第12話:血塗られた裏切り 倉庫街馬車爆破事件発生と深刻な被害
ストライキの約束から数日。
俺はヴェスタ率いる土木局と、
かつてミカがトップを務めていた「安全健康課」に命じ、
環境問題に関する詳細な報告書を作成させた。
だが、書類だけでは不十分だ。
現場を見なければ、本当の対策は打てない。
俺は視察に出ることにした。
同行者はサラ、護衛隊のダンルイ、土木局長のヴェスタ、
そして追加の護衛が二人。
サーシャは現在、
空席となっている安全健康課の局長候補を探して別行動中だ。
マティアスが作成した極秘のルートプランに従い、
俺たちは馬車を走らせた。
◇
まずは工場区の北側、ラナ川の下流地域だ。
馬車を降りた瞬間、
鼻を突く刺激臭が襲ってきた。
「……うっ」
俺は思わず顔をしかめた。
川の水は濁り、
茶色と黒が混ざったような色をしている。
異臭を放ち、
水面には油膜が浮いている。
「……酷いな」
俺は川岸に立ち、
水を見つめた。
かつて、この川は綺麗だった。
ミカが笑顔で「綺麗になった」と言っていた川。
それが、今は——
「……ルイ様、こちらを」
ヴェスタが、マンホールを開けた。
「中に入るのは危険です!」
ダンルイが止めるが、
俺は構わず梯子を降りた。
下水道の中は——
地獄だった。
生活排水だけでなく、
工場から垂れ流された油や重金属のスラッジが混ざり合い、
ドロドロの塊となって水路を詰まらせている。
悪臭が充満し、
息をするのも苦しい。
壁には、ヘドロが付着している。
触れると、ヌルヌルする。
「……これが、発展の代償か」
俺は拳を握った。
俺が求めた「成長」の裏で、
こんなことが起きていた。
(……ミカが見たら、何と言うだろうか)
きっと、悲しむだろう。
怒るだろう。
(……すまない、ミカ)
俺は地上に戻った。
◇
次に訪れたのは病院だ。
待合室に入った瞬間、
咳の音が聞こえた。
ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ——
激しく咳き込む人々で溢れていた。
特に子供や高齢者が多い。
喘息だ。
俺は一人の母親に話を聞いた。
「……いつから、咳が?」
「……一ヶ月ほど前からです」
母親が心配そうに、
咳き込む子供を抱きしめた。
「……最初は、少しだけだったんです。
でも、だんだん酷くなって……
夜も眠れないんです」
俺は病院を出た。
胸が痛む。
(……思ったより、深刻だ)
早めに気づいてよかった、
などと安易には言えない惨状だった。
だが、手は打てる。
俺には、前世の知識がある。
◇
馬車に戻り、
俺は設計図を広げた。
これは、前世で見た
「公害対策技術」を、
この世界の魔法と組み合わせたものだ。
(……まず、煙突から出る煤を減らす)
俺は羊皮紙にペンを走らせた。
【大気浄化システム・三段構え】
1.サイクロン式集塵機(物理フィルター)
* 仕組み:
円錐形の金属筒の中で煙を高速旋回させ、
遠心力で煤を分離・落下させる。
* 利点:
構造が単純で、数日で量産可能。
回収した煤は「練炭」として再利用し、
燃料効率を上げる。
2.湿式魔導スクラバー(化学フィルター)
* 仕組み:
煙突内で「水と石灰石」の霧を噴霧し、
有害ガスを溶かし落とす。
* 魔法要素:
「魔導コア」で水の粒子を極小化し、
接触効率を最大化。
喘息の原因物質を徹底除去する。
3.多段式沈殿池(水質浄化)
* 役割:
スクラバーで汚れた水を川に流さず、
沈殿池で濾過する。
汚泥は乾燥させて建築資材へ転用。
「……これがあれば、バールの空は変わる」
俺は設計図を見つめた。
(……でも、これだけじゃ足りない)
(……工場そのものの効率も上げないと)
(……燃料を減らし、排出を減らす)
俺はさらにペンを走らせた。
蒸気機関の改良案。
燃焼効率の向上。
排熱の再利用。
全部、前世の知識だ。
(……これを、ゴードに渡せば)
(……きっと、実現してくれる)
俺が羊皮紙を丸めた、その時だった。
◇
キキーッ……
馬車が急停止した。
「……なんだ?」
俺は顔を上げた。
御者が、何かを避けたようだ。
「……すみません、ルイ様!
