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三球目 ムーラン包囲網

 ワールドベースボールクラシック決勝戦、学人は今、6回裏、ツーアウトランナー無しで打席にアメリカ代表1番打者、ムーランを迎えている。なぜ陸上競技ではなく、野球に走ったのかが不思議なほどの、メダリストレベルの短距離ランナーを相手に、どう組み立てれば塁に出さずに済むのか知昭と作戦を練り始める。


 個人的には、緩い球を幾らか続けて、速い球で打ち取りたいが、知昭はどう考えているのだろう。とりあえず、この組み立てで良いかどうかをブロックサインで訊いてみた。


 返答は、無かった。知昭にも、彼なりの組み立てがあるだろう。おそらくは、それと大きくかけ離れているからなのだろうが、球種とコースを要求するサインは、まだ出て来なかった。それどころか、マスクを外してアンパイアにタイムを要求している。


 知昭が、苦虫を噛み潰したような表情でマウンドへとやって来る。その足取りも非常に重く、まるで幾重にも張られた結界を強行突破しているかのようだ。


 知昭と共にフィールドを駆けること、十余年。初めはウマが合わなかったが、今では彼のリードを信頼しきっている。全てを任せるのはプライドか許さないところはあるが、ここぞと言うときの組み立ては、任せっきりにしたほうが上手く行くということも理解していた。

 だが、どうしてもこのタイミングでマウンドまでしゃしゃり出てきたことが気にくわなかった。今の組み立てのどこに文句があるというのだろうか。

「何しに来やがったんだテメーはって顔しないでください。

組み立て自体に文句言いに来たのではありません。

ちょっと……、私の計画を聞いて頂こうと思ったんですよ」

 というのがここまでやってきた理由らしい。グラウンド上の諸葛孔明と囁かれるID野球の申し子、玉木知昭が、マウンド周辺に、内野手のみならず、外野手までも集めてしまった。

「……、みなさん、驚かないで聞いてください。

当然ギャグではないし、相手をなめてるわけでもありません。

……、ムーランに対して9人内野を敷こうと思うんです」


 9人内野。そのシフトは、高校野球でよく見掛ける、スクイズ対策として敷かれるサードとショートがマウンドより前で守り、レフトが、ショートの定位置に入る【7人内野】の究極バージョンだ。

 つまり、ファースト、セカンド、ショート、サードを全てマウンドより前に押し上げ、レフトをサードの定位置に、センターをショートの定位置に、ライトをセカンドの定位置に置いて、ピッチャーがファーストベースのカバーに走るという、絶対にバントをさせないための最上級のバントシフトなのである。


 だが、このシフトを敷いてしまうと、

「外野に誰も居ねえんだから、外野まで持ってかれたら終りだろ」

 ということになる。まだ三点差があるため、あまり痛手にはならないのかも知れないが、ムーランの足を考えると、ほぼ間違い無くランニングホームラン(フェンスを超えない打球で、打った選手がホームまで帰ってくる)になってしまうのだ。


 集まった選手を代表して学人が放ったこの問いに、

「まぁ、黙ってお任ください。もしムーランに外野まで持ってかれるような事があったら、貴殿方全員に高級フレンチのフルコースを奢って差し上げますよ」

 得意満面の笑みで知昭が答えた。この場に限って見れば、かなり不適な笑みに思える。

 だがそれは、確実に打ち取ることが出来るという確固たる自信の現れでもあるのだ。長年共に戦ってきた戦友であるからこそ、学人にはそれが、痛いほどよく理解できていた。


「高級フレンチにありつきたいのでしたら、私の言った通りにしてください。

とは言っても、食する確率は、極めて低いとは思いますが……。

では、守備に戻りましょう」

 孔明軍師のこの言葉に促され、学人が両手を挙げて解散を指示する。軍師も、定位置であるホームベース後方へと帰っていく。定位置に帰らなかったのは、他の野手連中だ。7人全員が、インフィールド(内野)に固まっている。どうやら、連中も覚悟が決まったようだ。

 ムーランのシーズン通算打率は.288なのだが、その8割がバントヒットである。残った2割もポテンヒットであるらしく、確かに一見するだけでは、外野まで打球が飛ぶ確率は極めて低いと思われる。


 だが……、


 それは、メジャーリーガーを相手に回した数字であり、決して、プロ野球選手を相手にした数字ではないのだ。問題は、学人のパワーでもムーランの飛距離をこのレベルまで抑えることが出来るのかということに尽きる。ことに、パワーの面だけ見た場合、アングロサクソンムーランと内モンゴル系(学人)は、別な生き物であるとの声さえ上がっている。この体力、筋力差を埋めることが出来る組み立てが要求されるのである。


 しかも、失投、即、ランニングホームランという状況で。









 スタジアム全体が、何とも摩訶不思議な奇声の渦に包み込まれた。漫画や小説の世界でしかお目にかかることの出来ない【9人内野】という守備シフトを、彼等は今、この現実世界において目の当たりにしているのである。至極当然の反応であると言えるだろう。


