彼女と、桜餅と
桜舞う三月、空は明るく穏やかだった。
しかし等はダイニングルームのソファで、そわそわしており、何だか心配事があるようだった。
「どうしたんだ、等?」
父親の秀樹が新聞から目を離し、指摘する。
今日は土曜日なのだが、秀樹は公務員なので休みだった。
自分の父親にしては、見目が良く、かっこいいと言われるのだった。
「あの、その、言ったはずだけど…?」
ちらりと母親のたえを見れば、彼女は秀樹の横で紅茶を飲んでいる。
「あなた、今日は等の恋人が遊びに来るのよ」
「等の恋人…? そうか、それで緊張しているのか」
あははと秀樹が大声で笑う。
自慢の父親だが、等は今、恥ずかしかった。
ーもう、ちゃんと言っておいたのに。
妹の静は友達と遊びに行ってしまったので、いなかった。
等はパンツに手を押しつけ、緊張を解そうとする。
するとチャイムが鳴った、
「ーあ、来た!!」
一目散に、等はとんでいき、玄関ドアを開く。
するといつも制服姿の愛子が、可愛い格好でやって来たのだった。
外見を気にしてか、少し化粧しているらしい。
「いらっしゃい」
「うん。お邪魔します」
愛子は手に箱を持っており、等に差し出してくる。
「何、これ…?」
「お邪魔になるから、手土産。その季節の商品なんだけど」
「開けていい?」
「どうぞ。中を確認してみて」
愛子に促されて、箱を開ければ、桜餅だった。
春を味わう一品で、等は嫌いではなかった。
「その、和菓子でいいのか、迷ったんだけど」
「いいよ、十分。ーお母さん」
たえに向かって言うと、秀樹がついて来て、愛子の姿を確認する。
「可愛い娘だな」
「ありがとうございます。嬉しいです。今日はよろしくお願いいたします」
愛子は礼儀正しく頭を下げると、両親は感心したようだった。ちゃんと彼女の親が教育しているようで、等も鼻が高い。
「早く上がって。俺の部屋に行く?」
「等くんの好きでいいよ」
「どうするか」
等が迷っていると、秀樹が言ってくる。
「俺は自分の部屋にいるから。たえは対応してあげなさい」
「はい、あなた。…愛子ちゃん、上がって」
「失礼いたします」
愛子が靴を脱いでいる間、等が愛子から渡された箱を、たえに差し出す。
「桜餅。わざわざ持ってきてくれたんだ」
「そうなの? 気を遣わせてごめんね」
「いいんです。本当はケーキとかのほうがいいかなとも、思ったんですけど…」
「気にしないでいいわよ。…これ、早速、二人に出すわね」
「愛子、行こう」
手を差し出すと、愛子は雲を思い出すような柔らかな手を出し、ダイニングルームへ歩いていく。
自分の部屋でもいいのだが、ムラムラすると困るし、たえもキッチンに近いほうがいいかなと思ったのだった。
「飲み物は何がいい? 俺、用意してくるよ」
「えっと…じゃあジュースで」
「何のジュース? 果物、それともソーダ系?」
「ソーダ系かな。ごめんね、気を遣わせて」
「いいって。お前もリラックスしろよ。うちの父親と母親は、大歓迎なんだから」
そう言うと、等はキッチンに行き、冷蔵庫を開ける。
たえは小皿に桜餅を乗せており、上機嫌な様子だった。
「どうしたの、お母さん?」
「ううん、等も大きくなったなと思って。彼女、可愛いじゃない」
肘でつつかれ、等は頬を赤くしつつ、ジュースをグラスに注いでいく。
「ついでに桜餅も持っていって」
「うん、分かった」
盆を用意すると、桜餅二つと、ジュースを乗せる。
すると、たえが桜餅を指さし、言ってくる。
「桜餅はね、江戸時代からある季節商品なのよ」
「へえ…。よく知っている」
「えっへん!! 調べたもの、昔。それでね、桜餅で問題になるのは、塩漬けした葉を食べるか、食べないかということなの。私は食べる派だけどね」
「俺も食べる派だな。…でも、妹の静は嫌だって言って、食べない派だけど」
静にはまだ早いのか、桜餅の葉をいつも等にくれるのだった。
