情ってのが有る訳よ」

 知昭の事だから、無策でただ歩かそうとしている訳ではないのだろうが、やはりここまで来たら、ここから先もパーフェクトに抑え、年末の契約更改で複数年で1億1000万円ぐらいは有り得るレベルにしておきたいのである。

 備えあれば憂い無し。将来娘達がどんな道に進みたいと言い出しても、確実に対応できる程度の経済力を持つには、このレベルの年棒が必須となるのだ。

 だから、パーフェクトリリーフ。人の子の親としてここを譲ることは出来ない。

「取り敢えず、戦う方向で組み立ててくれるか。作家になりたいだの、芸能人になりたいだの言われたら、どうしても金が追っつかないからさ」

 子供の夢を限界までサポートすること、それが親としての務めであるというのが、学人の親としての信念なのだ。

 知昭は、なにか困った顔をしながらしきりに小声で呟いている。彼はいつもこうだった。何か困ったことが起こると、口に出しながら、それに対する対策を練る。

 知昭は余程困っているのだろうか。いまだに鈴虫の様な綺麗な声でブツブツ言いながら、軽く右手を挙げてマウンドから去っていく。その姿はとても寂しげで、どこか遠く離れた場所へと居なくなってしまうかのような連想を抱かせる程だった。


 ホームベース裏の定位置に戻った知昭が、またもや懲りずに敬遠(わざと四球を出して、一塁に行かせる作戦)のブロックサインを出してくる。勿論首を横に振って、即刻跳ね退けた。何が彼をこれ程までに警戒させているのだろうか。普段の彼なら、追い返されたら直ぐに勝負の組み立てを指示して来るのだが……。

 2回目のサインで、漸くウエストボール以外の指示が出る。外高めギリギリに外すフォーシームジャイロ。ストライクゾーンから、浮き上がって外れていく軌道のボールだ。打ち気に逸って手を出してくれれば、1+1=2と同じレベルで確実にフライを打ち上げてもらえるオイシイボールだった。

 初球、ゆったりゆったりゆっくりゆっくりとした投球の舞いから、140キロのフォーシームジャイロが放たれる。このスピードは学人にとって、今迄投げたことの無い未知のスピードだった。勿論、アメリカ代表にとっても未知のデータである。アレックスも驚きを通り越した、仰天した表情を浮かべている。

 最速138キロ、このスピードを6年間更新できていなかったのだから、この速さが小野学人の身体能力における限界速度なのだとアメリカ代表は捉えていたのだろう。

 突然の学人の最速更新にアレックスは、ピクリと両手を反応させていながらも、結局バットを振ることは出来なかった。

「どうしたんだよ、打ちたかったんだろ。そんなザマじゃもう、戦力にもならねえから、引退してプロレスラーにでもなっちまいな!」

 これはチャンスだと踏んだ学人は、口撃による精神撹乱に出た。精神を掻き回された強打者は、忽ち只振り回すだけの壊れたサーチライトのようになってしまうのだ。

 初球は狙い通り、高めに外れてボールの判定を得ている。続く2球目。このボールは出来る事なら外したくはない。カウントが不利になればそれだけ戦略が限られてしまう。

 相手の思考力にダメージを与える情報の種類は多いに越した事はない。そして、その情報を使いこなすだけの技量が、この日本代表バッテリーには間違い無く備わっているのだ。使える情報の数を自分達の手で減らす道理は無い。


 だが……、


 知昭からの要求は、内側低めに外し落とすフォークボールだった。

《なんだこいつ、まだ逃げる気でいんのか!》

 勝負するなら、ここはストライクだ。普通は入れなければならないところである。このタイミングでの外し、際どいところを突いて凡打を誘いつつ、歩かせても良いと考えている可能性を否定は出来なかった。

 学人の精神もまた、知昭のリードによって掻き回され始めている。



次回予告!



玉木でございます

m(_ _)m


人間、欲をかくとろくな事にはなりません。今の学人くんは、間違い無く金銭欲に走っています。突っ走っているんです(ToT)

こうなってしまった人は、古今東西問わずだいたい自滅しているんです。なんとしても、今の彼は戒めなければなりません(-_-#)



次回 スイッチ!

七球目 沈没……、不沈潜水艦 小野学人号


ったく、だから言わんこっちゃ無い……(ToT)


死なずに済んだだけマシだと思ってくださいよ(-_-#)



以上、玉木でございましたm(_ _)m

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