第7話:戦場(ダンジョン)のオペレーション
翌朝。
窓の外が白む頃、ようやく俺たちの作戦会議は終わった。
机の上には、インクで真っ黒になった地図と、大量のメモが散乱している。 ほぼ徹夜だ。
「……ふぅ。これで理論上の穴は潰したわ」
サラが大きく伸びをする。 目の下には薄っすらとクマができているが、その瞳は爛々と輝いていた。
「驚いたな。君がここまでタフだとは思わなかった」
俺がコーヒーを差し出すと、サラは少しはにかんで受け取った。
「……私、興味がないことにはとことん無関心だけど、面白い謎解き(パズル)を見つけると、止まらなくなるの」
昨日の無表情で冷めた態度が嘘のようだ。 戦術の穴を見つけ、修正し、効率化する。その作業中の彼女は、まるで新しい玩具を与えられた子供のように熱中していた。
一見クールに見えるが、根は真面目で、何より頼りになる。 彼女がいなければ、この短時間でここまでの作戦は組み上がらなかっただろう。
「最高の相棒を見つけた気分だ。……よし、行くぞサラ。改革の時間だ」
「ええ。やりましょう、ルイ」
彼女はもう、俺を「貴族」として見ていない。 背中を預ける「同志」として、名前で呼んでくれた。
◇
冒険者ギルド「荒野の牙」の空気は、劇的に変わっていた。
昨日まで欠伸をしていた職員たちが、今は鬼の形相で冒険者たちをチェックしている。 なぜなら、彼らの背後に俺とガントが仁王立ちしているからだ。
「……ちっ、いちいち細かいんだよ」
「俺たちゃ自由にやりたいんだ」
不満の声も上がるが、ガントの怒号一発で全員が直立不動になる。 現場の規律は整った。
俺は頷き、新設された**「作戦司令室」**へと向かった。
◇
司令室では、サラが巨大な地図を前に、集まった冒険者のリーダーたちに説明を行っていた。
「今回の作戦の要は、『誘引』です」
サラが地図上の赤い駒(敵)と、青い駒(味方)を動かす。
「アンデッドの習性については、過去の研究で二つの特徴が判明しています」
「一つは、みなさんも知っている通り、生者の数が多い方向へ引き寄せられること」
「もう一つは……なぜか『氷魔法』の魔力波長に強く反応し、襲いかかってくることです」
氷魔法への反応。 それは彼女が実家で読み漁った古い文献と、独自の研究による知識だ。
「この習性を利用します」
「まず、入り口付近の広間に前衛部隊を集結させ、あえて『生者の気配』を濃くします。さらに、魔法使いが定期的に氷魔法を空撃ちし、敵を挑発します」
「すると、奥の通路に散らばっているアンデッドたちが、一斉に広間へ殺到します」
「そこを叩くのですか?」
質問したのは、最前列にいた男だった。 くたびれた革鎧に、特徴のない顔立ち。 Bランクパーティ『黄金の盾』のリーダー、剣士のダンルイだ。
「はい。敵が広間に集まっている隙に、ダンルイさん率いる『調査団』は、手薄になった脇道から深層へ侵入してください」
「承知しました」
ダンルイが俺の方を向き、深々と頭を下げた。
「ルイ殿下。このような安全な策を立案していただき、感謝します。おかげで、無駄に部下を死なせずに済みます」
「礼なら俺に言うな。この戦術を構築したのは、そこにいるサラだ」
俺が視線で示すと、ダンルイは驚いたようにサラを見つめ、改めて深く頭を下げた。
「なんと……このお嬢さんが。素晴らしい戦術眼です。我ら冒険者には思いつかない、命を重んじた策だ。……ありがとう」
真っ直ぐな感謝の言葉。 それを浴びたサラは、一瞬きょとんとした後、みるみるうちに耳まで赤く染めた。
「べ、別に……当たり前のことを言っただけよ」
サラはぷいっと顔を背け、地図上の駒をいじるフリをする。
「効率を考えればこうなるってだけの話。……感謝されるようなことじゃ、ないわよ」
口では素っ気ないが、その口元は少しだけ緩んでいた。 自分の才能が認められ、感謝される。 それが彼女にとって、どれほど新鮮で嬉しいことか、俺には痛いほど分かった。
ダンルイは微笑ましそうに目を細め、再び俺に向き直った。
「では、行って参ります。私と、私のパーティ『黄金の盾』一同……ご期待に添えるよう、全力を尽くします」
非常に腰が低く、正義感の強そうな男だ。 だが、俺の鑑定眼では、彼のステータスは高いものの、ギルドマスターのガントが放つような『覇気』は感じられない。
(……人柄は良さそうだが、Bランクにしてはどこか平凡だな。本当にこの激戦地を抜けられるのか?)
