第6話:暴力よりも強い「情報」
ギルド内は殺気立っていた。
酒臭い息を吐く荒くれ者たちが、10人ほどで俺を取り囲んでいる。
「へへっ、貴族のボンボンが……泣いて詫びても遅ぇぞ!」
先頭の男が、大振りの右フックを繰り出してくる。
普通の人間なら、恐怖で足がすくむ場面だろう。 だが、俺の視界には「未来」が見えていた。
(……右斜め45度。速度、遅い。重心がブレている)
スキル【国家盤面】の応用だ。
本来は国や組織の動向を読むための演算能力を、個人の肉体動作に適用する。 すると、敵の攻撃軌道が、赤い線となって視界にハッキリと浮かび上がるのだ。
「――遅い」
俺は半歩だけ左に動く。 男の拳が、俺の鼻先数センチを空しく切り裂いた。
「あ?」
男が目を見開いた瞬間、俺はカウンターでその顎を掌底で打ち抜いた。 脳を揺らされた男は、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「なっ……!?」
「やっちまえ!」
残りの連中が一斉に襲いかかってくる。 だが、結果は同じだ。
俺は最小限の動きで攻撃を躱し、足をかけて転ばせ、同士討ちを誘発させる。
力任せに振るうだけの暴力など、俺の計算の前ではただの「エネルギーの浪費」でしかない。
「ぐあぁっ!」
「な、なんだコイツ……攻撃が当たらねぇ!?」
数分後。 床には、呻き声を上げる男たちの山ができていた。
俺は服の埃を払い、涼しい顔で彼らを見下ろす。
「終わりか? あくびが出るな」
後ろで見ていたボブとサラが、呆気に取られた顔をしている。 特にサラは、いつもの無関心な瞳に、微かな驚きの色を浮かべていた。
その時だ。
――ドォォォォン!!
奥の扉が蹴破られ、ギルド全体が揺れるほどの轟音が響いた。
「――俺の庭で暴れてる馬鹿は、どこのどいつだぁぁぁ!!」
現れたのは、岩のような筋肉の塊だった。
身長は低いが、横幅は俺の倍はある。立派な髭を蓄えたドワーフの男。 このギルドのマスター、ガントだ。
彼が放つプレッシャー(威圧感)は、さっきのチンピラたちとは次元が違う。 肌がピリピリと痛むほどの覇気。
「……ふん。お前か、騒ぎの元凶は」
ガントが俺を睨みつける。 俺は冷や汗を一滴だけ流したが、表情には出さずに言い返した。
「暴れているわけではない。君の部下が『業務放棄』をしていたので、代わりに指導していただけだ」
「ほう……? 俺に口答えするとは、いい度胸だ」
ガントはニヤリと笑い、俺の胸ぐらを掴もうとした――が、寸前で止めた。 俺の目が、一歩も引いていなかったからだ。
「……気に入った。話を聞いてやる。ついて来い」
◇
ギルドマスター室。
俺は、懐から羊皮紙(事前にまとめておいたデータ)を取り出し、机に叩きつけた。
「死亡率40%。赤字垂れ流し。……これが君の経営する組織の通信簿だ、ガント」
俺の言葉に、ガントが眉をひそめる。 だが、数字は事実だ。反論はさせない。
「俺なら死者をゼロにし、利益を10倍にできる。……3日だ」
「あぁ?」
「3日以内に、以下の改革を実行しろ。できなければ、俺はこの街のギルド運営権を剥奪し、新しい組織を作る」
俺は3つの条件を突きつけた。
1.情報のリアルタイム共有 裏方スタッフを2〜3名増員し、巨大な地図を作成する。 冒険者からの報告を即座に地図上の「駒」として配置し、常に「誰がどこにいて、どこに魔物がいるか」を可視化すること。
2.パーティ編成の規制 Cランク以下の少人数パーティを禁止。最低5名、かつヒーラーの同行を義務付ける。
3.環境の浄化 昼間の飲酒禁止。清掃の徹底。不衛生な環境は思考力を鈍らせる。
「……面倒くせぇな。うちは荒くれ者の集まりだぞ? そんな管理ができるかよ」
ガントが渋い顔をする。 だが、俺は畳み掛けた。
「管理しなければ死ぬだけだ。……現に、新しいダンジョンで死人が出ているんだろう?」
その言葉に、ガントが押し黙った。 図星だ。
「……ああ、そうだ。近くの古代遺跡から、地下ダンジョンが見つかった。だが、中身はアンデッドの巣窟だ。スケルトンにゾンビ……物理攻撃が効きにくい上に、数が多すぎる」
ガントが地図を広げる。 そこには、地下深層に眠る資源――**「ミスリル鉱脈」**の反応が記されていた。
(ミスリル……! 金貨にして数百枚、いや、加工すればそれ以上の価値になる)
喉から手が出るほど欲しい資源だ。これを確保できれば、街の財政を一気に立て直せる。
「だが、攻略が進まねぇ。狭い通路に敵が密集してやがる」
「なら、どう攻める?」
俺が問うと、ガントが腕を組んで唸った。
「火魔法使いを集めて、一気に焼き払うか……」
「却下だ」
俺は即答した。
