第13話 : 命の天秤、疑惑の鎖。――A級ヒーラーの光と、静かなる殺意
爆心地から1キロ。 俺はサラを背負い、無人の倉庫街を歩いていた。
「……はぁ、はぁ、はぁ……!」
呼吸をするたびに、折れた肋骨が肺を突き刺すような激痛が走る。 背中のサラはピクリとも動かない。 だが、背中に感じる微かな温もりと、不規則な呼吸音だけが、彼女がまだ生きている証だった。
「……死ぬなよ、サラ。絶対に死なせるか」
血の混じった唾を吐き捨て、俺は足を動かす。 倉庫街は夜になると無人だ。助けを呼んでも声は届かない。
その時だった。
屋敷の方角から、数人の影が全速力で駆けてくるのが見えた。 爆発音を聞きつけた護衛兵たちだ。先頭には、見慣れた銀髪と、黒いメイド服。
「ルイ様ッ!!」
サーシャだった。彼女は爆発を聞いてすぐに屋敷から飛んできたのだろう。1.5kmをこんな早く来れるのは彼女しかいないだろう。
彼女は俺の姿——血まみれで、黒焦げのサラを背負っている姿——を見た瞬間、悲鳴のような声を上げた。
「……サーシャ。病院へ……急げ」
俺はその場で膝をついた。
緊張の糸が切れた瞬間、意識が飛びそうになる。
だが、まだ眠るわけにはいかない。
◇
バール総合病院の処置室は、絶望的な空気に包まれていた。
「……申し訳ありません、ルイ様」
当直の治癒術師が、蒼白な顔で首を振った。
「火傷の範囲が広すぎます。それに、熱気を吸い込んだことによる肺の損傷と、複雑骨折……。 我々Cランクの治癒魔法では、表面の傷を塞ぐのが精一杯です。内臓までは……」
つまり、助からないということか。 俺はベッドに横たわるサラを見た。 包帯に巻かれた彼女は、痛々しいほど小さく見えた。 俺も気を失いそうだったが、歯を食いしばって耐えた。
「……諦めるな。魔力なら俺が供給する。維持しろ、命を繋げ!」
「は、はい!」
俺は自分の治療を後回しにし、サラのベッドの横に立ち続けた。 その隣には、サーシャが直立不動で控えていた。
彼女は一言も発していなかった。 泣いてもいない。取り乱してもいない。 ただ、その瞳は——
(……なんだ、この目は)
ミカが死んだ時の、あの悲しみに暮れ、世界に絶望した顔とは違う。 今のサーシャは、感情の全てが「殺意」に変換されているようだった。 もし今、犯人が目の前にいれば、彼女は素手でその喉を食いちぎるだろう。 それほどまでに、冷たく、鋭い殺気を放っていた。
その時。 処置室のドアが勢いよく開いた。
「ルイ様! 間に合いました!」
マティアスだ。 息を切らせている。普段冷静な彼が、ここまで取り乱すのは珍しい。 その後ろに、白衣を着た長身の男が入ってくる。
「冒険者ギルドへの緊急依頼で手配しました! たまたま王都から遠征に来ていた、『白銀の翼』所属、A級治癒術師のヒルトン殿です!」
そうか、そういえば、A級治癒術師が街にいたな、聞きつけてすぐに緊急依頼を出してくれたマティアスには感謝しきれない。
「……やれやれ。夜中に叩き起こされるとはな」
ヒルトンと呼ばれた男は、気だるげに眼鏡の位置を直した。 だが、サラの状態を見た瞬間、その目が職人のものに変わった。
「……酷いな。全身熱傷に多臓器不全か。普通の術師なら匙を投げるところだ」
「……治せるか?」
俺が問うと、ヒルトンは鼻で笑った。
「誰に口を聞いている。腕一本なくなっても生やすのが俺の仕事だ。 ……ただし、報酬は弾んでもらうぞ」
「いくらでも払う。頼む」
「いい返事だ。……下がりな」
ヒルトンが杖を掲げた。 放たれた光は、これまでに見たどの魔法よりも強く、神々しかった。
【上級治癒】
光がサラの体を包み込む。 炭化していた皮膚が剥がれ落ち、新しい肌が再生していく。 苦しげだった呼吸が、次第に穏やかなものへと変わっていく。
「……よし。峠は越えた」
ヒルトンが汗を拭った。
「火傷の痕は少し残るかもしれんが、命に別状はない。骨も肺も元通りだ」
俺はその場に崩れ落ちそうになった。 助かった。 さすがA級だ。ミカの回復魔法よりも精度も魔力密度も桁違いだ。 金と実力さえあれば、死の淵からでも生還できる。……その事実に、俺は安堵すると同時に、言いようのない無力感を感じた。
