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十四球目 美里のスイッチ

 異国の地で突如勃発した学人対それ以外の舌戦。その元凶は学人の【別れよう】という言葉である。そう言われることに全く身に覚えのない美里が、周囲を巻き込んで必死の抵抗を試みているのだ。

 







 常軌を逸し気味の美里が叫んだ『殺せ』という言葉に思わず反応してしまった貴志だったが、病室に駆け込んだ後に悔やむことになってしまった。彼らの姿を見た途端に美里が言った言葉が、

「みんな助けて! ガクトが別れるとかって訳解んないこと言うのぉ!」

 というものだったからだ。要するにただの夫婦喧嘩である。そんなものに巻き込まれては堪った物ではない。他のメンバーを見ても大なり小なりその感情が窺える。

「なあガクト、それおかしいんじゃないんか?」

 まず始めに口を開いたのは和俊だった。球界五のイケメンだと言われているその顔に、呆れ果てた表情を貼り付けている。ちなみに総合調査会社アジディック統計による日本プロ野球界イケメンランキングは、

 五位、元沖縄シュバルツ剣持和俊

 四位、なし

 三位、爪蕗兄弟(兄、宇都宮ノワール、弟、旭川マーべラス)同票

 二位、宇都宮ノワール門倉翔太

 一位、沖縄シュバルツ門倉慶輔

 となっている。

「訳も全く説明せんで、いきなり【別れよう】は無かろうが」

「いや、違うんすよ剣持さん! 説明しようとしても美里があーだこーだ言って聞いてくれないだけなんですって!」

 静粛厳守な筈の病院内に、重病人である筈の学人の叫びが響き渡る。

「落ち着いてください学人君。他の患者さんの迷惑になります」

 と知昭がとりなすが、

「おまえは人ん家の事情に口出して来んじゃねえ!」

 と取り付く島も無い。

「ワシに出すなゆうて言わんかったっちゅうことは、ワシは出してもええっちゅうことよのう……」

 学人は昔から和俊に頭が上がらない。ルーキーイヤーにこっぴどくどやしつけられたことがあり、それ以来和俊の子分のようになっていた。その和俊が、学人に説明を促す。

「まずどうゆうことなんか訳を説明せんかいや」

 説明の義務を負わされた学人はチラッと美里に目をやり、彼女を黙らせておいてくれと周囲にアイコンタクトで懇願しながらぽつぽつと心境を語り始める。

「俺もう野球出来なくなったじゃないですか。だから、職探しから始めなきゃいけない訳ですよ。でもこんな体じゃないですか。簡単に見つかる訳無いじゃないですか」

「そげなもんCD出しゃええだけの話なんじゃないんか。別に声出んようなった訳じゃないんじゃけえ」

 確かに和俊の言う通りで、学人は毎年シーズンオフに音楽活動を行っている。発売したCDの中には、百万枚を超える売り上げを記録した曲もいくつかあり、下半身が不自由になったからといって所属レコード会社が彼を切るということはほぼ考えられなかった。だが、学人が心配しているのはそんなことではなかったのだ。

「あのね剣持さん、プロとしてやるからにはそれにともなうドサ回りが付いて来るんですよ!」

 どうしてもプロとして活動するとなるとライブを中心とした営業回りが必要となるのである。学人の心配はそこだった。外回り営業で生計を立てるには、いかせん機動力が低すぎる。

「そんなもん、ZARDみとうにMC下手じゃけえゆうてライブせんアーティストになりゃえかろうが。だいたいワリャあ今までだってろくにライブなんぞしたこと無かろうがーや」

 心配の種はまだあった。完全な人気商売であるため、いつ稼げなくなるかわかったものではないということもあるし、幼稚園児二人を抱える身として、彼女らの学費の心配もある。一家を支える大黒柱として心配しなければならないことが山程あるのである。

「そんな簡単な問題じゃ……」

「もういいよぉ!」

 なおも抵抗を試みる学人の声に、悲痛な金切り声が割って入った。

「もういい。もう解ったよ。剣持さんももういいです……。あたし、別れます……」

 強く手を握り締め、俯いて震える美里の姿は、哀しんでいるというより、寧ろ怒っているような雰囲気を醸し出していた。




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