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十二球目 それぞれが目指すサポート

 学人はまだ、とても安らかな顔で眠っている。その身に襲い掛かってきた惨状を、全く感じさせないほどに安らかな彼の寝顔を見つめる顔は七つ。小野美里、小野真幸、小野深幸といった、学人の家族達に加え、剣持和俊パイレーツ、玉木知昭(沖縄シュバルツ)、門倉慶輔(沖縄シュバルツ)、大榎貴志(宇都宮ノワール)といった日本代表から代表してきた四人である。ちなみに今、代表通訳である高波兼継は、医師からいろいろと詳しい説明を受けるため、席を外していた。

 出来ることなら、このまま眠り続けていてほしい。これが今、安らかに寝息を発てている夫を眺めながら考えていた偽らざる本心だ。この試合で何かを、彼の野球人生を劇的に変えるきっかけとなれるレベルの何かを掴んでいたことは、マウンドで踊る学人を見ていたらすぐ解った。

 そんな時に、あの悲劇である。人生の絶頂期で急没落するのも辛いが、絶頂期を迎えられる手応えを感じ取ることが出来た瞬間に、突然没落してしまうほうが精神的なショックはきつくなる。そして学人は、まさにそのタイミングで没落してしまったのだ。

《無理だよ……、あたしにはフォローできないよ……》

 どうしても自信が持てない。そしてその思いは、口から声としてではなく、目から涙となってとめどなく溢れ出てしまう。

 

 和俊はどうにも自然に笑えない。こんな時ほど明るく接さなければ、そう思っている。だが、それは無理な相談というものだった。明るくなど出来る訳がない。ただ笑うだけでも、これほどの無理を自分自身に強いなければならないのだ。明るく振る舞うなど、土台無理な話なのである。

 自分の存在は学人のサポートには向かない。それはもう確定だろう。ならば……。

「美里ちゃん。俺に出来ることなら何だってして見せるから、何でも相談してくれな」

 そう、和俊は学人以外の小野家の連中のサポートに回ることにしたのだ。そうすることで間接的に学人を元気付けることにも繋がる。感情の起伏が激しい自分に向かない本人のサポートは家族やクールな知昭に任せて、自分はそのサポート係のサポートを中心に立ち回る、いわゆる縁の下の力持ちというやつである。

「金の相談にもいつでも乗るからな。融資率80%、無利息無担保だから、剣持金融、お気軽にご利用ください」

 剣持金融とは言ったものの、返してもらおうなどとは少しも考えていない。今の段階で総資産は50億円近くまで貯まりまくっているのだ。和俊としては、融資ではなく投資するつもりでいるのである。

「そうですね。私としても皆さんへの協力を惜しむつもりはありません。学人君の快復を全力でサポートさせて頂きます」

 知昭が和俊の言葉に乗ってきた。空気が和俊の狙い通りに流れている。

「美里さん。金とか物なら任してくれ。俺の実家は日本最大の岩倉財閥だ」

 かつて経済界には【西の門倉】【東の岩国】といわれる二大財閥が存在した。そのうちの岩国グループを最終的に相続することとなった岩国樹里愛が、前相続者の岩国神奈の遺言によって門倉家に養女として引き取られることによって、この二大財閥が合併したのである。ちなみに発言者である慶輔も、岩国系だった。

 残念ながら、和俊の金銭面でのサポートはなくなってしまった。この大恐慌の中にあっても、岩倉財閥の総資産は10兆を優に越えているのである。

「剣持金融、本日を持って倒産しました」

 和俊が金銭面でのバックアップからの撤退を、いかにも彼らしい言葉で宣言した。

「いや、俺は歯車じゃないですから、動かすまで時間がかかると思うんです。それまでの繋ぎを剣持金融さんにお願いできますか?」

「はぁ?」

「だぁかぁらぁ、俺が幸奈ちゃんに会社動かしてもらって、金工面してもらってる間、俺の名前でオッサンから美里さんに金都合してくれ、そして、こっちの金が出来上がったら利息付けて俺がオッサンに返してやるって言ってるんですよ!」

 幸奈というのは、今正式に岩倉財閥を動かしている総帥で、門倉十兄弟の長女だ。御歳なんと24。とんでもないやり手である。よく考えると、組織が巨大化すればするほど動きが鈍くなってしまうのはもはや、自然の法則である。必要なときに必要な額が入って来なければ融資というのは意味が無いのだ。

「よし解った。でも剣持金融は無利息無担保だ」

 年棒十億円プレイヤーと日本一の大企業のコラボレーションである。金銭面でのサポートは万全だ。ちなみに、先刻から話に参加していない大榎は学人に張り付いて様子を見守っている。

 これもまた、大榎なりの気配りなのだろう。明らかに動揺し、そして学人と関わることを怖がっている美里に代わり、自分が積極的に学人へと関わっていこうという姿勢だ。

「なんだか知らないけど、マユ絶対シュバルツで投げるからね!」

 突然真幸の声が割って入ってきた。

どうやら彼女は先程の知昭の話は、ほぼ理解出来ていなかったらしい。

 それはそれで良かったことなのかもしれない。野球を始めさえすれば、プロへの道が開けるかもしれないのだから。深幸は母親の背中を撫でている。白い白い無機質な壁に取り囲まれた病室は、否が応にもそこにいる全ての者から冷静さを削ぎ落としていく。深幸がその白い障気に毒されずに済んでいるのは、おそらく彼女が幼いからなのだろう。

 この時、病室にいた大榎が、満面の笑みを浮かべながら引き戸のレールに躓いて豪快に顔面から転倒した。

「ど……、どうしたんですか、大榎さん……?」

 と、呆気に取られた慶輔が聞くと、いよいよこの言葉が返ってきた。


 そう、


「小野君が目ぇ醒ましたぞー!!」


 という返事が。




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