第28話:戦争の前準備・防衛線の土木工事と、金庫番の思惑
【ヴェスタ視点】
俺がこのバールの建設・インフラ総責任者という職に就いてから、毎日目が回るほど忙しい日々が続いている。
次から次へと新しい事業が立ち上がり、休む暇もない。だが、新しく配属された部下たちも本当によく働いてくれている。
俺は元々、旧スラム街の出身だ。
数年前まで、ゴミ箱を漁ってその日を食いつないでいた底辺の人間だ。そんな俺が、今では街の設計図を引き、現場を指揮し、月給として夢のような『金貨1枚(約100万円相当)』を貰っている。
……正直、未だに信じられない時がある。ルイ様が俺を引き上げてくれたおかげで、俺の人生は根底から覆った。
だが、最近の仕事で、一つだけ俺には気に入らないことがある。
仕事の性質が「街づくり」から「戦争準備」へと変化していることだ。
俺への現在の至上命令は、バールの市街地を囲む外壁の周囲に深い『堀』を巡らせること。そして、一定間隔で強固な『見張り塔』を建設することだ。
しかも、ただの塔じゃない。3から4階建ての高さで、外側に向けて直径1メートルほどの円形の穴を複数開けろという謎の指定がある。さらに、床は異常なほどの重量物を載せられる強度にし、衝撃を逃がす構造にしろと厳命されている。
一体、あそこに何を置くつもりなんだ?
……いや、問題はそこじゃない。
俺は、人が人間らしく、安心して生きられる街を作りたいんだ。上下水道を通し、綺麗な家を建て、誰も凍えない街を。そのために働いているはずなのに、なんで今は、人殺しのための戦争準備なんてやらなきゃならねぇんだ。
鉛を飲み込んだような鬱屈とした気分を抱えたまま、俺は今日、その軍事防衛プロジェクトの資金を引き出すため、中央銀行の頭取室に来ていた。
経済局長のモネ。
……正直、あの女は苦手だ。俺たちスラムで泥水すすってきた人間にとって、綺麗な服を着た大商人というのは、常に俺たちを下に見る搾取の象徴だからだ。
◇
「……で? これが外壁防衛網の総見積もり?」
豪華な革張りのソファに深く腰掛けたモネが、俺の提出した書類をペラペラとめくりながら、値踏みするような視線を向けてきた。
「ああ、そうだ。バールの現在の市街地は縦横3キロの四角形、つまり外周はおよそ12キロだ。そこに堀を掘り、指定された特殊な塔を建設する。動員する労働者は2000人。期間は急ピッチで進めて2ヶ月だ」
俺は頭に叩き込んだ数字を口にした。
「労働者一人当たりの月給は、危険手当も含めて平均で銀貨3枚(約30万円)。2ヶ月で2000人分だから、人件費だけで金貨1200枚になる。そこに石材や鉄筋などの資材費を合わせて、総額で『金貨1800枚』が必要だ」
「金貨1800枚ねぇ……。ちょっと資材の運搬ルートに無駄があるんじゃない? ここの工区、もう少し人員削減できるでしょ」
モネは赤い爪で書類の数字を弾きながら、ちょこちょこと細かい口出しをしてくる。
本当にうるさい女だ。現場の労働者がどれだけ泥まみれでキツい作業をしてるか分かってねぇ。数字の辻褄だけで現場を語る、商人の悪い癖だ。労働者へのリスペクトが足りねぇんだよ。
「……あのな、工期を急がせているのはそっちだろ。これ以上人を減らせば、過労で事故が起きる。安全管理委員会の監査にも引っかかるぞ」
俺が渋い顔で睨み返すと、モネは小さくため息をつき、手元の承認印を乱暴に書類に押し付けた。
「分かってるわよ。防衛網が敷かれなきゃ、経済も何もないしね。予算の引き出し、許可するわ」
「……助かる」
俺が立ち上がって部屋を出ようとした、その時だった。
「ところで、ヴェスタ。もう一つ決済を通しておくわよ」
「あ?」
モネが別の書類を机に滑らせた。
そこにあったのは、俺が個人的に図面を引いていた、あるプロジェクトの計画書だった。
「南東エリア……まだ手付かずで貧困層が多い区画の、住宅改修と下水道延長の工事。この資金も欲しいんでしょ?」
俺は目を丸くした。
「え……? なんで知ってるんだ?」
まだ予算申請の段階にもいってない。俺の作業机の裏に隠していた図面だぞ。
「私も、ちゃんとこの街の隅々まで把握してるつもりよ」
モネはふっと、商人ではなく、街を預かる為政者としての顔を見せた。
「あそこだけスラムのまま残っていれば、いずれ治安が悪化して余計なコストがかさむわ。それより、あの区画を綺麗にして、彼らを健康な労働者や消費者に引き上げた方が、長期的には街の経済規模が拡大するの。……その区画の改修費、金貨600枚ならすぐに出せるわ」
「……ええ、いいのか?」
戦争準備でカツカツの財政だ。俺が提案しても、後回しにされると思っていた。
「もちろん。これは経済にもいい影響が出る、立派な『投資』よ。さっさと綺麗な街にしなさい」
俺は、目の前の銀髪のエルフをマジマジと見つめた。
金勘定しか頭にない冷血な女だと思っていた。だが、彼女は彼女なりに、数字という武器を使ってこの街の未来を良くしようとしているのだ。
「……ありがとう」
思わず、素直な礼が口をついて出た。
モネは「ふん」とそっぽを向いて手をひらひらと振った。
悪すぎる奴ではないらしい。
俺は計画書を強く握りしめ、足早に銀行を後にした。
戦争の足音は確実に近づいている。だが、俺たちのやるべきことは変わらない。この街に生きる連中の、明日を守るだけだ。
お読みいただきありがとうございます!
元スラム出身のヴェスタ視点でした。
見張り塔の「1メートルの穴」と「重いものを載せる強度」。読者の皆様には、ルイが何を配備しようとしているかお分かりですね。
戦争へと向かう空気へのヴェスタの葛藤と、モネとの意外な連携。
現場の人間と、金庫番。立場は違えど、バールを良くしたいという思いは同じようです。
次回、ついにその「1メートルの穴」に収まる悪魔の兵器が、ゴードの工房で産声を上げます。
「ヴェスタの成長が嬉しい!」「モネさんツンデレ!」と思っていただけましたら、
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【豆知識:現在のバールの都市構造】
中央エリア:ルイの屋敷を中心に、活気ある商店街が広がる政治と生活の中心地。
北東エリア:かつての旧スラム街。現在は大規模な再開発により「バール駅」や「中央銀行」がそびえ立つ、交通と金融の要所となっている。
西エリア(ラナ川沿い):大河ラナ川に面しており、水運を活かした巨大な「倉庫街」と、外部の商人・旅人が滞在する「宿泊街」が連なる。
工場区(倉庫街の南北):バールの心臓部である工場群。ここにも貨物用の駅が併設されており、生産から物流のラインが直結している。
防衛設備(壁と堀):市街地は堅牢な外壁に囲まれているが、人口急増によりすでに壁の外にも建物が立ち始めている。ヴェスタが現在工事を進めている「堀」は、防衛と迎撃の都合上、壁の『内側』に作られている。
インフラ(下水道):壁の内側は下水道網が完全整備されている。集められた汚水はそのまま川に流さず、下流に設けられた「沈殿槽」へ集められ、自然の力(微生物など)を利用して浄化処理されてから排出される近代的な仕組み。
次回も【明日19時】に更新します!