眉を寄せて考え込んでいた、その時だ。
――グイッ。
隣にいたサラに、脇腹を肘でつつかれた。
「……っ」
「心配しなくて大丈夫よ」
サラが俺にだけ聞こえるような小声で囁く。
「彼はレベルも高いし、戦士としてのセンスも抜群にいいの。私も一回、補佐で潜ったことあるけど……彼ならやってのけるわ」
「……そうか。サラがそこまで言うなら、信じよう」
「ふふっ。意外とルイって、心配性なのね」
「……うるさい。これからの街の存続がかかっているんだ。慎重にもなる」
俺がむっとして答えると、サラは楽しそうにクスクスと笑った。
実際、彼の能力は誰もが評価している。 その上、彼らのパーティ編成は完璧だった。
剣士、重装の盾役が2名。 そして罠や鍵を開ける専門家である「解除師」。 後方にはヒーラーと攻撃魔術師。
合計6名の、守りと安全性を重視したBランク編成だ。
「期待しているぞ、ダンルイ」
「はっ! 必ずや吉報をお持ちします!」
ダンルイたちは敬礼し、戦場へと向かっていった。
◇
作戦開始から数時間。
サラの読み通り、戦況は一方的だった。
「氷魔法、発射!」
ヒュンッ! 広間で氷の礫が弾けると同時に、奥の通路から「カカカカッ!」と歯を鳴らす音が響いてくる。
釣られたスケルトンやゾンビが、雪崩のように広間へ押し寄せる。
「来たぞ! キルゾーンへ誘導しろ!」
待ち構えていた本隊が、密集した敵を一斉魔法で粉砕する。 単純作業。 だが、恐ろしいほどの効率だ。
そして、その情報のやり取りを支えているのが、俺が考案した「伝令システム」だ。
「伝令! 第一階層、A-4区画、制圧完了!」
部屋に飛び込んできたのは、軽装の斥候だ。 彼の横には、護衛役の足の速い剣士がついている。
情報を運ぶ専門の係を3人用意し、常に本隊と司令室を往復させているのだ。 これにより、タイムラグなしで戦場の霧が晴れていく。
「A-4クリア。……よし、ダンルイ隊のルートは確保できたわ」
サラが地図上の駒を進める。 別ルートから侵入したダンルイたちの動きも順調のようだ。
その時、次の伝令が息を切らせて飛び込んできた。
「ほ、報告! 調査団のダンルイ隊より入電!」
「どうした? 何かトラブルか?」
俺は身を乗り出した。 やはり、あの平凡な優男には荷が重かったか――。
「いえ……その逆です!」
伝令兵が、興奮気味に叫んだ。
「侵入ルート上で、『スケルトンナイト』5体の小隊と遭遇!」
「スケルトンナイトだと!?」
ガントが驚愕の声を上げた。 Cランク上位のモンスターだ。それが5体も固まっていれば、Bランクパーティでも半壊しかねない。
「で、被害状況は!?」
「ゼロです! リーダーのダンルイが、一人で5体とも瞬殺しました!」
「はあ!?」
俺とガントの声が重なった。
「目にも止まらぬ早技でした……。一太刀で鎧の継ぎ目を貫き、5体同時に首を刎ねたそうです。『掃除完了』とのことで、先へ進んでいます!」
司令室がどよめきに包まれた。
(……わお)
俺は内心で口笛を吹いた。 あの一見頼りなさそうな男、ただの善人ではなかったか。 能ある鷹は爪を隠す。 どうやら俺の人事評価も、まだまだ甘かったらしい。
「……ふっ、嬉しい誤算だ」
