四球目 剣持和俊、意地の一発
申し訳ありません、プライベートが慌ただしく、気付いたらレッドゾーンに入ってしまってましたm(_ _)m
いや、ほんとに次回から気を付けますm(_ _)m
今回登場のウォン一塁手の名前は秘密基地【執筆トラブル救濟】より、REO様からご提供いただきました(^O^)
この場を借りて、お礼申し上げます、ありがとうございましたm(_ _)m
時空を超える足の持ち主であるムーランを二球で追い込んだ後、知昭は右翼手と中堅手を指差し、黒金と剣持を定位置に戻した。そして更に、時間一塁手と爪蕗二塁手も定位置に戻す。ツーストライクからバントを失敗すると、ファールでもストライクを取られ、三振としてアウトとなってしまうのだ。
セーフティーバントの極意はなるだけ一塁から遠い位置に転がし、一塁にボールが届く時間をコンマ一秒でも遅らせることにある。ツーストライクを取ったならば、三塁線(ホームベースからレフトポールへ突き抜けるライン)さえ固めておけばもう、バント対策としては充分なのである。
ホームベース近辺では相変わらず知昭がムーランに対し、何やら囁きかけていた。苦虫を百匹も千匹も一気に噛み潰したようなムーランの顔を見ると、いかにろくでもないことを囁いているのかが手に取るように解る。
それに合わせてゆったりゆったりゆっくりゆっくりなモーションで三球目を投げに入る。要求されたボールは内側の高めに外したストレート。
ムーランは、余程打ち気にはやっていたのだろうか、素人目に見てもはっきり解るボール球をスイングし、ファールとなった。
次に出てきたサインに学人は目を疑った。カウントはツーナッシング。バントでファールになれば、スリーバント(ツーストライクからのバント)失敗で三振アウトとなるのだ。にも関わらず、外高めにカットボールを投げた後直ぐにバント処理に走れというのである。
この状況においてこの指示は、海鮮丼に松茸が混じっているのと同じくらい、否、肝試しで侵入した廃屋から出てきたお化けと談笑しながら焼き肉を囲んでいるのと同じレベルの場違い極まるものなのだ。
それはピッチャーにとって、一番良くない状況であることは解ってはいたが、半信半疑で四球目を投げる。そして、知昭の指示通り、一塁線(ホームベースからライトポールへ突き抜けるライン)へと駆け降りた。
三塁線は村越左翼手を内野に入れて、ガッツリと固めてある。一塁線には投げて直ぐに学人が猛ダッシュをかけている。しかも、カウントがツーナッシング。どう考えてもバントなど有り得る状況ではない。
有り得る訳が無いのだ。
にも関わらず、ムーランが取った打法は……、バントだった。
ムーランが寝かせたバットに当たった学人のカットボール(バッターの直ぐ側でちょっとだけスライドする球)は、駆け降りてきた学人の目の前に転がってきた。それを拾って一塁に送球。際どいタイミングではあったがなんとかアウトに打ち取った。
ベンチへの帰り際、学人は知昭に尋ねてみた。
「なんでムーランがバントしてくるって解ったんだ?」
と。
「まず、九人内野にして『どうだこら、これでバカの一つ覚えのバントはできねーだろ』と言ってやりました」
あの時知昭はこんなことを囁いていたのか。この言葉にカッと来たところにシンカーが来たら、待ちきれずに当て損ねるのも無理は無い。
「次に、『情無いねぇ、前に飛ばす事も出来んとは。バッティングはとんだザルなんだな、あんなにだだっ広く外野が空いてるのに、非力な日本人のボールを捉える事も出来んとはな』と、意地でも振らせるように仕向けました」
学人はこの男の敵に回ったことが一度も無いことを、つくづく幸運だと思った。
「実際は三球目で仕留めるつもりだったんですが、当てられてしまいましたんで、バントせざるを得ない状況を作りました。剣持さんと黒金くんを下げて、ただタイミングが合わなかっただけの初球のスイングを力負けしたと勘違いさせるために『あーあ、日本人のシンカーに力負けしたあんたじゃ、絶対に越せない位置に外野手が戻っちゃったねぇ』と言っておきました。うまいこと勘違いしてくれた彼は、予想通り手薄になった一塁線に転がすしか手がなくなったという訳です」
