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さよならだけは、読まない

掲載日:2026/07/19

 声を失ってから、私は嘘が上手くなった。


 本当は嬉しいのに、迷惑そうな顔をする。


 本当は帰ってほしくないのに、もう帰ればと書く。


 本当はずっと待っていたのに――。



*   *   *



「よっ紬! 来たぞ~!」


 病室の扉を開けて、奏太がいつものように右手を上げた。


 今日も学校帰りらしい。制服姿のまま、左手にはコンビニの袋。右手には重そうな学生鞄がぶら下がっていた。


 私は枕元に置いていたスケッチブックを手に取り、太いペンで文字を書いた。


『今日も来たの?』


「うん、今日も来ました」


 奏太は私の書いた文字を、そのまま声に出して読む。


 事故で声を失ってから、それが私達の会話の仕方になった。


 私が書き、奏太が読む。


 私の言葉なのに、病室へ響くのは彼の声。


 最初は少し変な気分だったけれど、三か月も続けば、もうすっかり慣れてしまった。


『暇人』


「だそうですが、これが日課だから。暇とかそういう区分では表せないんだなこれが」


 奏太は勝手知ったる様子で椅子を引き、ベッドの横に腰掛けた。



 毎日来なくてもいいのに。

 学校だってあるし、友達と遊びたい日だってあるだろう。

 私の見舞いになんて来ていたら、奏太の時間まで止まってしまう。


 ――嘘。


 本当は全部、言い訳だ。

 奏太が扉を開ける音を、私は朝からずっと待っている。


 廊下から足音が聞こえるたびに、もしかして、と顔を上げる。

 違う人だと分かるたびに、少しだけ落ち込んで。

 病室のドアがノックされると、嬉しくてたまらないくせに、慌てて窓の外へ顔を向ける。


『毎日来なくてもいいよ』


 書いた途端、胸がきゅっと痛くなった。


 奏太は文字を見つめ、少しだけ眉を寄せる。


「毎日来なくてもいいよ?」


 私の代わりに読み上げてから、彼は鞄から取り出したノートを丸め、私の額を軽く叩いた。


「俺が来たいから来てるの。紬が気にすることじゃない」


『でも』


「でも、じゃない」


『勉強は?』


「してるしてる」


『嘘』


「失礼な。これでも赤点は回避したんだぜ?」


『自慢にならないよ、ばか』


「うるさいなぁ紬は。声が出なくなっても、口の悪さは変わらないんだな」


『口じゃなくて手です』


「ハッ。屁理屈まで元気そうで安心したよ」


 奏太が笑う。


 その笑顔につられて、私も笑った。


 声は出ない。


 息が僅かに漏れるだけ。


 それでも奏太は、私の笑顔を見ると嬉しそうに目を細めてくれる。


 事故に遭ったのは、三か月前だった。


 身体の傷は、もうほとんど治っている。


 杖があれば歩くこともできるし、食事だって普通に取れる。


 でも、傷ついた喉からは、今も声だけが出てこない。


 医師からは、回復の可能性はあると言われている。

 明日かもしれない。

 一年後かもしれない。

 あるいは、二度と戻らないかもしれない。


 ……誰にも分からない。


「今日は続き、読むか?」


 

 奏太が鞄から小説を取り出した。

 私が事故に遭う前から読んでいた、シリーズものの恋愛小説。


 入院してからは、何故か奏太が毎日少しずつ読み聞かせてくれている。


『昨日、いいところで終わった』


「でしょ。続きが気になるだろ?」


『奏太、変に照れるから読むの下手』


「ほーん?? じゃあ今日は読まない」


『嘘です。読んでください』


「うむ、素直でよろしい」


 奏太は得意げに笑い、本を開いた。


 差してあった古びた栞を抜くと、ゆっくりと物語の続きを読み始める。


 ……決して上手な朗読ではない。

 台詞の読み分けもできていないし、難しい漢字で時々詰まる。

 それに無理に声を高くして読むせいで、ヒロインの声がガサガサしてるイメージがついてしまった。



 ……それでも私は、奏太の声が好きだった。


 少し低くて。

 照れると早口になって。

 真剣になると、ほんの少しだけ掠れる声。


 この声で名前を呼ばれるたび、胸の奥が温かくなる。

 

