第5話:その冒険者ギルドは、人を殺す
行政権を掌握してから数日後。 俺は執務室ではなく、街の目抜き通りにいた。
着ているのは、貴族の服ではない。 市場で調達した、少し使い古された革鎧と、目立たない灰色のマントだ。
隣を歩くサーシャも、いつものメイド服ではなく、軽装の狩人のような格好をしている。 フードを目深に被っているが、その隙間から見える表情は、どこか楽しそうだ。
「ふふっ……なんだかワクワクしますね、ルイ様! こうしてお忍びで街を歩くなんて!」
「お忍びではない。『視察』だ」
俺は小声でたしなめる。
「これから向かう冒険者ギルドは、この街の重要な『外貨獲得源』になるはずの組織だ。だが、現状は機能不全に陥っていると聞く。……まずは客として潜り込み、実態を調査する」
俺は背後の二人組に視線を向けた。
大柄な盾使いの男、ボブ。 無口な魔術師の女、サラ。
この視察のために、酒場で金を払って雇った「即席パーティメンバー」だ。
(……悪くない人材だ。だが、連携はゼロだな)
俺は冷徹に分析する。
ボブは前衛として十分な体格だが、後ろのサラを気にかける様子がない。 サラも常に無表情で、周囲への関心が薄い。 単に「金のために一時的に組んだだけ」というドライな関係だ。
何より致命的なのは、このパーティには「ヒーラー」がいないことだ。 ギルドの規定では、Cランク以下のパーティは最低5名編成、かつヒーラーの同行が義務付けられているはずだ。
だというのに、ボブもサラも、3人(+サーシャ)でのパーティ結成に何の疑問も抱いていない。
(安全管理規定が完全に形骸化しているな)
俺は小さく溜息をついた。 安全軽視の現場は、必ず事故を起こす。 これは、工場でもダンジョンでも変わらない真理だ。
◇
冒険者ギルド「荒野の牙」。 重厚な扉を開けた瞬間、俺を出迎えたのは――むせ返るような「澱み」だった。
「――ガハハハ! 飲め飲めぇ!」 「おい、この酒が水っぽいぞ! ふざけんな!」 「あぁ? やるかコラァ!」
昼間だというのに、ロビーは酒盛りをする冒険者たちで溢れかえっていた。 床にはゴミが散乱し、何日も掃除されていないことが分かる。 汗と酒、そして血の匂いが混じり合った、不快な悪臭。
(……ひどいな)
俺は顔をしかめた。 冒険者の質も低い。装備の手入れはおろか、自身の体調管理すらできていない連中ばかりだ。 怪我をして包帯を巻いたまま酒を飲んでいる者もいる。
これでは「ギルド」ではない。 ただの「自殺志願者の溜まり場」だ。
「……ルイ様。受付の方も、ひどい有様です」
サーシャが指差した先。 受付カウンターには、派手な化粧をした女性職員が座っていた。 だが、仕事をする気配はない。爪の手入れをしながら、隣の職員と無駄話をしている。
俺たちは列に並んだ。 いや、列などない。早い者勝ちで割り込むのがここのルールらしい。
その時だ。 隣のカウンターで、大声が上がった。
「おい! 東の森で『グレイトグリズリー』が出たって報告書、出しただろうが! なんでまだ掲示板に注意書きがねぇんだ!」
傷だらけの冒険者が、受付の男に怒鳴っていた。 グレイトグリズリー。Cランク相当の強力な魔物だ。 この世界の常識では、同ランクかそれ以上のパーティでなければ、遭遇した時点で全滅もあり得る。
だが、受付の男は面倒くさそうに鼻をほじった。
「あー、はいはい。報告は受け取ったよ。後でまとめて処理するから、騒ぐなって」
「後でっていつだよ! 今すぐに周知しねぇと、知らずに行った奴が死ぬぞ!」
「うるせぇな! こっちは忙しいんだよ。……ほら、次」
受付は冒険者を追い払い、次の申請者を呼んだ。 そこに現れたのは、まだ十代半ばに見える、あどけない少年少女の3人組だった。 装備は粗末な皮の鎧。見るからに、登録したてのEランク(初心者)パーティだ。
「薬草採取のクエストを受けたいんですけど……」 「はいよ。場所は?」 「東の森の入り口付近です」
その言葉に、俺の足がピタリと止まった。 東の森。 さっき、「グレイトグリズリーが出た」と報告があったばかりの場所だ。
(……おい)
まさか、通さないよな? Cランクモンスターの出没エリアに、Eランクの子供たちを? それは業務上の過失ではない。「殺人教唆」だ。
だが、俺の予想を裏切り、受付の男はハンコを手に取った。
「はいはい、東の森ね。薬草採取なら簡単だ。行ってきな」 「ありがとうございます! 行ってきます!」
少年たちは嬉しそうに依頼書を受け取り、出口へ向かおうとする。 受付の男は、何の良心の呵責もない顔で欠伸をしている。 情報の連携(共有)がされていない? いや、違う。
(知っていて、無視したのか)
俺の中で、何かが冷たくキレる音がした。 非効率。職務怠慢。組織としての欠陥。 数ある「無能」の中でも、俺が最も許せないタイプだ。
俺は無言で歩き出し、少年たちの前に立ちはだかった。
「行くな」 「えっ……?」 「そっちへ行けば死ぬぞ。東の森にはCランクの魔物が出ている」 「えっ!? ほ、本当ですか!?」
少年たちが青ざめる。 俺は彼らの手から依頼書を取り上げ、カウンターへと戻った。 そして、受付の男の目の前に、その紙を叩きつけた。
――バンッ!!