 この異次元空間を作り出した犯人からの最初の要求は、外側一杯低めのシンカー(右投手が投げる、右側に曲がりながら沈む球)だった。


 首を縦に振る。


 半身のワインドアップから【不沈潜水艦】が沈んでいく。学人がモーションをとっている間に、グラウンド上の諸葛孔明がムーランに対して野村監督ばりの囁き戦術を仕掛けているようだ。


 両足の爪先と頭を極力マウンドプレートの上に残すような体勢で尻だけ斜め45度前方に沈めていくため、学人のユニホームの太股やふくらはぎ辺りがはち切れんばかりに捻れる。見つめる先では、囁き戦術が成功したのかムーランが、学人がモーションを起こしているにも関わらず、悪魔のような目付きで知昭のことをチラチラと気にしている様子だ。

 手が地面にぶつかるのではないかと投げる度に心配されている極端なサブマリン投法から、第一球が放たれた。

 学人の手から離れたボールは、予定通りのコースに飛んでいる。


 打席のムーランが、指先に力を込めたのを学人は見逃さなかった。明らかに打つつもりのようだ。

 ボールは、右側に滑り落ちながら18m強をゆったりゆったり、ゆっくりゆっくりと飛んでいく。


蝿でも止まってしまいそうな超スローボールに、ムーランのバットが襲いかかってきた。

 バットは、ボールの上っ面をかすめるに止まり、その結果として産み出された打球はボテボテなゴロとなって、ファールグラウンドヘと転がっていく。


 二球目を投げるために、学人がマウンド上で身を踊らせ始めた。調子が良いときのアンダーハンド投手のモーションは、踊っている様に見えるという。実際に学人本人も、自身から沸き上がる溢れんばかりの躍動感に、心を踊らせていた。


 いつぞや、某野球雑誌のインタビューを受けた際に、

「僕今ねぇ、三国志にハマッちゃったんですよ。好きなキャラですか? 呉の周瑜と孫策が、何気に気に入ってますね」

 と答えたことから【不沈潜水艦】の他に、【マウンド上の美周朗】との異名も賜っている。周朗というのは周瑜のニックネームで、正史(王朝によって正式に書かれた歴史書)三国志にはっきりと美青年であると書かれている程のイケメンであったため、周りから、次第に本来の周朗に美を付けて呼ばれることになったらしい。

 学人は今、大きな合戦前に必ず周瑜が諸将を集めて景気付けのために舞っていたという剣の舞と、自分がマウンドで舞っている投球の舞を重ね合わせていた。

《ツラは周瑜に及ばねえけど、舞は結構良い勝負になってんだろ》

 完全に、自画自賛、自己陶酔の世界に突入している。そして、マウンド上の美周朗はムーランに対し、第二球を放った。


 ツーシームジャイロ。

それは、スパイラル回転するムービングファストボール(ツーシーム)である。

変化は、全くしない。

80キロ台から、100キロ台の遅いボールが、浮きもせず、沈みも曲がりも落ちもせず、ひたすら真っ直ぐキャッチャーミットまで突き進むのだ。だからといって、置きに行っただけの棒球という訳でもない。しっかりと腕は振り抜かれているし、ボールも回転している。性質上、連投は出来ないが、小出しに投げればそれなりに有効なボールなのである。


 ツーシームジャイロのスピードは、投げてみないと判らないところがあるのだが、今回は良い方向に働いてくれたようだ。とにかくおそい。どうやら80キロ台前半のようだ。

 おそらく学人のストレートは【130キロ台後半】というデータがアメリカ代表には入っていることだろう。その投手が【80キロ台前半】のストレートを投げて来たのである。その緩急差は実に50キロに上る。そうやすやすとタイミングを取られるような代物ではないのだ。


 美周朗の剣の舞は、戦神を味方につけるための儀式だったという。マウンド上の美周朗は、投球の舞で野球の神を味方につけたようだ。


 野球の神を敵に回したムーランに、勝ち目などある筈もない。遅いストレートにタイミングを取り損ね、打席で見事に一周した後、無様に尻餅をついてしまった。空振りのストライクである。


 知昭の奇策と、学人の能力。その二つの相乗効果でクラシック記念スタジアムは、球場全体が日本代表のオーディエンスとなりつつあった。







    6回裏  

ツーアウトランナー無し

    5対3

  ボールカウント

  ツーナッシング


 ゲームセットまで、あと9人と一球……。




次回予告!!




玉木でございます

m(_ _)m


ムーラン相手にちょっと変わった守備シフトを採りましたが、絶対に打ち取れる自信があります、自信があるんです

( ̄∀ ̄)ニヤリ


さーて次回は、その自信の種明かしと我が軍の攻撃の模様をお伝え致します(^O^)


次回 スイッチ!

四球目 剣持和俊意地の一撃



剣持先輩、我が軍の勝利は貴方のバットにかかっているのです。頼みましたよ。









「俺はメジャーに移籍して研究され尽してるから期待はするなよ」ですって?

信賞必罰!

凡退などしようものなら必ず償っていただきますよ(;`皿´)


以上、玉木でございましたm(_ _)m

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