道に子供が飛び出してきまして!」
「……子供?」
俺は窓から外を見た。
だが、子供の姿はない。
周囲には、誰もいない。
人通りのない、倉庫街だ。
(……おかしい)
嫌な予感がした。
「……サラ、何か——」
俺がサラに声をかけようとした瞬間。
車体の下から、小さな金属音が響いた。
カチャッ。
「……ん?」
その音を聞いた瞬間、
隣に座っていたサラの顔色が変わった。
「ルイ! 出ろ!!」
「え?」
彼女は問答無用で、
俺の襟首を掴んだ。
そして——
全力で、馬車の外へと突き飛ばした。
「うわっ!?」
俺の体が宙に浮く。
その直後。
ドガァァァァァァァァァンッ!!
馬車が爆発した。
◇
「がはっ……!」
爆風に吹き飛ばされ、
俺は路地裏の建物の壁に叩きつけられた。
背中に激痛が走る。
視界が揺れる。
耳鳴りがする。
「……な、何が起きた……?」
俺は体を起こそうとしたが、
腕が痛くて動かない。
骨が折れているかもしれない。
目の前で、
乗っていた馬車が燃え上がっていた。
黒煙と炎。
爆発の衝撃で、
馬車は木っ端微塵になっている。
「……サラ! ヴェスタ! ダンルイ!」
俺は叫んだ。
だが、返事はない。
「……おい!!」
俺は必死に炎の中を見つめた。
だが、何も見えない。
(……まずい)
恐怖が襲ってくる。
(……死んだのか?)
その時、
屋根の上から複数の人影が飛び降りてきた。
スタッ、スタッ、スタッ。
全身黒ずくめの男たち。
その数、五人。
手には歪な形状のナイフが握られている。
彼らは迷うことなく、
俺の方へ歩いてきた。
(……暗殺者!?)
俺は震える手で【国家盤面】を展開した。
【敵性体解析】
* 所属: 不明(暗殺集団)
* 対象: ルイ(抹殺指定)
* レベル: 平均LV75
レベル75。
今の俺(LV60)では、
まともに戦えば瞬殺される相手だ。
だが、やるしかない。
(……魔法だ。イメージしろ)
俺は指先に魔力を集中させた。
大きな岩ではない。
小さく、硬く、鋭い「弾丸」をイメージする。
土魔法【圧縮弾】。
15個生成。
密度を極限まで上げ、
高速回転させる。
目に見えるか見えないかのサイズ。
「……今だ!!」
俺は腕を振り抜いた。
ヒュンッ!
風切り音と共に放たれた土の弾丸が、
先頭を走っていた暗殺者の眉間に吸い込まれた。
パァンッ!
乾いた音と共に、
男の頭がザクロのように弾け飛んだ。
血飛沫が舞う。
ずいぶんグロい。
「……チッ、魔術師か!」
残りの四人が散開し、
殺気を剥き出しにして突っ込んでくる。
速い。
俺の動体視力では追いきれない。
もうダメか——
そう思った時。
「オラァァァァァッ!!」
燃え盛る馬車の炎の中から、
鬼神が飛び出してきた。
サラだ。
◇
だが、その姿は——
凄惨だった。
服は焼け焦げ、
全身に酷い火傷を負っている。
皮膚が溶けて、
赤黒い肉が露出している。
右足は、
明らかに骨が折れている。
足を引きずり、
血を流しながら歩いている。
だが——
その目だけは、
獣のように鋭く光っていた。
「……サラ!!」
俺は叫んだ。
「……無理するな! お前、もう——」
「……黙ってろ、ルイ」
サラが低い声で言った。
「……私の仕事は、
お前を守ることだ」
「……だから」
サラが剣を構えた。
「……死んでも、守る」
その言葉と共に、
サラが突進した。
一閃。
一発目は暗殺者の頭スレスレを掠った——
かに見えたが、それはフェイントだ。
彼女は瞬時に持ち手を変え、
軌道を反転させた。
ズンッ!
逆袈裟に切り上げられた刃が、
暗殺者の首を軽々と飛ばす。
血が噴き出す。
さらに後ろから迫る敵に対し、
サラは折れた右足で踏ん張り、
空いた左腕で顔面を殴りつけた。
ゴシャッ、と鼻が潰れる音が響く。
怯んだ隙に、心臓へ剣を突き刺す。
「……はぁ、はぁ……!」
あと二人。
だが、サラの体が揺れた。
もう、限界だ。
火傷の痛みと、出血で
意識が朦朧としている。
だが、彼女は止まらない。
◇
残りの敵が、
サラが体勢を崩した隙を突き、
俺に殺到する。
もう距離がない。
(……くそっ、得意じゃないが!)
俺は両手を突き出した。
右手で水魔法、
左手で火魔法。
制御など知ったことか。
熱量と水量をぶつけ合わせる!