この人を小馬鹿にした強かな計略。まさに【グラウンド上の所葛孔明】の面目躍如といったところか。絶対に敵に回してはならない、学人は心に誓った。
『バッティングファースト
センターフィールダー
キャズトゥスィー ケモァーツィ』
七回の表、このイニングの先頭打者は四番の剣持からだ。どうもアメリカ人にとって、この『けんもち かずとし』という音は非常に発音しにくいらしく、なにやら訳の解らない暗号の様な言葉になってしまっている。 スタジアムの声は、ものの見事に二つに分かれている。大地を揺るがす歓声と、大地震のようなブーイングだ。まさにお国柄とでもいうのであろうか、いつもなら大歓声で迎える筈の和俊の所属球団であるパイレーツファン達も、この日ばかりは一心不乱にブーイング大地震に加わっていた。
なるだけランナーが居る状況で回ってきてほしい打者なのだが、単独で出てきても得点を当てにできる男である。
スコアは5対3。まだまだセーフティーリードとは言えない。いくら野球の神が学人に降りたとはいえ、なにぶん気まぐれな神様のことである。いつアメリカ代表に乗り換えても不思議ではないのだ。今日のシュバルツ大トリデュオの出来を持ってすれば、3点差あれば少なからず勝ちを意識することができるようになる。
それだけに、この打席は重要な意味を持っているのだということに和俊は気付いていた。
だからといって、肩肘を張っている訳でもなく非常に心地好い緊張感を左打席から漂わせている。
相手投手に対して正面向きに左打席に入り、左右の足を打席の両隅に展げる。そして、バットをクルクルと回しながらその場で左にターン。これが和俊独特のオープンスタンス、通称【プリンシパル打法】である。
その名の由来は踊るような動きでスタンスをとり、投げ込まれたボールに対しかなり攻撃的な狙い撃ちを見せるそのバッティングによるものだ。
プリンシパル打法はオープンスタンス(前足を外側に引いて上半身を少し正面に向ける構え方)であるため、度々外側の球に振り遅れることがある。
和俊にそういうデメリット個性があるということを熟知しているアメリカ代表バッテリーの筈なのだが、これまでの二打席は、どちらもヒットで出塁している。
なぜ弱点を知られているのに打っているのか。それは、弱点を突かれる前にとっとと打ってしまったからだ。
高校一年前半まで投手だった和俊は考える。俺ならここをどう攻めるかと。
導き出した結論は、こうだった。
【内側の球は全部外して、外側だけで勝負】
この打席における和俊の待ち方は、【外側一本に絞る】という方向に決定された。
シュタイナーとアンダーソンのバッテリーがまず始めに行ったことは、守備シフトの移動だった。全体的に左側に寄せ、一塁線にはもはやウォン一塁手以外誰も居ない。かなり極端な左寄りシフトを敷いて来たものである。このバッテリーには、それほど和俊に振り遅れさせる自信があるというのだろう。
和俊は燃えた。それはもう、酸素の中でマグネシウムを燃やす実験のように烈しく燃えた。
《俺様を誰だと思ってやがる!
史上五人目の三冠王、剣持和俊様だぞ!》
狙いは一塁線。外野にさえ抜けていけば、和俊の足ならランニングホームランにすることができる。6回裏のムーランと同じような状況を迎えていた。否、和俊の本来のウリはパワーであるため、ムーランのときよりやや得点できるチャンスは高いと言える。
シュタイナーがモーションを起こす。ごくごく一般的なオーバースローであるが、途中に独特な動作が混じるため中々にタイミングが取りずらい。そのうえで、150キロ前半のストレートを持っているものだから、和俊の苦手な投手第三位にランクインしているのだ。
第一球が投げられる。マウンドとホームベースの中間辺りにボールが到達した時点で、内側の低めギリギリに入る縦スライダーであることを、和俊は察知した。
《入ってる?