 もし私の声が戻ったら。

 一番最初に、奏太の名前を呼びたい。

 そして、今まで言えなかったことを全部伝えたい。


 ありがとう。

 

 毎日来てくれて、嬉しい。


 あなたの声を聞いている時間が、何より幸せ。


 それから――。


「嫌だ! 俺は……って、紬? 聞いてる?」


 奏太が読むのを止め、顔を覗き込んできた。


 私は慌てて頷き、スケッチブックへペンを走らせる。


『聞いてる。早く続き読んで』


「んー、偉そうだなぁ」


 そう言いながらも、奏太はまた本へ目を落とした。


 私は彼の横顔を見つめる。


 口にできない言葉を、胸の奥でもう一度だけ繰り返した。


 本当はずっと、あなたが好き。



———————————————————————————————————



 紬は、嘘をつくのが下手だ。


『今日も来たの?』


 いつもそう書くくせに、俺が病室へ入ると、ほんの少しだけ頬が緩んでいる。


『毎日来なくてもいいよ』


 そう言いながら、帰る時間が近付くと、何度も時計を気にしている。


 声を失ってから嘘が上手くなったと、本人は思っているのかもしれない。


 でも、二歳の頃から十五年も隣にいれば、そのくらい簡単に分かる。


「――それでも彼は、泣きじゃくる彼女の手を離さなかった」


 小説の一文を読み上げながら、ベッドへ目を向ける。


 紬は目を閉じ、静かに俺の声を聞いていた。


 でも紬は眠っているわけではない。

 面白い場面では僅かに口元が緩み、悲しい場面では眉間に皺が寄る。


 昔から、考えていることがすぐ顔に出る。

 そんなところも、事故の前と何も変わっていなかった。


 変わったのは、声だけだ。


 三か月前。


 病院へ駆けつけた俺が最初に見たのは、足をギブスで固定され、喉へ包帯を巻かれ、眠っている紬の姿だった。


 命に別状はないと聞いて安堵したのも束の間、目を覚ました彼女は、何度口を動かしても声を出すことができなかった。


 泣きながら喉を押さえる紬に、俺は何もしてやれなかった。


 大丈夫だとも。

 きっと治るとも。

 無責任に口にすることができず、ただ手を握っていることしかできなかった。


 だから、毎日ここへ来る。


 同情しているからじゃない。

 責任を感じているからでもない。


 紬の時間が止まってしまったから、俺も一緒に立ち止まっているわけじゃない。


 俺が、紬に会いたいからだ。



「紬。起きてるだろ?」


 閉じていた目が、ゆっくりと開く。


 紬は少し不満そうな顔をして、スケッチブックへ文字を書いた。


『寝てた』


「嘘つけ。さっき笑ってたぞ」


『寝言』


「声出てないのに?」


『心の寝言』


「何だよ、それ~」


 笑いながらページをめくる。


 紬が笑ってくれるなら、何時間でも本を読める。


 難しい漢字で詰まって馬鹿にされても。

 女の子の台詞を読むたび、気持ち悪いと笑われても。


 毎日でも、何年でも。

 紬が許してくれるなら、読み続けてるつもりだった。

 



 俺は、事故に遭う前から紬が好きだった。


 いつからかなんて、もう覚えていない。


 朝、家を出れば当たり前のように玄関前で待っている。

 登校中もくだらないことで笑い合って。

 学校でも一緒に弁当を食べたりして。


 いつか卒業して、二人とも大人になっても、この関係がずっと続けばいいと思っていた。


 