「次はあんただ、領主様。……それからそっちの二人もな」
ヒルトンは続けて、俺と、運ばれてきたヴェスタ、ダンルイにも治癒を施した。 全員が一命を取り留めた。
◇
サラの容体が安定したのを見届け、俺は屋敷へと戻った。 執務室に入り、即座にマティアスを召喚する。
彼は深く頭を下げた。 その表情には、主君を守りきれなかった悔恨が滲んでいた。
「……ご無事で何よりです、ルイ様。 私のルート管理が甘かったせいです。まさか、あのような場所で……万死に値します」
「顔を上げろ、マティアス」
俺は椅子に座った。
「お前のせいじゃない。元々、こんな暗殺など想定していなかった俺の甘さだ。……平和ボケしていたんだ」
俺は拳を握りしめた。 ミカを失って、分かった気になっていた。 だが、この世界はもっと残酷だ。力をつければ、それを潰そうとする悪意が集まる。
「だが、今は反省している時間はない。 ……今すぐ、裏切り者を探せ」
俺の声は低く、震えていた。
「あのルートを知っていたのは、俺とお前、そして数人の側近だけだ。 外部の犯行じゃない。内部の人間が情報を流したんだ」
「……御意。 現在の状況から考えられる『バックにいるだろう勢力リスト』を作成しております。容疑者はまだ調査をしてからまた提出いたします。」
マティアスは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。 迅速かつ的確。この男の有能さにはいつも救われる。
リストには、各勢力の動向と、犯行の可能性が記されていた。
【襲撃首謀者・勢力分析】
王宮(国王派): 【可能性:低】
現状、王族の一員であるルイを殺害するメリットが薄い。左遷したとはいえ、王家の血を引く者を殺せばスキャンダルになる。
第一王子(ウィリアム派): 【可能性:中】
中央集権思考でアグレッシブ。バールの独自発展を「地方の反乱分子」と見なし、見せしめに消そうとする動機はある。だが、やり方が粗暴すぎる。彼なら軍を動かすはずだ。
第二王子(マイル派): 【可能性:低】
地方分権を推進しており、現在はバールの製鉄事業を認可したばかり。殺すなら利用してからにするはずだ。
第1区(王都): 【可能性:低】
貴族間の対立はあるが、暗殺者を送るほどのリスクは冒さない。
第3区・第4区: 【可能性:低】
バールとは良好な関係、もしくは関心が薄い。
第2区(サクレア地方貴族): 【可能性:高】
【動機】 バールの発展により、サトウキビ貿易の「中抜き」ができなくなった貴族たちが困窮している。
【状況】 特にサクレアの旧領主一派は、ルイに対して強い恨みを持っているとの報告あり。
【手段】 彼らなら、金で雇った暗殺者を使い、捨て身の攻撃を仕掛ける動機も資金もある。
「……サクレアの貴族か」
俺は眉をひそめた。 確かに、彼らにとって俺は商売敵であり、既得権益を破壊する悪魔だ。 動機としては十分すぎる。
「状況証拠だけで断定はできませんが……最も疑わしいのは彼らです」
マティアスが静かに言った。 その分析に、私情は挟まっていない。あくまで冷静な宰相としての見解だ。
「……分かった」
俺はリストを机に叩きつけた。
「徹底的に洗え。金も人手も惜しむな。 サラをあんな目に遭わせた奴を……俺は絶対に許さない。
地獄の果てまで追い詰めて、後悔させてやる」
俺の言葉に、マティアスは一礼した。 その姿は、主君の怒りを代弁するかのように厳格だった。
「承知いたしました。……バールに牙を剥いた報い、必ず受けさせましょう」
お読みいただきありがとうございます!
サラ、なんとか一命を取り留めました。A級ヒーラーのヒルトン、いい仕事をしてくれました。 そして始まる犯人探し。 マティアスの冷静な分析により、疑惑の目は「サクレア貴族」へと向けられました。 完璧な執事であり、有能な宰相であるマティアス。彼のサポートがあれば、必ず犯人に辿り着けるはずです。
次回、ルイの復讐劇が始まります。 しかし、意識を取り戻したサラが語る「襲撃時の違和感」とは?
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