第10話:エルフの憂鬱、黒い煙の代償
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鉄道の開通から、3ヶ月が経過した。
季節は巡り、バールには本格的な産業の風が吹いていた。 バール中央駅から南へ伸びたレールは、順調に延伸を続け、隣都市ヴァルザークまであと一歩のところまで迫っている。
工場地帯も様変わりした。 かつては試験運用だけだった製鉄所も、今では3つの工場がフル稼働している。 遺跡の技術を応用した「鉄のリサイクル」と、第3区南部から輸入した鉄鉱石を使った「加工貿易」。 これらが軌道に乗り、バール産の鋼鉄は周辺都市へ飛ぶように売れていた。
その急成長を支えているのが、意外な後ろ盾だった。
「……第二王子マイル様からの『製鉄事業許可証』ですか」
執務室で、マティアスが渋い顔で一枚の羊皮紙を見ていた。
「ええ。先日、あのギャランティスから送られてきた。……まさか、向こうから許可を出してくるとはな」
俺は苦笑した。 敵対していると思っていた王都側からの、突然の雪解け。 だが、その裏事情は複雑だ。
「マイル王子も、追い詰められているんでしょうな」
マティアスが低い声で言った。
「現在、王位継承争いは第一王子ウィリアム様が優勢です。彼はアグレッシブな帝国主義者で、周辺国への侵攻も辞さない武闘派。目指すのは強力な『中央集権国家』です」
「地方貴族から権力を奪い、王に集中させる……か。貴族たちが嫌うわけだ」
「はい。対して第二王子マイル様は『現状維持』を掲げ、地方分権を容認しているため、地方貴族の支持層は厚い。 ですが、ウィリアム様の軍事力とカリスマには押され気味です」
「だから、バール(俺)の手を取りたい、か」
俺は許可証を机に放った。 二人とも、かつて俺を「無能」と罵り、この辺境へ追放したクソ野郎どもだ。 今さら媚びを売ってくるとは笑わせる。
「……まあ、いいでしょう。マイル様の後ろ盾があれば、表立って軍を差し向けられることはない。毒も喰らう、栄養も喰らう。それが今のバールです」
綱渡りの平和だ。 だが、この猶予期間に力を蓄えるしかない。
◇
マティアスが退室した後、入れ替わりで経済局長のモネが入ってきた。 今期の決算報告だ。
「……ふう。今月も黒字ね。サクレアからの砂糖収入も安定しているし、製鉄の利益も上乗せされているわ」
モネは羊皮紙を束ね、椅子に深く背を預けた。 珍しく、少し疲れているように見えた。
「お疲れ様、モネ。……コーヒー飲むか?」
「もらうわ。ブラックでね」
俺は棚から豆を取り出した。 南の第3都市サクレアから試験的に取り寄せた、希少なコーヒー豆だ。まだ高級品だが、これからバールの喫茶店で流行らせようと思っている。
二人分のコーヒーを淹れ、香ばしい香りが漂う中、俺たちはソファに座った。
「そういえば、モネは昔、どこで商人をやっていたんだ?」
ふと気になって聞いてみた。 彼女の手腕は人間離れしている。文字通り、彼女は長命種のエルフだ。
「……昔は、エルフの国で商会を持っていたのよ」
モネは湯気の立つカップを見つめながら、遠い目をした。
「でもね、あそこは商売には向かないわ。伝統、伝統ってうるさくてね。 『金儲けは卑しい』とか、『森の恵みを金に変えるとは何事か』って、白い目で見られるのよ」
「なるほど。閉鎖的なんだな」
「ええ。彼らは変化を嫌うし、外の世界にも行きたがらない。……刺激がなさすぎて、私は飛び出したの」
モネは自嘲気味に笑った。
「それで人間の国に来たんだけど……こっちはこっちで、別の問題があったわ」
「寿命、か?」
「ええ。せっかく信頼関係を築いて、太いパイプを作っても……数十年もすれば、相手は老いて死んでしまう。 やっと阿吽の呼吸で取引できるようになったと思ったら、もう葬式よ。その繰り返しには、もう飽き飽きなの」
彼女の声には、数百年分の倦怠感が滲んでいた。 積み上げても、積み上げても、パートナーが先に消えていく虚無感。
「だから、あんたの話に乗ったのよ」
モネが俺を見た。
「ルイ、あんたの作る『システム』は面白いわ。 『国家盤面』による数値化、持続可能な経済圏、そして法整備。 これなら、人が死んでもシステムは残る。……私が求めていた『刺激』と、永遠に続く『遺産』が作れるかもしれないってね」
「……そうか」
俺は少し嬉しくなった。 彼女はただの金儲けじゃなく、俺の作る未来に賭けてくれているのだ。
「期待してくれ。俺の知識と、お前の頭脳があれば、世界を変えるシステムが作れる」
「……ふふっ。そうね、あんたとなら退屈しなさそう——」
モネが少しだけ表情を緩めた、その時だった。
バンッ!!
執務室のドアが乱暴に開かれた。 飛び込んできたのは、息を切らせた伝令の兵士だ。
「た、大変ですルイ様!!」
「どうした、騒々しい」
俺は立ち上がった。 ただ事ではない。
「こ、工場区でトラブルです! 民間の『セカンド製鉄』の労働者たちが、一斉に作業をボイコットしました!」
「なんだと?」
「ストライキです! 工場の前で、『賃上げ』と『労働時間の短縮』……それに!」
「『大気汚染反対』を訴えて、暴動寸前になっています!!」
「……ッ!」
俺とモネは顔を見合わせた。 大気汚染。 そこまで影響が出ていたとは思っていなかった。
「……バール製鉄ではなく、セカンド製鉄か」
急速な発展の歪み。 鉄道開通式の時に見た、「小さな火種」が、ついに爆発したのだ。 しかも、俺が最も恐れていた「公害」という名目で。
「……行くぞ、モネ!」
「ええ。計算が狂ったわね。……修正しなきゃ」
俺たちは部屋を飛び出した。 窓の外、南の空には、いつもの黒煙が立ち上っていた。 だが今日はその煙が、まるでドクロのように不吉な影を落としていた。
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第二王子マイルからの許可証。これで王都からの直接攻撃は避けられそうですが、それは政争の道具に使われているだけ。 そして語られたモネの動機。 「人間の寿命に飽き飽きしたエルフ」が求めたのは、不変のシステムという刺激でした。
しかし、そんな理想をあざ笑うかのように起きた「ストライキ」。 賃上げだけならまだしも、掲げられたのは「大気汚染反対」。 かつて前世の19,20世紀で多くの人が死亡した公害問題が、ついにルイの前に立ちはだかります。
次回、ルイは経営者として、領主として、そしてミカの遺志を継ぐ者として、この暴動をどう鎮めるのか?
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▼次回予告 第2章 第11話『交渉のテーブル、怒りの拳』
次回も【明日19時】に更新します!