 事故の前なら、いつか……彼女に好きと言えたかもしれない。


 でも、今は駄目だ。


 声を失い、弱っている紬へ好きだと伝えれば、彼女は断れないかもしれない。

 毎日見舞いへ来る俺に、恩を感じているかもしれない。

 たとえそれで頷いてくれたとしても、それが紬の本当の気持ちなのか、俺には分からないから。


 だから、今は言わない。


 伝えたい言葉は、小説の中の誰かに任せる。


「君がどこにいたって、僕は必ず会いに行く」


 主人公の台詞を読み上げる。

 自分で選んだ本なのに、口にした途端、恥ずかしくなった。


 恐る恐る紬を見ると、彼女は窓の外へ顔を向けている。

 見れば耳だけが、僅かに赤くなっていた。


「……何だよ」


 紬は窓の外へ顔を向けたまま、スケッチブックへとペンを走らせる。


『早く続きを読んで』


「はいはい」


 再び本へ目を落とす。


 ページに並んでいるのは、誰かが書いた言葉だ。

 物語の台詞なら、どんなに恥ずかしいことでも口にできる。


 好きだとも。

 そばにいたいとも。

 君を一人にしないとも。


 なのに、自分自身の言葉になると、何一つ伝えられない。


 俺は声を失った紬の代わりに、彼女の書いた言葉を読み続けている。


 ――本当は、ずっと聞きたい言葉があった。


 もう一度、紬の声で……俺の名前を呼んでほしい。


 ただ、それだけだった。



———————————————————————————————————



 退院が決まった。

 

 医師からそう告げられたのは、奏太が帰ったあとのことだった。

 身体の傷はもう問題ない。


 声については、これからもリハビリを続けていく必要がある。


 退院後は、専門の施設がある遠くの町へ移り、しばらく祖母の家で暮らすことになった。


 いつか声が戻るかもしれない。

 戻らないかもしれない。

 何一つ分からないまま、それでも病室を出る日はやってくる。


 私は枕元のスケッチブックを開いた。

 奏太と交わした、たくさんの言葉。


『暇人』


『読むの下手』


『早く続き読んで』


 どれも素直じゃなくて、可愛げがなくて。

 本当に伝えたかった気持ちは、一つも書けていなかった。


『ありがとう』


『毎日来てくれて、嬉しかった』


『あなたの声に、何度も救われた』


『本当は、ずっと好きだった』


 でも、その気持ちを伝えてはいけない。

 奏太には、奏太の未来がある。

 学校があって、友達がいて、きっとやりたいことだってある。


 これから先も、私が傍にいてと願えば、彼はきっと変わらず微笑みかけてくれるだろう。

 