内側なのに入れてきたのか?》
最初の読みは、どうやら外れてしまったらしい。オープンスタンスの特権は、若干振り遅れ気味でも内側のボールにある程度対応できることである……が、さすがに今回は、察知するのが遅かった。ストレートのタイミングで待っていたため、スイングのタイミングを修正するのが難しいのだ。
止むを得ず、見送ることにした。
「ットライー!」
予想通り内各低めに決まった縦スライダーに、アンパイアのコールが響き渡る。
二球目、初球を入れてきた場合自分ならどうするか。
外に速い球を外して、誘う。
外各の高めに速い球を入れて、詰まらせる。
内側に遅い球を外して、内側を意識させる。
三つに絞れそうだ。シュタイナーはもう、腰を回して上半身を正面に向け始めている。
考える余裕を与えてくれないテンポの早さも、シュタイナーが苦手な理由の一つだった。
二球目。このボールは、だいたいが打ち取るために使われるボールのための伏線として使われる。ここで何を投げたかによって、今後の組み立てが大きく変わって来るのだ。今後の展開を読みきるため、敢えてこれも見逃すことにした。
シュタイナーの右肩が回り始める。そして放たれたボールは、ゆったりとした弧を描き、内各の高めに外れた。
《パターン3!》
ここから先は読み易い。外内外外。後は、最後の外に行くまで入れるか外すかの読みと、タイミングの読みだけだ。
三球目。このボールは、ホームベース裏に陣取る者、打席に佇む者、聖なる丘に君臨する者、三名の性格や身体能力によってどう使われるかが大きく違ってくる。この打席の場合、アメリカバッテリーはテンポが早く勝負もわりと早めに仕掛けてくる。和俊はじっくり待つタイプであるが、そのペースに乗せないためにも確実にカウントを取りに来る筈だ。だとすれば、わりかし安全であると言える、外の低めが一番有り得るボールだろう。
コースと出し入れは絞った。あとは球種だ。いったい何を投げる気なのか。
打席に立つ者にとって一番難しいのが、球種の絞り込みである。【来た球を打てばいい】このスタンスが通用するのは、高校までであり、プロの世界でそんな適当なやり方は通用しないのだということを和俊は嫌と言うほど思い知っていた。
今のところ、遅い球が二球続いている。遅い球に目が慣れてきた打者に対し、更に遅い球を続けることにメリットはあまり無い。
和俊カンピューターが弾き出した分析結果は【外各低め、ストレート】だった。
マウンド上では、返球を受けたシュタイナーがカクテルライトを一身に浴びながら、既に肩を回し始めている。瞬く間に振り下ろされてきた右肩から下の先端から、白い物体が……、弧を描きながらゆったりと和俊の直ぐ膝元へと沈んできた。内各低めへのカーブである。
「ットライクツー!」
アンパイアが無情なる雄叫びを右手と共にあげる。
ものの一分半で追い込まれてしまった。長い野球経験の中で、ここまで読みが外れたことはない。
《なんだ、何がしたい?
こいつらは俺をどうする気なんだ?》
これからは、怪しげなボールには全て手を出さなければならない。狙いは外、それは不変である。和俊を打ち取るには外の球が一番有効なのだ。
シュタイナーが、退け反るようにふりかぶってからアンダースローのように上半身を沈めて、そこからまた引き起こすという独特のモーションから肩を回し始める。
白地に黒いピンストライプ、黒いアンダーシャツというわりとオーソドックスなユニホームに包まれた右腕が振り下ろされ、そこから投じられた白球は、小気味の良い音を発てて空気を切り裂き、外各高めへとすっ飛んで来た。
和俊は、外側一本に的を絞っていた。そして、ストレートを待ってもいたのだ。
にも関わらず、前の三球の遅さがブレーキとなり振り始めるタイミングが明らかに遅れてしまった。
その結果、辛うじて当てた打球は低い弾道のライナーとなり、真横へ飛んでフェンスに直撃、ファールとなる。
なかなか明らかなボール球が来ない。そして、甘い球はもっと来ない。そんな中、なんとか粘ってフルカウントに持ち込んでいた。
《これで今度はこいつらが外せなくなったぞ》
今までは悉く読みが外れてしまっていたが、さすがにここで外れることはないだろう。【外各低め、ストレート】
ボール球をきっちり見送り、際どい球も悉く当ててくる和俊にアメリカバッテリーは根負けしてしまったのだろうか。ずっと厳しいコースを突き続けていたシュタイナーが、遂に投げてしまった甘い球は外各のやや高めへと入って来た。
今度のボールは振り始めるタイミングもきっちりと合い、真芯で捉えることに成功する。そして、自慢のパワーを遺憾無く伝え切り、レフトスタンドの日本応援団にホームランボールとしてプレゼントすることとなる。
ベースを回りながら和俊は、どんな人がサインを入れてもらいに来るのか楽しみにしていた。
スコア
七回表
6対3
次回予告!
剣持です(^o^)/
いや、いつになく知昭のえげつなさが光ってるねえ(^_^;)
この分なら、この三点で充分かな(^O^)
責任を果たせて一安心だね、知昭に罰ゲーム押し付けられずに済みそうだし(^_^;)
さて次回は、なんと学人が六年振りに打席に!
次回 スイッチ!
五球目 ミサイルでは潜水艦は落とせない
ツイてる時は何やってもうまく行くんだよね(^O^)
ただ、その分デカい落とし穴ってのがあることもあるんだけど(^_^;)
以上、剣持でした(^o^)/