俺は椅子に深く座り直した。
正面からの「誘引殲滅」。 裏からの「精鋭突破」。 そして、それを繋ぐ「高速情報網」。
全てが噛み合っている。 戦利品の報告書が山のように積み上がり、街の財政を一気に潤していく。
「死亡率ゼロ。進行速度は想定の200%。……完璧だ」
これぞ「最適化」。 無法地帯だった戦場が、巨大な生産工場へと生まれ変わった瞬間だった。
「サラ。このまま深層まで行けるか?」
「はい。ダンルイ隊が先行して罠を解除してくれています。明日には、最深部のミスリル鉱脈に到達可能です」
サラが充実感に満ちた笑顔を見せる。 ガントも「こりゃあ、たまげたな」と上機嫌だ。
順調だ。順調すぎるほどに。
だが、この「順調さ」こそが、コンサルタントとして最も警戒すべき落とし穴でもある。
現場が慣れ、気が緩んだ瞬間に、事故は起きる。 そして何より――俺自身が、この成功に酔い始めていた。
(俺も現場を見る必要があるな)
俺は腰の剣に手をやった。 ダンルイがあれほどやれるなら、同じBランク相当の知識を持つ俺にも可能なはずだ。 それに、直接ミスリルの純度を確認したい。
「明日は俺も『調査班』として潜る」
「え? ルイがですか?」
「ああ。指揮はサラに任せる。……なに、安全マージンは十分にとっている。問題ない」
そう。 問題ないはずだった。
この時の俺は、まだ知らなかったのだ。 ダンジョンには、計算できない「例外」が存在することを。
そして、俺自身の最大の弱点が、「自身の過信」であることを。
お読みいただきありがとうございます!
冒険者たちが「え、これだけでいいの?」と困惑するほどのホワイトな職場環境。 徹夜で深めた絆と、氷魔法による誘導、そしてBランク隊長ダンルイの意外な無双。 サラも褒められて照れる可愛さを見せてくれました。
しかし、ラストの不穏な引き……。 「現場を知らない指揮官」が前線に出るとどうなるか。 次回、ルイに最大のピンチが訪れます。
面白いと思っていただけましたら、 ぜひ下の【☆☆☆☆☆】から評価ポイントをお願いします! ブックマークも増えると泣いて喜びます!
▼次回予告 第8話『指揮官の過信、死の気配』 「俺には攻撃軌道が見えるから大丈夫だ」 そう思っていたルイの前に現れたのは、想定外の強敵でした。 頭脳が通用しない、圧倒的暴力の恐怖。
次回も【明日18時】に更新します!
【この世界の豆知識】
■ダンジョンの役割分担
【解除師】 戦闘力は低いが、宝箱の解錠や、通路の罠発見に特化した専門職。この世界では「盗賊」という呼び名は差別用語とされるため、ギルドではこう呼ばれる。
【伝令】 ルイが新設した役職。足の速い剣士が護衛につき、3人一組で情報を運ぶ。「情報=弾薬」と考えるルイの戦略の要。レベルもそのエリアのモンスター2体ほどに遭遇しても戦える人材を起用している。
【スケルトンナイト】 Cランク上位〜Bランク相当。全身鎧を着込み、武技を使う骸骨騎士。通常は熟練のパーティが囲んで倒すが、ダンルイはこれを瞬殺した。言い伝えによると古代文明の騎士団が魔王に魂を乗っ取られ、数百年もの間酷使されているとも言われているモンスター。




