第19話:空を洗う「風の塔」 ――サイクロン式集塵機と物理学(ロジック)の勝利
バロンが捕縛されてから、3日が過ぎた。 屋敷内を支配していたピリピリとした緊迫感は幾分和らぎ、ある程度の日常が戻りつつあった。
だが、変わったこともある。警備体制だ。 屋敷の周囲には新たに鉄柵が設けられ、すべての出入り口には常時二人体制の衛兵が立つようになった。 俺の執務室の前には、サラ直属の護衛部隊隊長であるダンルイを含む、精鋭メンバーが交代で張り付いている。
「……毒見よし。どうぞ、ルイ様」
食事の時間も様変わりした。 すべての料理は変色する「銀の食器」に盛られ、調理過程から監視がついている。 窮屈だが、仕方がない。俺の命はもう、俺一人のものではないのだ。
そして今日。俺は久しぶりに外へ出る準備をしていた。 バロンの一件で後回しになっていたが、決して忘れてはいけない問題がある。 「環境問題」だ。
俺はサーシャと護衛たちを引き連れ、工場区の裏手にあるゴードの工房へと向かった。
◇
カンッ、カンッ、カンッ! 工房からは、相変わらず小気味良い金属音が響いていた。
「おう、領主様か! 待ってたぜ!」
顔中煤だらけのドワーフ、ゴードが出迎えた。 彼は以前の「有給休暇(2章8話参照)」から戻って以来、憑かれたように作業に没頭していたらしい。 面白いことに、彼はここ数日の「暗殺未遂騒動」や「バロン逮捕」のことを全く知らなかった。
「え? そんなことあったのか? へぇー、大変だったな」
この男にとって、世界のニュースは鉄の沸点よりもどうでもいいらしい。 知らぬが仏、というやつか。
「ゴード。こんな狭い場所じゃ手狭だろう。工場区に大きな工房を用意させる。部下もつけようか?」
「広い場所はありがてぇが、部下はいらねぇよ。俺が認めた奴以外は邪魔なだけだ」
ゴードは鼻を鳴らし、工房の奥を指差した。
「ま、今回はもう優秀なのを雇っちまったしな。……おい、挨拶しろ!」
「は、はいっ!」
奥から出てきたのは、意外な人物だった。 煤で汚れた作業着を着ているが、その顔立ちには見覚えがある。
「……ラナ、か?」
「あ、ルイ様……! お久しぶりです!」
かつてスラム街で出会った少女、ラナだ(第1章10話参照)。 当時はボロボロの服を着ていたが、今はしっかりとした職人の目をしている。
「驚いたな。まさかここで働いているとは」
「へへ……。ゴード親方に拾ってもらって、ここ一年ずっと修行してたんです」
「こいつはスジがいいぜ」
ゴードがニカっと笑った。
「こいつら『黒粉の民』は、火の扱いが抜群に上手い。それに、指先が器用でな。細かいパーツ作りなら俺より上かもしれねぇ」
「そ、そんなことないです!」
照れるラナ。スラムの孤児が、こうして技術を身につけている。それだけで少し胸が熱くなった。
「それともう一人。即戦力の助っ人だ」
「お初にお目にかかります、ルイ・バール閣下」
ラナの後ろから、ゴードよりも少し背の高い、眼鏡をかけたドワーフが現れた。 作業着も綺麗にプレスされており、清潔感が漂っている。
「ゴウルと申します。ゴードとは旧知の仲でして、最近の王都(第1区)の不景気に嫌気が差して、こちらへ参りました」
「ゴウルだ。熱力学の専門家でな、俺より頭がいい」
「よせ、ゴード。腕はお前には敵わんよ」
ゴードとは正反対の丁寧なドワーフだ。 野性的な天才と、理知的な秀才。いいコンビになりそうだ。
◇
「さて、本題だ。例の『フィルター』だが……」
ゴードが布をめくると、そこにはガラスの筒で作られた試作機が鎮座していた。
【サイクロン式集塵機(物理フィルター)試作型】
円錐形をしたその装置は、一見するとただの漏斗に見える。 だが、その内部構造は計算され尽くしていた。
「仕組みは簡単だ。この筒の中で煙を高速回転させる。すると遠心力で重い『煤』だけが外側に弾き飛ばされ、下に落ちる。綺麗な空気だけが真ん中から上に抜けるって寸法だ」
ゴードが説明する。
「ラナ、火を入れろ!」 「はいっ! 【着火】!」
ラナが装置の焚き口に手をかざすと、中に入っていた石炭が一瞬で燃え上がった。 本来なら黒煙が立ち上るはずだが——
ヒュゴオオオオオッ!!