 たとえ、このまま私が声を出せなくても。


 遠くへ引っ越しても。

 困った顔をしながら、会いに来てくれるだろう。


 ……だからこそ、怖かった。

 私の時間が止まったせいで、奏太の時間まで止めてしまうことが。


 *   *   *


 退院前日。

 奏太は、何も知らずにいつもの時間へ病室にやってきた。


「よっ。明日、退院なんだってな」


 私は驚いて顔を上げた。


「おばさんから聞いた。何で俺には教えないんだよ」


『言うの忘れてた』


「嘘つけ」


 奏太は不満そうに言いながらも、どこか嬉しそうだった。


「まあ、よかったじゃん。やっと病院食ともお別れだな」


『結構おいしいよ』


「毎日食べてるから味覚がおかしくなったんじゃないか? 俺なら三日で無理だわ」


『失礼』


「ははっ。退院したら、駅前の店行こうぜ。紬が好きだったパンケーキ、まだあるらしいぞ」


 ズキリと胸が痛んだ。


 私は明日、この町を離れる。

 奏太とパンケーキを食べに行く日は、きっと来ない。


『奏太は行きたい大学、決まった?』


「何だよ、急に」


『いいから』


「一応。県外だけどな。受かるか分からないし、まだ誰にも言ってない」


 照れくさそうに笑う奏太を見て、胸の奥が冷たくなる。


 やっぱり、彼には彼の未来がある。


 私がつなぎ止めてはいけない未来が。


『絶対受かるよ』


「珍しく素直だな。熱でもある?」


『うるさい』


「はいはい。今日は続き読むか?」


 奏太が椅子へ座り、いつもの小説を開いた。

 物語も、もう終わりに近付いていた。

 離ればなれになった二人が、長い時間を越えて再会する場面。


 奏太の声が、静かな病室に響く。


「――もう二度と、君を一人にはしない」


 やめて。


 そんな声で、そんな言葉を読まないで。

 このままでは、離れたくないと言ってしまう。

 あなたの未来を奪ってでも、そばにいてほしいと願ってしまう。


「紬?」


 滲んだ視界を隠すように、俯いてスケッチブックを開いた。


『今日は、ここまででいい』


「まだ時間あるぞ」


『疲れた』


「……そうか」


 奏太は本を閉じた。

 帰り支度をする彼の横顔を見つめながら、私はスケッチブックの最後のページを開く。


 昨夜、何度も書き直した言葉。


 これを渡せば、奏太はもう来なくなる。

 私を待たずに、自分の未来へ進める。

 

 それでいい。

 その方がいい。


「じゃあ、また明日な」


 立ち上がった奏太の制服の裾を、私は反射的につかんだ。


「どうした?」


「——っ」


 行かないで。

 明日も来て。

 私を置いていかないで。


 喉の奥で、声にならない言葉が震える。

 漏れ出すのは、いつもと変わらない掠れた吐息だけ。


 私はゆっくりと手を離し、代わりにスケッチブックを差し出した。


 奏太は不思議そうな顔をしながら、それを受け取る。


 開かれたページには、三つの言葉が並んでいた。


『今までありがとう』


『もう来なくていいよ』


『さようなら』



*   *   *



「今までありがとう」


 奏太は、いつものように私の書いた言葉を読み上げた。

 ……でも、その声は少しだけ震えていた。


「もう来なくていいよ」


 そこで言葉が止まる。

 奏太は最後の一行を見つめたまま、動かなかった。


『さようなら』


 読んで。

 いつもみたいに、私の代わりに。

 