乾いた音が、喧騒に包まれたギルド内に響き渡る。 一瞬、周囲が静まり返った。
「あぁ? なんだお前」
受付の男が、不機嫌そうに俺を睨みつける。
「何の真似だ? 営業妨害だぞ」
「妨害しているのはどちらだ。Cランクモンスターの出現報告があったエリアに、Eランクのパーティを派遣する。……貴様、正気か?」
俺は冷徹な声で告げた。 男は一瞬ギクリとした顔をしたが、すぐに居直ったように鼻を鳴らす。
「はっ、何を言うかと思えば。薬草採取は『森の入り口』だ。クマが出るのは『奥』だろ? 遭遇する確率は低いんだよ」
「確率はゼロではない。万が一遭遇したら、彼らは確実に全滅する。そのリスク(可能性)を、なぜ説明しなかった?」
「いちいち説明してたら仕事にならねぇんだよ! 大体なぁ、運が悪けりゃ死ぬのが冒険者だろ! 自己責任だ!」
自己責任。 管理を放棄した人間が、最も好んで使う言い訳だ。
「……なるほど。自己責任か」
俺は冷ややかな目を細めた。
「なら、貴様のその怠慢で彼らが死んだ場合、その損害賠償と遺族への説明も、貴様個人が責任を持って行うんだな?」
「なっ……!?」
「ギルド職員としての管理義務違反だ。組織は守ってくれないぞ。全財産を売り払ってでも償う覚悟があるから、ハンコを押したんだろう?」
俺が淡々と詰め寄ると、男の顔が赤黒く染まった。 論理で勝てない人間が次にとる行動は、決まっている。 「暴力」による解決だ。
「てめぇ……! 新入りのくせに、ごちゃごちゃと!」
男がカウンターを叩いて立ち上がると、それに呼応するように、周囲で飲んでいた荒くれ者たちが立ち上がった。
「おいおい、何だぁ?」 「生意気な新人がいるって?」 「受付の兄ちゃんを困らせるんじゃねぇよ、貧弱な貴族崩れが!」
あっという間に、俺たちは十数人の冒険者たちに囲まれた。 どいつもこいつも、酒臭い息を吐きながら、敵意を剥き出しにしている。
「……やれやれ」
俺は小さく溜息をついた。 後ろではボブとサラが「俺たちは関係ない」とばかりに距離を取り、サーシャが心配そうに俺の服を掴んでいる。
話し合い(交渉)のフェーズは終わったらしい。 ここからは、現場(実力行使)の時間だ。
「おい、表へ出ろ。教育してやるよ」
先頭の男が、歪んだ笑みを浮かべて俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
だが。
(……遅い)
俺の目には、その軌道が、赤い線となってハッキリと視えていた。俺のスキルは便利でどこを攻撃するのかもある程度見える。だから、レベル26の俺でもLv35くらいの相手までは相手ができるのだ。
――開戦だ。
本日もお読みいただきありがとうございます!
「自己責任」。 管理を放棄した人間が使う、一番汚い言葉ですね。 ブラック企業の実態を目の当たりにし、ルイの怒りのボルテージが上がってきました。
さて、囲まれたルイですが……実は彼は「頭脳」だけの男ではありません。
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▼次回予告 第6話『暴力よりも強い「情報」』 襲いかかる荒くれ者たち。しかし、ルイには全ての攻撃軌道が「視えて」いた。 そして現れる、強面のギルドマスター。
「俺なら死者をゼロにし、稼ぎを10倍にできる」
暴力とデータの真っ向勝負が始まります。
次回も【明日18時】に更新します!




