第25話:「軍需比率45%」の衝撃。成長した聖女が突きつける、死神への「定量的ブレーキ」
本日は2話投稿になります!20時に次の話を投稿するのでぜひ読んでくださいね!
バールと隣町ヴァルザークを結ぶ、待望の「鉄道」が正式に開通した。
蒸気機関車が牽引する鉄の塊は、これまで馬車で何日もかかっていた道のりを、わずか数時間に短縮した。物流の革命だ。 この開通に合わせて、ヴァルザークの領主代行であるセレスティアが、初めてバールの地を踏むことになった。
最近は暗殺未遂事件や銀行設立、軍の拡張など、バール側でイレギュラーな事態が続きすぎており、ヴァルザークとの共同事業についての直接協議がすっかり疎かになっていたのだ。
執務室のドアが開き、見慣れた銀髪の少女が姿を現した。 護衛兼メイドのラティファを後ろに従え、セレスティアは静かに一礼した。
「……お久しぶりです、ルイ様」
「ああ、よく来てくれた。汽車の乗り心地はどうだった?」
「驚きました。まるで鉄の獣のお腹の中にいるようで……でも、揺れも少なく、あっという間に着いてしまいました」
セレスティアは少し興奮気味に語り、ソファに腰を下ろした。
「まずは、ヴァルザークの現状報告と、御礼をさせてください」
彼女は持参した資料をテーブルに広げた。
「ルイ様からの多額のインフラ投資のおかげで、街は劇的に変わりました。下水道が整備されたことで、貧困層の感染症は目に見えて減少し、鉄道が開通してからは、バールへ向かう途中の商人たちがヴァルザークにも立ち寄るようになり、経済が潤っています。学校を建てたことで治安も安定し、他所からの移住者で人口も急増しています」
「それは重畳だ。投資対効果(ROI)としては申し分ない」
俺は頷いた。ヴァルザークの安定は、バールの背後を守る重要な防波堤になる。 だが、セレスティアの表情は晴れなかった。彼女は資料に視線を落とし、少し言いにくそうに口を開いた。
「……でも、私はやはり、少し不安が残るのです」
「不安?」
「ええ。一部に富が集中しすぎているのではないでしょうか。街が発展する一方で、持てる者と持たざる者の差が開きすぎている気がして……危うさを感じます」
「資本主義の初期段階では避けられない現象だ。今はパイ(全体の富)を大きくする時期で、分配はその後でいい。全体の底上げはされているはずだ」
俺が論理的に返すと、セレスティアは首を横に振った。
「いえ、やはり危険です。……それに、この急激な軍の拡張。バールの工場の生産ラインの大半が、今、軍事物資の製造に割かれていると聞きました。……ラティファ、軍需の割合は現在何パーセントだったかしら?」
「45パーセントです、セレスティア様」
背後に控えていたラティファが、即座に正確な数字を答えた。
(……おお)
俺は内心で少し感心した。 以前のセレスティアなら「なんか物騒です」という定性的な感情論でしか語れなかったはずだ。それが今では、全体の生産量に対する軍需の割合という「定量的なデータ(数字)」を使って、俺の政策に切り込んできている。 領主代行として、確実に成長している証拠だった。
「なるほど。軍事にリソースを割きすぎている。もっと市民の生活向上に手をかけるべきだ、と言いたいのか?」
「いいえ、そうではありません」
セレスティアは俺を真っ直ぐに見据えた。
「人を傷つけるような『武器』に、それだけの莫大なリソースを割くこと自体がおかしいと言っているのです」
純粋な平和主義。 いかにも彼女らしい、真っ白な理想論だった。
「セレスティア。俺たちは今、王都から反逆の疑いをかけられている。大国から身を守るためには、相手が手を出せなくなるほどの『抑止力』が必要なんだ」
