第18話:帳簿に隠された軍靴の音――死神領主、サクレアのスパイを暴く
屋敷の地下牢。 湿った空気とカビの匂いが充満する空間で、俺は鉄格子の向こうにいる男と対峙していた。 元・外交法務局長、バロン。 拘束衣を着せられた彼は、やつれてはいたが、その瞳にはまだ狂信的な光が宿っていた。
「……なぁ、バロン。何でやったんだよ」
俺は静かに問いかけた。
「お前は優秀な官僚だった。バールの発展にも貢献していたはずだ。……なぜ、俺を殺そうとした?」
「……フン」
バロンは鼻を鳴らし、蔑むような目で俺を見た。
「ウィリアム殿下の考える『理想の国』に、お前のような異物は不要だからだ」
「はぁ? 国全体が強くならなきゃ意味がないだろ。地方が力をつければ、国全体の底上げになる」
「それが間違いだと言うんだ! 地方が強くなってどうする? どうせ力をつければ、王座を狙って牙を剥く」
「俺は追放された身だ。王座になんか興味はない」
嘘だ。王座はいらないが、世界一の経済都市を作る野望はある。だが、それは彼にとっては同じ「脅威」だろう。
「そんな言葉、信じられるか!」
バロンが鉄格子を掴んで叫んだ。
「お前は……お前は、世の秩序を壊しているんだ! 本来なら、才能ある高貴な魔術師や騎士しか持てない『力』を、お前の技術は誰にでも与えてしまう! 誰でも使える強力な武器、魔法を使わない移動手段、明るすぎるランプ……。 そんなものが普及すれば、貴族の権威はどうなる? 平民がつけあがるだけだ!」
「……それが理由か」
技術の民主化。それが特権階級である彼らにとっての恐怖なのだ。
「お前のせいで、美しき伝統とウィリアム様の理想は汚された。……だから私はやったんだ」
「馬鹿だな。もっといいやり方があっただろ」
「ふふん、凡人には分かるまいよ」
俺はため息をついた。会話は平行線だ。
「……で、これは全て第一王子ウィリアムの指示か?」
「いいえ。私が独断でやったことです」
「嘘をつけ。資金はどうした? 暗殺ギルドを雇う金だ」
「昔の仕事からの貯金がありましてね」
白々しい。 リリーの証言と金の流れから、サクレア貴族がスポンサーであることは明白だ。だが、彼は頑として口を割らない。 これ以上聞いても無駄か。彼は完璧な「答え」を用意して、主君と共犯者を守るつもりだ。
「……そうか。なら、そこで朽ち果てろ」
俺は踵を返した。 背後でバロンが何か叫んでいたが、もう振り返らなかった。
◇
執務室に戻ると、モネがコーヒーを淹れて待っていた。
「お疲れさん。……吐かなかった?」
「ああ。忠犬だよ、あいつは」
俺はソファに沈み込んだ。 脳裏に浮かぶのは、リリーの泣き顔だ。
「……なぁモネ。リリーへの尋問、あれでよかったのか。病気の父親をダシにして……俺は、あいつらと同じ穴の狢かもしれない」
「……仕方ないことよ」
モネはカップを俺の前に置いた。
「私は長く生きて、いろんな指導者を見てきたわ。綺麗な手だけで国を守れた奴なんていない。 ……あんたは、多くの民を守るために、少数の非情を選んだ。それは『罪』じゃなくて『責任』よ」
「……厳しいな、エルフの知恵は」
「伊達に歳は食ってないわよ」
モネはふっと笑い、表情を引き締めた。
「さて、感傷はここまで。……仕事の話よ」
彼女は一枚の報告書を広げた。
「リリーが借金返済に使っていた金貨、あれはサクレアのものだったわね。 それで気になって、サクレアのここ数ヶ月の財政報告書(公開分)を洗い直してみたの」
「どうだった?」
「……怪しいわ」
モネが眉をひそめた。
「前回の視察以降、サクレアは植民地支配のような構造で、サトウキビとゴムで莫大な利益を上げているはずよ。 税収報告書も、確かに『過去最高益』を記録している。 ……だけど、支出のバランスがおかしいの」
彼女は指でグラフをなぞった。
「『軍事費』の項目が、ずっと低い値で横ばいなのよ。利益が増えているのに、警備強化もしていない。 その代わり……『公共事業費』と『資材購入費』が異常に膨れ上がっている」
「……公共事業、だと?」