ー静がいたら、ムードメーカーになったかもしれないけれど。
恋人と二人っきりで過ごすのは初めてなので、等は緊張し続けているが、それは愛子も同じだろうと考える。
たえはふふと笑うと、
「若いわね。可愛らしいわ」
「お母さん、茶化さないでよ」
「いいじゃない。ーあ、そうだ。桜餅の話だけどね」
たえは箱から一つ摘み、桃色の皮を指差す。
「関東では生地に小麦粉を使うんだけど、京都の桜餅は道明寺粉を使うのが普通らしいの。中に餡が入っていないものもあって、地方によって異なるみたい」
「なるほど…。お母さん、よく知っている。今の説明、俺も使ってもいい?」
「いいわよ。教えてあげなさい」
等はうなずくと、盆を持って、ダイニングルームに戻る。
その際、後ろから「何か用があったら呼びなさい」と声が追ってきた。
等は「分かった」と答えると、ソファに座っている愛子の側へ近づく。
やはり愛子も緊張しているらしく、落ち着かない様子だった。
「ーはい。ジュースと桜餅」
「ありがとう。飲んでもいい?」
「どうぞ。俺も飲むから」
等は愛子の横に座ると、グラスを手に取る。
春にしては暑く感じ、エアコンをつけようか、どうしようか迷う。
ーでも汗をかくほどでもないし。愛子に聞いてみるか。
グラスをテーブルに置くと、等は愛子を見つめる。
ストレートの髪に、色白の肌。
自慢の彼女だった。
「エアコン、つける? 暑くない?」
「うーん、私は普通かな。このままでいいよ」
愛子はグラスについた口紅を手で拭うと、ハンカチで手を拭く。
ストローをつければ良かったかと後悔したが、愛子は別に気にしていない様子だった。
「そうか。じゃあこのままでいいか」
「うん。…桜餅、どうかな?」
窺うように見つめられたので、等は桜餅を手に取る。
たえが教えてくれたように、愛子に説明しようとする。
「愛子は葉を食べる派? それとも、食べない派?」
「えっと…私は食べる派かな。等くんは?」
「俺も食べる派。いただきます」
桜餅を口に入れると、独特の香りがし、甘味の中に塩味を感じる。
「美味しい!! どこのお店の?」
「えっと…私の家の近くにあるんだけど」
場所を教えてもらい、等はうなずく。
それを確認してから、愛子も桜餅を手に取る。
可愛らしく、一口小さく食べると、表情が柔らかく解れていく。
「美味しいね。小さい頃から贔屓にしているお店だから」
「そうなのか? …あ、愛子、口に」
「え…?」
そう言うと、等は俊敏に動き、愛子の唇の横にキスをする。
嘘なのだが、「餡がついていたから」と言い、愛子の反応を待つ。
「も、もう、等くん…!!」
愛子は顔が真っ赤になり、軽く叩いてくる。
それをクッションで防ぎ、等はにやりと笑う。
「ご馳走様。甘くて美味しかったぜ」
ぷくりとした唇に触れ、愛子は更に顔を真っ赤にさせる。
等は知らん顔をして、ジュースを口にすると、TVを指差す。
「ゲームでもやる? それとも、違うことをする?」
「ど、どうしよう…。その、あの、等くんが決めて!!」
恥ずかしいようで、愛子は見ないでと手を振ってくる。
その愛くるしい仕草に、等は笑うと、愛子の頭を撫でる。
「ー俺以外に、触れさせては駄目。分かった?」
「も、もちろんよ!! もう等くんったら」
「あはは」
明るい雰囲気になってきたところで、等は愛子を誘う。
「ゲーム、やろうか。俺、強いから」
「その、お手柔らかに。私、ゲームといえば、スマホだけだから」
「そうか。じゃあ丁寧に教えてあげる」
「うん」
愛子は素直に答えると、残りの桜餅を口に入れ、ジュースを飲む。
ゆっくりとグラスを置くと、等の手を取って立ち上がり、TVの前に行く。
「よし、やるぞー!!」
等は明るく言うと、愛子も緊張が解れたようで、笑みを浮かべてくる。
二人は室内に入ってくる光に支えながら、ゆっくりと時を過ごすのだった。