「抑止力という名の暴力です! 武器を持てば、必ずいつか使いたくなる。それが人間の弱さではありませんか!」
「丸腰で対話のテーブルに着けるほど、この世界は優しくない」
議論は完全に平行線だった。 冷徹な現実主義の俺と、高潔な理想主義の彼女。根底の前提が違う以上、交わることはない。
重い沈黙が流れた後、セレスティアが別の話題に切り替えた。
「……公害の話もありましたね。労働組合と協定を結び、厳しい基準を作って空気を綺麗にしたと聞きました。……ですが、まだまだでしょう?」
彼女の視線が、窓の外の煙突に向けられる。
「完全な青空には程遠い。工場の排出ガスも、川に流れる汚染水も、決して『ゼロ』にはなっていない。少し良くなっただけで、根本的な解決にはなっていないのではありませんか?」
「……それは」
俺が言葉を詰まらせた、その時だった。
「……失礼ですが!!」
部屋の隅に控えていたサーシャが、突然鋭い声を上げて一歩前に出た。 その瞳には、明確な怒りが燃えていた。
「ルイ様は、誰よりも身を粉にしてこの街の環境改善に尽力されています! 完全にゼロにできないのは、今の技術の限界です。それを上回るだけの利益と雇用を民に与え、実際に多くの命が救われているのです! 現場の苦労も知らず、安全な場所から理想だけを語るのは……!」
「そこまでにしろ、サーシャ」
俺は低く、しかし絶対的な命令の声で彼女を制止した。
「……っ、申し訳、ありません」
サーシャは悔しげに唇を噛み、元の位置に下がった。 護衛であり、人事局長として対等な諫言役となった彼女にとって、俺の努力を頭ごなしに否定されることが我慢ならなかったのだろう。 その忠誠心は痛いほど分かる。だが、セレスティアの言葉もまた、事実なのだ。
「サーシャの言う通り、リスク・ゼロは科学的に不可能だ。だが……彼女の言うことも、もっともだ」
俺はセレスティアに向き直った。 公害のような発展を先行させたせいで、ミカを死なせた俺にとって、汚染がゼロになっていない事実は、常に胸に突き刺さる棘だ。妥協してはいけない領域だ。
「……ごめんなさい」
セレスティアは少し気まずそうに目を伏せた。
「ルイ様の成果を、全て批判するつもりはなかったの。あなたがヴァルザークもバールも救ってくれたことは、誰よりも感謝しているわ。……でも、急ぎすぎるあなたの背中を見ていると、先が思いやられて……怖くなるのよ」
「……そうだな」
俺は深く息を吐いた。
「前だけを見て走れば、必ず足元の何かを踏み潰す。お前のその『立ち止まって疑う視点』は、俺にとって必要なブレーキだ。……少し、考え所だな」
俺の言葉に、セレスティアはわずかに救われたような表情を見せた。
現実と理想。 富の集中、軍拡、そして環境汚染。 国を大きくするということは、これらの矛盾した課題を同時に綱渡りで処理していくということだ。
コンサルタントとしての計算式だけでは、もう解けない領域に差し掛かっている。 俺は静かに、コーヒーのカップに口をつけた。
お読みいただきありがとうございます。
鉄道開通で結ばれた二つの都市。 しかし、数字と現実を見るようになったセレスティアと、防衛のために軍拡を急ぐルイとの間には、拭いきれない思想の溝がありました。 「リスク・ゼロ」を求める理想主義と、「ベネフィット(利益)」を秤にかける現実主義。どちらが正しいというわけではない、難しい問題です。
そして、ルイを庇って思わず声を荒げたサーシャ。 「ただのメイド」を辞め、一人の人間としてルイを支える彼女の不器用な忠誠心が光るシーンでした。
次回、視点は王都へ。 マティアスが、ついに新王ウィリアムとの直接交渉に挑みます。 敵地での極秘会談、マティアスが切る外交カードの行方は……!?
次回【本日20時】に更新します!




