第3話:埋もれた宝石と、“最適解”となる右腕
執務室に運び込まれた書類の山を見て、俺は思わず舌打ちをした。
「……嫌がらせか」
ガモン男爵がよこした「過去5年分の帳簿」は、木箱10個分にも及んでいた。 しかも、分類はバラバラ。日付もランダム。インクが滲んで読めないものや、昨日の夕食のメニューが書かれたメモ書きまで混ざっている。
明らかに、俺に「読む気を失せさせる」ための工作だ。
(俺のスキルと計算能力を使えば、徹夜で解析できなくはない。……だが)
俺は冷静に効率を計算する。
俺の時間単価は高い。この単純なゴミ分別のような作業に、俺の労力を割くのはあまりに非効率だ。 経営者に必要なのは、全てを自分で行う実務能力ではない。適切な人間に「任せる」能力だ。
「サーシャ。従者たちの控え室へ案内しろ」
俺は席を立ち、短く命じた。 サーシャは「かしこまりました」と即答し、迷うことなく廊下を歩き出す。
(……さすがだな)
俺は彼女の背中を見ながら感心した。
この館に到着してからまだ数時間。俺がガモンと腹の探り合いをしている間に、彼女は指示もされていないのに館内の構造を把握し、現地の使用人たちと会話を交わして場所まで特定している。
俺が得意なのは「数字」だが、彼女が得意なのは「人間」だ。この人心掌握術(コミュニケーション能力)は、俺にはない武器だ。
サーシャの案内で、館の裏手にある質素な扉の前へたどり着いた。 中からは、使用人たちの話し声や、賭け事でもしているような気配が漏れ聞こえてくる。
俺はノックもせずに、勢いよく扉を開け放った。
「――邪魔するぞ!」
バンッ!と大きな音が響き、室内の空気が凍りつく。
油断して雑談していた使用人たちが、飛び上がらんばかりに驚き、新領主の登場に慌てふためいて直立不動の姿勢を取った。 俺は彼らの動揺など意に介さず、部屋全体を見渡して叫んだ。
「誰か、計算が得意な者はいないか?」
沈黙が落ちる。 誰もが「下手に名乗り出て責任を負わされたくない」という顔をして、互いに目配せをしている。
だがその中で一人だけ、静かに一歩進み出た男がいた。
「……お呼びでしょうか、殿下」
部屋の隅で、一人静かに本を読んでいた老齢の男だ。
白髪のオールバックに、片眼鏡。 背筋は定規が入っているかのように伸びており、安物の服を着ていても隠しきれない品格が漂っている。
(……ほう?)
俺は興味を惹かれ、彼に向けてスキルを発動した。 表示されたウィンドウを見て、俺は内心で口笛を吹いた。
【氏名:マティアス(52)】
職業: 第2区領主館・使用人(元・王宮筆頭執事補佐)
能力:
内政:A
計算:S
忠誠:D(現状、貴族全般に絶望しているため)
特性: 清廉潔白、完全記憶
Sランク人材。 こんな辺境のゴミ溜めに、王宮レベル……いや、それ以上の実務家が埋もれていたとは。 これが「人事のミスマッチ」というやつだ。宝の持ち腐れにも程がある。
「名は?」 「マティアスと申します。……何か不手際がございましたでしょうか」 「いや。マティアス、お前は計算ができるか?」 「は……嗜む程度には」
謙遜しているが、目は死んでいない。 俺は男の目をまっすぐに見据えて告げた。
「俺の執務室へ来い。仕事だ」
◇
執務室に戻り、俺は机の上の書類の山を指差した。
「このゴミ山の中から、ガモン男爵の『不正の証拠』を見つけ出せ。期限は明日の朝までだ」
横にいたサーシャが驚いて口を挟む。 「ル、ルイ様!? いくらなんでもそれは無茶です! これだけの量を一晩でなんて、しかもマティアスさんはガモン男爵の部下ですよ?」
「構わん。……できるな?」
俺が視線で問うと、マティアスの片眼鏡がキラリと光った。 その瞳に、一瞬だけ昏い情熱――腐敗した主への積年の恨みと、仕事人としての矜持が宿るのを俺は見逃さなかった。
「……『嗜む程度』の老いぼれに、そのような大役をお任せになると?」 「能力に年齢は関係ない。俺が見ているのはお前の『数字』だ。……やれるのか、やれないのか」 「――承知いたしました」
マティアスは深く一礼した。 その顔には、先ほどまでの「ただの使用人」の仮面はなく、獲物を狩る「有能な猟犬」の表情があった。
「必ずや、殿下のご期待以上の成果をお持ちします」
マティアス、渋くてカッコいいですよね。 優秀な部下を見つけるのも、上に立つ者の重要な仕事です。
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▼次回予告 第4話『ハイエナたちの沈黙』 いよいよ第1章のクライマックス。 ガモン男爵と悪徳貴族たちを集め、剣ではなく「監査報告書」で殴る『断罪劇』の幕開けです。