 その言葉を声にして。


 そして、私の前からいなくなって。


「……わりぃ」


 奏太はスケッチブックを閉じた。


「これは読まない」


 私は慌ててスケッチブックを取り返し、新しいページを開いた。


『どうして?』


「どうしても」


『いつも読んでくれるじゃん』


「ほかの言葉なら、何度でも読んでやる」


 奏太は私の手からペンを取り上げ、真っすぐに私を見つめた。


「ありがとうも、おはようも、おやすみも。紬が言えないなら、俺が代わりに何度でも言う」


 握り締めたペンが、小さく震えている。


「でも、別れの言葉だけは絶対に読まない」


 ――どうして。

 どうして、そんなことを言うの。


 決心が揺らいでしまう。

 この人を手放せなくなってしまう。


「明日、どこへ行くんだよ」


 私は視線を逸らした。


「退院したら、祖母さんのところへ行くんだろ。おばさんから聞いた」


 知られていた。

 それでも私は答えず、俯いた。


「俺に何も言わずに行くつもりだったのか?」


『言ったら、来るでしょ』


「ああ、行くよ」


『遠いよ』


「ああ、知ってる」


『学校もある』


「休みの日に行く」


『大学受験だってある』


「勉強なら電車でもできる」


『そんなの駄目』


「何が駄目なんだよ」


『私のせいで、奏太の時間まで止まっちゃう』


 奏太の表情が歪んだ。


「勝手に決めるなよ」


『でも』


「俺の時間は止まってない」


『毎日ここに来てる』


「俺が来たいから来てるんだ」


『優しいからでしょ』


「違う」


『私が可哀想だから』


「っ……違う!」


 病室に、奏太の声が響いた。


 驚いて顔を上げると、彼は苦しそうに唇を噛んでいた。


「同情だけで、毎日来られるわけないだろ」


 奏太は一度大きく息を吐き、握っていたペンをベッドの上へ置いた。


「俺が紬のそばにいたいんだ」


 胸の奥が、大きく揺れた。


「事故に遭ったからじゃない。声が出なくなったからでもない」


 やめて。

 それ以上、言わないで。

 期待してしまうから。


「俺は、事故の前からずっと――」


 奏太の目が、私だけを見つめていた。


「紬が好きだった」


 聞き間違えるはずのない言葉だった。


 それなのに、意味を理解するまでに時間がかかった。


 奏太が……私を、好き。


『嘘』


「いや、こんな時に嘘つくかよ」


『だって、一度も言ってくれなかった』


「……言えなかったんだよ」


『どうして?』


「今告白したら、弱ってる紬につけ込むみたいだろ」


 奏太は困ったように笑った。


「毎日見舞いに来てる俺に恩を感じて、断れないかもしれない。頷いてくれても、それが紬の本当の気持ちなのか分からない」


『馬鹿』


「……うん」


『大馬鹿』


「……否定できない」


 涙が頬を伝った。


 私も同じだった。

 ずっと好きだったのに。

 相手のためだと言い訳をして、自分の気持ちから逃げようとしていた。


『声が戻らないかもしれないよ』


「うん」


『一生、こうやって書かないと話せないかもしれない』


「その時は、俺が読む」


『ずっと?』


「うん、ずっと」


 奏太は迷うことなく答え、閉じられたスケッチブックへ手を置く。


「戻らなくたって、俺は紬の隣にいたい」


 その言葉を聞いた瞬間、堪えていた涙が溢れ出した。


 奏太の手が、私の頬を流れる涙を拭う。


「紬だから、好きなんだ」


 ――伝えたい。

 私も好きだと。

 ずっとあなたを待っていたと。


 文字ではなく、私自身の声で。

 喉に手を当て、大きく息を吸い込む。


「無理するな」


 奏太が止めるように手を伸ばすも、私は首を振った。


「書けばいい。ちゃんと読むから」


 ——それでは駄目。

 この言葉だけは、あなたの声を借りたくない。


 私の言葉で。

 私の声で、伝えたい。


 何度も息を吐く。

 喉の奥が痛い。

 空気だけが漏れ、音にならない。


「紬、もういい」


 よくない。

 もう逃げたくない。


 もう一度、息を吸う。

 震える唇を、ゆっくりと動かした。


「……そ……う、た」


 掠れた、小さな声。


 声と呼ぶには、あまりにも頼りない音だった。


 それでも奏太は、目を見開いた。


「……紬?」


 もう一度。

 彼へ届けるために。


「……奏……太」


 奏太の顔が、泣きそうに歪んだ。


「うん」


 私の手を、両手で強く握る。


「……聞こえた」


 泣きながら、それでも嬉しそうに笑った。


「ちゃんと、聞こえたよ!」


 伝えたかった言葉は、まだたくさんある。


 ありがとう。

 そばにいてほしい。

 私もずっと、あなたが好き。


 けれど今は、彼の名前を呼べただけで十分だった。


「もう一回、呼んで」


 奏太が涙を拭いながら言う。


「……奏太」


「……もう一回」


「……奏太」


「……うん!」


 握られた手を、今度は私から強く握り返した。

 声にできなかった「私も」という答えまで、きっと彼には伝わっていた。


 私の代わりに言葉を読んでくれていた彼が。

 今度は、私の声へ返事をしてくれる。


 何度も。何度でも。


 これから先も、ずっと。

 

———————————————————————————————————



 あの日から、私の声は少しずつ戻っていった。


 昔とまったく同じ声にはならなかった。

 今も少し掠れていて、長く話すと疲れてしまう。


 それでも奏太は、この声が世界で一番好きだと言ってくれる。


 

 ――そして、数年後。



 白いドレスを身にまとった私は、大切な人の隣に立っていた。

 あの日、初めて彼の名前を呼んだ私の声は、掠れて、震えて、決して綺麗なものではなかった。



 ――それでも俺にとっては、どんな音楽よりも美しい声だった。



 今日、私はこの声で、彼と生きていく未来を誓う。



 ――今日、俺は彼女の言葉に、これからの人生をかけて返事をする。



「これからは、何度でもあなたの名前を呼ぶね」


「じゃあ俺も、何度でも返事をするよ」



 声にならなかった想いも。

 言葉にできなかった日々も。

 もう、二人を隔てるものではない。


「奏太」


「紬」


「「――愛してる」」

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― 新着の感想 ―
朗読で訪問させて頂きました~。声が乗ると、よりあたたかい内容でしたね。
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