一球目 発進、不沈潜水艦小野学人号
小野学人。彼は、プロ野球団沖縄シュバルツのクローザーだ。本来なら彼は打席には立たない。何故ならシュバルツはパ・リーグだからだ。しかし、彼は打席に入ってしまった。このゲームは、パ・リーグ公式戦ではなく、ワールドベースボールクラシック決勝戦であるからだ。
決勝の相手は、王者アメリカ。メジャーリーグからスター選手をかき集めたまさしく優勝候補の筆頭なのであるが、そのメジャー代表を日本のスクイズ攻めが凌駕した形の5対3というスコアで6回裏を迎え、日本の守護神小野学人投手のおでましとなった訳である。
第8回、ワールドベースボールクラシック。開催国は敵国アメリカだ。学人のおでましを盛大なブーイングで出迎える。どよめくスタジアムのグランドを悠然と歩いて学人がマウンドへと向かう。その威風堂々としたたたずまいは、打ち込まれて轟沈することなど想像もつかないほどの神々しさをかもし出し、その空気を日本ナイン、そして、三塁側スタンドに浸透させ、かつ、充満させていく。
現人神のオーラによって、必勝ムードが漂い始めたクラシック記念スタジアムの三塁側から、
「パパ頑張れー!」
と一際大きな声援をあげる一団があった。真幸、深幸の双子と美里。学人を大黒柱とする小野家の連中である。
真幸は、カクテル光線に照らし出された自分の父親に心から
《パパカッコいい》
と、尊敬の眼差しを向けている。新聞によると、学人は【ふちんせんすいかん】らしい。未だ四歳の真幸にはあまりよく解らない言葉だったが、どうやらこの言葉はとても面白い言葉のようだ。学人も美里も見るなり大笑いしていた。
幼稚園で将来の夢を語るとき、真幸はいつも、
「パパみたいな、凄いピッチャーになる!」
と答えている。それ程学人の存在感は幼子の心を鷲掴みにして、放すことがなかった。子供ながらに一人の漢に心を奪われてしまった真幸は、父親を見るのとはまた違った目付きでその姿を見つめている。
学人は、マウンドへと向かっている。【不沈潜水艦】この様な摩訶不思議な通り名を賜っている理由は、単純に彼がサブマリン投法であり、そして、滅多に打ち込まれて轟沈することがないからだった。だから、潜水艦【小野学人号】は、沈まないと評されているのである。
四方八方から降り注ぐカクテルライトを浴びながら目標地点へと到達した不沈潜水艦は、標的に向けて力の無い魚雷を適当に打ち込む。そして、遂に米軍の艦隊を迎え、作戦将校からのゴーサインが出る。アンパイアの右手が、
「プレイ!」
のジャッジと共に挙がったのである。ひとしきり投球練習を終えた学人は、シュバルツ入団以来苦楽を共にしてきた盟友玉木知昭捕手からのサインを待つ。アメリカ代表の打順は8番から。捕手、投手、業師と続く打線である。
《さすがにこの辺は大丈夫だろ……》
学人はここを、手を抜いて良い部分であると判断した。
男性場内アナウンスであるスタジアムDJが、
『バーッティングファースト キャッチャー ジョニー・アンダーソン』
と流暢な英語で告げる。打席のアンダーソンからは何のプレッシャーも感じない。知昭からは、内格高めにストレートを外せとのサインが来る。高校まで共に野球をプレイしていた兄匠人直伝である半身からのワインドアップを採り、不沈潜水艦小野学人号は発進した。
初球は内側にウエスト。これは、故意に危険球を投げることを意味している。このゲームがセ・リーグ公式戦であるならば、たったの一球で危険投球退場となるところだが、この試合はそうではない。ましてや、日本プロ野球連盟主催のゲームでもないのだ。そんなルールは無い。
頭と前足の爪先をマウンドの上に残すような形で体を捻り、上半身を深く沈めながら尻から前方に倒れていく。
程良く頭と尻が沈んだら、すかさず前足(軸足)を前へと投げ出して、体を沈める動作によって作り出した運動エネルギー及び位置エネルギーをのせる。そして、前足の接地と同時にその爪先をホームベース方向へと向ける。走者がいるときにこの動作を誤ると、たちまちボーク(ルールに従っていない投球動作)とみなされてしまうため、注意が必要だ。ボークが出た時にいた走者は、問答無用で次の塁に行けるのだ。
敵鑑へ向けての一発めの魚雷。ストレートという魚雷は、狙い通りアンダーソンの顔スレスレの位置に向かっていった。
アンダーソンが、クソ真面目にすぐに避けに入る。正直助かった。ここでぶつけて余計なランナーを出してしまっては、失点に繋がる可能性が出て来る。【ランナーを出したら点を取られたと思え】兄匠人からの教えだ。
アンダーソンは、まるで何か見てはならないものを見てしまったかのような表情で、後方ヘと退け反っていく。そして、球場全体から吹き荒れる悲鳴と怒号の中、倒れ込む様に後退りながら、バッターボックスから……、外れた。
観客席から吹き荒れるブリザード級に冷たい雰囲気の中、アンダーソンから放たれる呪祖の視線と、アンパイアから放たれる射抜かれるような視線が学人に突き刺さる。たったの一投で、ほぼ全てのオーディエンスを敵に回す形になってしまったが、そんなものはこの先4イニングでいくらでも埋め合わせができる。不沈潜水艦小野学人号には、間違い無くそのぐらいの性能は備わっていた。
ボールカウント
ワンボールナッシング
前途多難な出航ではあったが、不沈潜水艦小野学人号はクラシック記念スタジアムという作戦ポイントに於いて、着実に【米軍の反撃を許すな】という任務を遂行し始めている。
ゲームスコア
6回裏
5対3
次回予告!
真幸です(^o^)/
ボクのパパ、アメリカを抑えられるのかなぁ
(?_?)
頑張ってほしいなぁ
o(^-^)o
みんな文句言ってるけど、パパ凄いから絶対みんな好きになってくれるもんo(^-^)o
次回 二球目 バク進、小野学人号
ボク、大きくなったらパパと一緒にシュバルツを世界一にするんだ!o(^-^)o
って、そんな決定戦は無いんだってさ(ToT)
キリンカップみたいなのが野球にもあればいいのに(-_-#)
じゃあね(^o^)/
ボク、真幸だよo(^-^)o