「ええ。それと、取引記録。バールからの『鉄』の輸入量が急増している。それに、第3区からも皮革や保存食を大量に買い付けている形跡があるわ」
俺の中で、警鐘が鳴り響いた。 コンサルタントの直感が告げる。これは典型的な「粉飾」だ。 軍事費を隠すために、他の項目に計上している。
「……鉄を買い占め、食料を備蓄し、帳簿上は軍事費を隠す。 これは……」
「……軍を作っているわね。それも、大規模なやつを」
「ああ。バロンを使った暗殺は、ただの時間稼ぎか、前哨戦に過ぎなかったのかもしれない」
俺は拳を握りしめた。 南からの風が、火薬の匂いを運び始めていた。
◇
その足で、俺はサラの私室に向かった。 彼女はまだ療養中だが、入院を拒否して自室に戻っていた。
部屋に入ると、そこは乙女の部屋とは程遠かった。 壁には様々な種類の剣や槍が飾られ、机の上には戦術書が山積みになっている。
「……よう。体調はどうだ?」
「ルイ? 平気よ、もう走れるわ」
ベッドの上で上半身を起こしたサラは、包帯姿だが元気そうだった。 俺は椅子を引き寄せ、単刀直入に切り出した。
「サラ。軍を拡張するぞ」
「……あら。話が早いわね」
「現在500名の予備兵を、2000名まで増員したい」
「2000……。本気ね」
サラの目が鋭くなった。
「理由は?」
「サクレアだ。奴らは軍備を増強している。 防衛だけじゃ足りない。いざとなれば、こちらから打って出られる『遠征能力』が必要だ。 サクレアだけに攻撃されるとも限らない。同時に二箇所で戦線が維持できる規模……それが2000だ」
俺の計算を聞き、サラは少し考え込んでから頷いた。
「……悪くない見積もりね。でも、ただ数を増やすだけじゃ烏合の衆よ。 編成をいじらせて」
彼女は羊皮紙にさらさらとペンを走らせた。
「500は重装歩兵による『防衛部隊』。 1000は機動力重視の『遊撃部隊』。 残りの500は……魔術師と、ルイが作っている『新しい兵器』のための特殊部隊にするわ」
「新しい兵器……銃や大砲のことか」
「ええ。まだ試作段階でしょうけど、いずれ必要になる。 それに、馬の部隊も増やさないと。補給線が命綱よ」
「……できるか?」
「できるわよ。私を誰だと思ってるの?」
サラは不敵に笑った。
「ただし、急いでね。工場の武器生産ラインもフル稼働させて。 ……王宮からは文句を言われるでしょうけど」
「ああ。だが、向こうも強くは言えないはずだ」
「バロンの一件ね?」
「そうだ。王宮の人間が不祥事を起こしたんだ。こちらの『自衛のための軍拡』にケチをつければ、バロンの背後関係を追及すると脅せばいい」
政治的なカードは揃った。 あとは、実行あるのみだ。
「頼りになるよ、サラ。……怪我をしているのに、ごめんな」
「気にしないでよ。私、こういうヒリヒリする準備、嫌いじゃないしね」
サラは悪戯っぽく微笑み、手を出した。
「その代わり……ちょっと給与は増やしてよね?」
「ははっ、死にかけてるしな。『危険手当』は弾んどくよ」
「あはは! 死にかけたって、そんな手当じゃあ足りないわ!」
二人で笑い合った。 だが、その笑いの裏で、俺たちは互いに理解していた。 次に来るのは、暗殺者のような「点」の暴力ではない。 国と国、軍と軍がぶつかり合う「面」の暴力——戦争が近づいていることを。
お読みいただきありがとうございます!
バロンの動機、それは「技術革新による特権階級の崩壊」への恐怖でした。 いつの時代も、既得権益を持つ者は変化を恐れるものです。 そしてモネの分析により判明した、サクレアの軍事増強。 ルイとサラも対抗して軍拡へ舵を切ります。
内政チートから、いよいよ本格的な「国家運営・軍事シミュレーション」の様相を呈してきました。 しかし、その前に一つだけ片付けなければならない問題があります。 そう、「30日の約束」——大気汚染問題です。
次回、ゴードの研究所がついに火を噴きます(比喩ではなく)。
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▼次回予告 第2章 第18話『
次回も【明日19時】に更新します!