「【熱湯】ッ!!」
ジュワアアアッ!!
数リットルの熱湯が生成され、
突進してくる暗殺者の顔面にぶち撒けられた。
「グアアアッ!!」
一瞬、敵が痛みで足を止める。
だが、止まらない。
火傷した顔で、
そのままナイフを振りかぶってくる。
——やばい、死ぬ。
その瞬間、
銀色の閃光が走った。
サラが剣を投擲したのだ。
回転する剣が、
俺の目の前の敵の胸を貫き、
壁に縫い付けた。
「……ルイ!」
最後の一人が、
俺の喉元にナイフを突き出す。
俺は紙一重でそれを避け、
敵の手首を掴んだ。
力比べでは勝てない。
だが、一瞬耐えれば——
ドスッ!!
背後から忍び寄ったサラが、
隠し持っていた短剣で敵の延髄を刺し貫いた。
男がガクリと崩れ落ちる。
「……はぁ、はぁ……」
静寂が戻った。
サラがその場に崩れ落ちる。
「……サラ!!」
俺は駆け寄った。
◇
酷い火傷だ。
服が皮膚に張り付いている。
右足は、
骨が飛び出している。
左腕も、
深い裂傷がある。
出血が止まらない。
「……サラ! おい!」
俺は彼女の顔を見た。
目が虚ろだ。
意識が遠のいている。
「……ルイ」
サラが小さく呟いた。
「……大丈夫で……何よりだわ……」
「……馬鹿言うな!
お前、そんな怪我で——」
「……ごめん、ちょっと……意識とぶ……」
ガクッ、と彼女の首が落ち、
意識を失った。
呼吸はある。
だが、危険な状態だ。
このままでは——
死ぬ。
「……くそっ、誰か!」
俺は叫んだ。
見渡すと、
ダンルイが瓦礫の下から這い出してきた。
彼も血まみれだ。
頭から血を流し、
右腕がだらりと垂れている。
折れている。
「……申し訳ないです……
俺も、動けないっす……」
ダンルイが苦しそうに言った。
「……ヴェスタ局長は……
意識不明です……」
俺は振り返った。
ヴェスタが、
瓦礫の中に埋もれている。
動かない。
生きているのか、
死んでいるのか——
絶望的な光景だった。
燃える馬車。
転がる死体。
倒れた仲間たち。
俺の街で、
俺が作った道路の真ん中で、
こんなことが起きるなんて。
「……なんだこれは」
恐怖と、
それ以上の怒りが湧き上がってくる。
◇
ふと、思い出した。
ヴァルザークの遺跡で、
突然床が抜けて落ちた時のことを。
あれも、罠だった。
誰かが、俺を殺そうとした。
そして今回。
この視察ルートは、
直前まで誰にも明かしていなかったはずだ。
この道を通ると知っているのは、
一部の「内部の人間」だけ。
「……裏切り者がいる」
俺は拳を握りしめた。
バールの中に、
俺の命を狙う毒蛇が潜んでいる。
いや、それだけじゃない。
この爆発は、
俺だけを狙ったものじゃない。
サラも、
ダンルイも、
ヴェスタも——
全員、殺すつもりだった。
(……なぜだ?)
(……なぜ、こんなことを?)
答えは出ない。
だが、一つだけ確かなのは——
(……必ず、見つけ出す)
俺は燃え盛る炎を睨みつけた。
(……そして、償わせる)
サラを抱き上げ、
俺は走り出した。
まずは、彼女を病院に運ぶ。
死なせるわけにはいかない。
彼女は、俺を守ってくれた。
だから、今度は——
俺が、彼女を守る番だ。
お読みいただきありがとうございます!
公害対策への希望が一転、凄惨な暗殺未遂へ。 サラの捨て身の奮闘により一命を取り留めましたが、代償はあまりに大きすぎました。 全身火傷と骨折。彼女の命の灯火が消えかけています。
そして明らかになった「裏切り者」の存在。 極秘ルートを知り得たのは、側近中の側近だけです。 一体誰が?
次回、瀕死のサラを救うための緊急手術。 そして犯人探し(パージ)が始まります。
「急展開すぎる!」「サラ助かってくれ……」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると嬉しいです!
▼次回予告 第2章 第13話
爆煙のあとに響く、絶望の足音。 血まみれでサラを担ぐルイを待っていたのは、祈りすら通じぬ治癒魔法の限界だった。 絶望を切り裂くA級の光と、その裏で静かに差し出される「容疑者リスト」。――今、復讐の狼煙が上がる。
次回も【明日19時】に更新します!




