第4話:ハイエナたちの沈黙
「――貴様、自分が何をしたか分かっているのか!」
第2区領主館、執務室。 肥え太った男――ガモン男爵の怒声が響いた。 唾を飛ばして喚くその姿は、まるで屠殺場へ引かれる豚のようだ。
「……うるさいな。少し静かにできないか」
俺、ルイ・クロムウェルは、耳を小指でほじりながらため息をついた。 目の前の机には、山のような帳簿が積まれている。 この男が数年かけて積み上げた「横領」と「怠慢」の証拠だ。
「ここにある数字は嘘をつかない。君が私腹を肥やした金貨3万枚。……この街の年間予算の約4割だ」 「だ、黙れ! 私はこの地の領主だぞ! 貴様のような追放皇子に、指図される覚えはない!」
ガモンが顔を真っ赤にして卓を叩く。 典型的な「無能」の反応だ。 論理で勝てないと悟ると、すぐに権威と感情に逃げる。
(やれやれ。これだから感情論は嫌いだ。非効率極まりない)
俺は冷めた目で彼を見下ろした。
「ガモン。君の罪は横領ではない」 「な、何だと?」 「君の最大の罪は、その『非効率な統治』だ。君がいるだけで、この街のGDP(国内総生産)は毎月2%ずつ損失している。……要するに、君は生きているだけで赤字なんだよ」
「き、貴様ぁぁぁ!! 衛兵! であえ、であえぇぇ!!」
ガモンの絶叫に応え、扉が蹴破られた。 なだれ込んできたのは、重武装の衛兵5名。ガモンが金で雇った私兵たちだ。
「ふん、後悔するがいい! こやつを斬り捨てろ!」 「へへっ、皇子様だか何だか知らねぇが……死んでくれや!」
衛兵たちが剣を抜き、殺気を放つ。 狭い執務室だ。普通なら逃げ場はない。
だが。
「――サーシャ。3秒だ」 「御意」
俺の背後に控えていたメイド服の少女が、音もなく動いた。 銀髪が揺れる。 次の瞬間、彼女の姿が霞むように消えた。
ガキンッ! ドガッ!
「え……?」 「あがっ!?」
鈍い音と悲鳴が重なる。 衛兵たちが何が起きたか理解する前に、その全員が手首や膝を砕かれ、床に転がっていた。
サーシャは既に俺の背後に戻り、何事もなかったように紅茶の準備をしている。 スカートの裾ひとつ乱れていない。
「……2秒8です、ルイ様」 「優秀だな。ボーナス査定に入れておこう」
俺はガモンに向き直った。 彼は腰を抜かし、パクパクと口を開閉させている。
「ひ、ひぃ……ば、化け物……」
その時、廊下から整然とした足音が近づき、一人の老紳士が姿を現した。 執事のマティアスだ。 彼は倒れている衛兵たちを一瞥すらせず、俺に恭しく一礼した。
「失礼いたします、ルイ様。……館内の他の衛兵30名、ならびにガモン男爵の私財庫の制圧、完了いたしました」
「な……ッ!?」
ガモンが目を剥いた。
「わ、私の私兵団が……全滅だと!?」 「烏合の衆でしたので。……ついでに、裏帳簿の原本も確保しております。これで言い逃れはできませんな」
マティアスは涼しい顔で、分厚い書類の束を掲げた。 俺がここで話している間に、彼は裏で館全体を掌握していたのだ。
「仕事が早いな、マティアス。こちらの合図を待つと思っていたが?」 「殿下の手を煩わせるまでもございません。……この程度の『ゴミ掃除』、終わらせておくのが執事の務めです」
マティアスは不敵に微笑むと、ガモンを冷徹な目で見下ろした。
「流石だな。君に任せて正解だった」
俺は満足げに頷き、ガモンに告げた。
「聞いた通りだ。……君はクビだ。退場の時間だよ」
◇
ガモンの身柄をマティアスに引き渡し、牢へ放り込んだ後。 俺は執務室の窓から、眼下に広がる街を見下ろしていた。
ボロボロの家屋。生気のない住民たち。 そして何より、空気が淀んでいる。
「……ひどい有様ですね」
サーシャが淹れたての紅茶を差し出しながら呟く。
「ああ。都市計画が滅茶苦茶だ。物流の動線も悪いし、衛生環境も最悪。……全てが『非効率』の塊だ」
俺は紅茶を一口啜る。 完璧な温度、完璧な香り。 サーシャの武力と、マティアスの実務能力。 この二人がいれば、どんな荒地でも盤面をひっくり返せる。
「だが、逆に言えば『伸びしろ』しかない。……俺が手を入れれば、この街は変わる」
「ルイ様なら、必ずやり遂げられます」
サーシャは迷いのない瞳で俺を見る。 その信頼が、心地よい重さとして胸に落ちる。 俺は照れ隠しにカップを置き、次のターゲットを見据えた。
「マティアスには事後処理と新体制の布告を任せた。……俺たちは『金』と『武力』を確保しに行くぞ」
「冒険者ギルド、ですね?」
「ああ。腐った組織は、上から叩いても治らない。現場から変える必要がある」
俺は立ち上がり、上着を羽織った。
「俺たちが直接乗り込む。身分は隠してな」 「……また、無茶をなさるのですね」 「無茶ではない。最短ルート(最適解)だ」
俺たちは執務室を出た。 向かうは、街一番の悪徳と混沌の巣窟、冒険者ギルド「荒野の牙」。
そこにはまだ、俺の計算さえも狂わせる「出会い」が待っていることを、俺は知らなかった。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
剣も魔法も使わず、「証拠書類」と「飼い殺しの契約」で悪徳貴族を黙らせる。 元コンサルタントのルイらしい、完全勝利でした。
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▼次回予告 次回から新章『冒険者ギルド統治編』がスタートします。 統制の取れていない荒くれ者たちを、ルイはどうやって「管理」するのか? そして発見された未知のダンジョンの正体とは?
次回は【明日18時】に更新します! お楽しみに!