ガラス筒の中で、黒い煙が竜巻のように渦を巻く。 すると、黒い粒子(煤)だけがパラパラと分離し、下の受け皿へと溜まっていく。 上部の排気口から出ているのは、薄い灰色の気体だけだ。
「……おお」
俺は思わず声を上げた。 完璧だ。前世の工場で見たものと同じ原理が、魔法と鍛冶技術で再現されている。
俺は受け皿に溜まった真っ黒な煤を、手で掬ってみた。 サラサラとした微粒子。これが肺に入れば、病気になるのも当然だ。
(……待てよ?)
俺はふと思い立ち、掌の上の煤に魔力を流した。 イメージするのは「凝固」。
土魔法【形成】。
シュッ。 一瞬にして、掌の煤がカチコチに固まり、綺麗な「黒い立方体」へと変化した。
「……なるほど。煤(炭素)も土魔法の対象になるのか」
土魔法というよりは、物質の結合を操る「固体操作」に近いのかもしれない。 これは新しい発見だ。
「おいおい、ルイ様。煤を四角くするシステムが必要なのか?」
ゴードが呆れたように聞いた。
「いや、試してみただけだ。 だが、こうやって固めれば『練炭』として再利用できる。あるいは成分を調整して肥料にもなるな」
「なるほど、ゴミを金に変えるってか。相変わらず抜け目がねぇな」
ゴードがニヤリと笑う。
「動力はどうする?」
「工場の蒸気機関からベルトを引けばいい。工場区での排出の多い大型煙突は5つ。それぞれ2基ずつ設置するとして、合計10基だ」
「10基か。この構造なら鋳型さえ作れば量産は簡単だ。数日で揃えてやるよ」
「頼む。……これで、バールの空が変わる」
俺は確信した。 この回転する風の塔が、皆の空を取り戻す第一歩になる。
◇
工房を出ると、夕暮れの風が吹いていた。 心地よい達成感の中、俺はサーシャと並んで歩いた。
「……すごいです、ルイ様」
サーシャが感嘆の声を漏らした。
「煙を回して汚れを取るなんて……あんな魔法のような発想、どこから浮かぶのですか?」
「すごいのはゴードとラナたちだよ。俺はアイデアを出しただけだ」
俺は首を振った。 前世で「サイクロン掃除機」や工場の図面を見たことがあっただけだ。 それを、この世界の技術で形にした彼らこそが賞賛されるべきだ。
「……ですが、どうしてルイ様はそんなことまで『知っている』のですか?」
サーシャが不思議そうに俺を見つめる。 その瞳は純粋で、疑いはないが、底知れぬ探究心があった。
「うーん……まあ、昔から色々と勉強してたからな」
俺は苦笑して誤魔化した。 前世の記憶だとは言えない。だが、勉強していたのは嘘ではない。
「そうですか。……やはりルイ様は、私が一生仕えるに値するお方です」
サーシャは納得したように微笑んだ。 その笑顔を見て、俺は少しだけ救われた気がした。 バロンの裏切りで冷え切っていた心が、技術と信頼によって温められていくのを感じた。
お読みいただきありがとうございます!
ついに完成した「サイクロン集塵機」。 ゴードの技術力と、成長したラナ、そして新キャラ・ゴウルの協力で、公害対策の第一歩が踏み出されました。 ルイの土魔法による「煤の凝固」も、地味ながら今後の資源リサイクル(SDGs!)に役立ちそうです。
厳戒態勢の中ですが、こうして技術で未来を切り開くパートはワクワクしますね。
「ラナちゃん再登場嬉しい!」「サイクロン掃除機の原理か!」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると嬉しいです!
▼次回予告 第2章 第20話
次回も【明日19時】に更新します!