「地下の狭い空間で大規模な火魔法を使えば、酸素が一瞬で尽きる。敵を倒す前に、味方が酸欠で全滅するぞ」
「む……」
「なら、重装歩兵で押し込むか?」
横にいたボブが口を挟む。
「それもダメだ。通路が狭すぎる。大盾を持った兵が詰まったら、後ろがつかえて身動きが取れなくなる。そこを魔法で狙われたら終わりだ」
手詰まりだ。 ガントもボブも、力技しか頭にない。
俺がため息をつこうとした、その時だった。
「……無駄です。その地形なら、押し込むのではなく『誘い込む』べきです」
凛とした声が響いた。 発言したのは、それまで空気のように黙っていた魔術師のサラだ。
「誘い込む?」
「はい。この地図を見る限り、入り口を入ってすぐに大きな広間があり、その奥に敵が出てくる狭い通路があります」
サラは地図の上を指でなぞった。
「こちらから通路に入るのは愚策です。……広間で大きな音を立て、魔力を放出して、通路の奥にいるアンデッドを広間側へおびき寄せるのです」
彼女の指が、広間と通路の接続点で止まる。
「敵が通路から顔を出した瞬間、そこを『キルゾーン(殺傷地帯)』として、待ち構えていた魔法部隊で一斉射撃します。狭い出口なら、敵は横に広がれません。必ず一塊になりますから」
「だが、魔法使いの魔力が尽きたらどうする?」
「前衛を3交代制にします。魔法の合間に、漏れてきた敵を前衛が処理する。その間に魔法使いもローテーションする。……これを繰り返せば、永久機関のように敵を狩り続けられます」
室内が静まり返った。
完璧な理論。 冒険者の喧嘩殺法ではない。軍隊の「陣地防衛戦術」そのものだ。
「……ほう」
俺はサラを見た。
「どこでその戦術を学んだ?」
「……実家が、没落した軍人の家系でしたから。小さい頃から、絵本の代わりに戦術書を読んでいました。……冒険者稼業には、何の役にも立ちませんけど」
サラは自嘲気味に笑った。 彼女はずっと、自分の才能を持て余していたのだ。力任せの冒険者パーティの中で、誰にも理解されずに。
(見つけたぞ。ダイヤの原石だ)
俺はニヤリと笑った。
「役に立つさ。大いにな」
「え?」
「サラ。君の居場所は、冒険者の後ろじゃない。……俺の隣だ」
俺は彼女の手を取り、力強く告げた。
「君を、この攻略作戦の『共同指揮官』に任命する。俺と一緒に、冒険者たちを指揮しろ」
「し、指揮官!? 私が!?」
「ああ。君の脳みそ(リソース)を俺に貸せ。……俺たちで、このダンジョンを『攻略』するぞ」
サラは驚きに目を見開き、やがて――その瞳に、初めて強い光が宿った。
「……悪い条件じゃなさそうね。やってみるわ」
交渉成立だ。 俺はガントたちに向き直り、高らかに宣言した。
「総員に通達! これより『ダンジョン攻略作戦』を開始する。死にたくなければ、俺たちの指示に従え!」
読んでいただきありがとうございます!
暴力もいけるコンサルタント、ルイ。 そして埋もれていた軍師、サラ。
脳筋だらけのギルドで、ようやく話の通じる仲間が見つかりました。 ここからルイとサラの「組織改革」が始まります。
もし「サラ有能!」「ざまぁ展開スカッとした!」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします! (ブックマークもぜひお願いします!)
▼次回予告 第7話『戦場のオペレーション』 ルイとサラによる「ギルド大改革」が始動。 シフト制、無線指揮、キルゾーン戦術……。 無法地帯だったダンジョンが、整然とした「職場」へと変わっていく様を描きます。
次回も【明日18時】に更新します!
【豆知識】
■冒険者のランク制度について この世界では、冒険者の実力を以下の7段階で格付けしています。
【Sランク】(規格外) 単騎で「軍隊」に匹敵する英雄級。ドラゴンや魔王軍幹部と渡り合える化け物たち。国内に数名しかいない。
【Aランク】(超一流) 国の騎士団長クラス。高位の魔法や武技を使いこなす。
【Bランク】(一流) ベテランの域。ここから依頼報酬だけで贅沢な暮らしができるようになる。
【Cランク】(一人前〜中堅の壁) ※ここが最大の壁。 モンスターが「魔法」や「特殊能力」を使い始めるライン。単独での討伐は困難になり、パーティ連携が必須となる。多くの冒険者がここで挫折するか、命を落とす。 (今回話題に出たグレイトグリズリーはこのランク帯)
【Dランク】(駆け出し〜一般) ゴブリンやオークなど、一般的な魔物を狩る層。ルイの身体能力(Lv.26)は現在このあたりの上位に相当する。
【Eランク】(見習い) 登録したての新人。薬草採取やドブさらいが主な仕事。
【Fランク】(雑用) 戦闘能力のない者や、街中での雑用専門。




