第8話:鉄の増産と、揺れるメイド心。――「視察」という名のデート?
バールへの帰還。 城門をくぐると、そこにはいつもの煤煙と、肌を震わせるような都市の鼓動が待っていた。
「おかえりなさい、ルイ様!」 「おーい! ヴァルザークの改革、噂になってるぞ!」
労働者たちが手を振り、口々に叫んでいる。 活気がある。石炭の匂いと、甘い砂糖の香りが混じった、この街特有の空気。 俺は深く息を吸い込み、背嚢を握りしめた。 ここには、バールの未来を変える「製鉄炉の設計図」と「魔導コア」が入っている。
俺はそのまま、技術開発局の工房へと向かった。
◇
工房の扉を開けた瞬間、熱気とオイルの匂いが鼻をついた。 中には、図面の山に埋もれた小柄なドワーフ、技術局長のゴードがいた。 目の下に隈を作り、自慢の髭はボサボサだ。
「おい、ゴード。新しい研究材料だぞ! すごいもん拾ってきた!」
俺が設計図を掲げた、その瞬間。
ヒュンッ!
巨大なハンマーが俺の顔の横を通過し、壁に突き刺さった。
「……あ?」
「……帰れ」
ゴードが血走った目で睨んできた。
「俺はなぁ! お前の無茶振りで、蒸気機関から機関車の試作まで、不眠不休で仕上げたんだぞ! これ以上、新しい仕事を持ってくるなぁっ!!」
「い、いや、お前こういう新しい技術好きだろ?」
「好きだが限度があるわ! 流石のワシも歳だ! ……ワシは、休暇に出る!」
「は?」
「探さないでくれ!」
ゴードは窓ガラスを突き破り、そのまま脱走した。
「……おいマジか」
残された俺は、突き刺さったハンマーを見つめた。 ……これは問題だ。ゴードは天才だが、今の彼にこれ以上の負担はかけられない。
そうだとしても領主の俺にハンマー投げるとはな。。。戻ってきたら追加の仕事で責任とってもらおう。
それにしても部下にがんばらせすぎているのだろうか?最近法務局長のバロンも見かけなかったり、話できていないし、屋敷のスタッフの雰囲気も少し悪い。今後改善していかないとだな。
「……仕方ない。プランBだ」
俺は執務室に戻り、二人の男を呼び出した。 この街で製鉄業を営む民間企業のトップ、ダニエルとハノルだ。
バールでは現在、病院や食堂、職業訓練校などのインフラは行政(区)が直営しているが、ギルドや一部の製造業は民間に委託し始めている。 特に製鉄は、競争原理を働かせるためにいち早く民営化していた。もちろん、行政の監視下ではあるので、定期的にこの二人にはあったり、視察もしている。
「現状の報告を」
俺が促すと、小太りで脂ぎった顔のダニエルが、葉巻を弄びながら前に出た。 彼は最大手『バール製鉄』の社長だ。
「へへっ、順調ですよルイ様。ウチの第一・第二工場合わせて、日産140キロ。品質は安定のCランク、たまにBランクが出ますな。モネさんのアドバイスのおかげで収益性も上がってますぜ」
「ふん、質より量の『バール製鉄』さんが何を言うか」
食ってかかったのは、細身で神経質そうな男、ハノルだ。 新興企業『セカンド製鉄』の社長である。
「ウチは工場こそ一つですが、日産60キロで、Bランク比率はあんたの倍だ。……質なら負けてない」
「あぁ? たかだかシェア3割の弱小が吠えるねぇ」
「なんだと!?」
バチバチと火花が散る。 二人は犬猿の仲だ。顔を合わせればすぐに喧嘩を始める。 だが、それでいい。
「二人とも、そこまでだ」
俺はテーブルに、一枚の羊皮紙を広げた。 古代遺跡から持ち帰った、転炉と圧延機の設計図だ。
「……これは?」
「新時代の製鉄技術だ。これを導入すれば、ランクA〜S級の鋼鉄が、現在の日産の50倍は作れるようになる」
「「なっ……!?」」
二人が絶句した。 Sランク。それはミスリルに次ぐ強度を持つ伝説級の金属だ。それを量産するなど、常識ではあり得ない。
「この技術を、お前たち両方の会社に供与する」
「……両方に、ですか?」
ダニエルが目を細めた。
「ああ。独占はさせない。両社で競い合ってくれ。 より高品質な鉄を、より安く作った方から、行政は優先的に買い上げる」
「……へへっ、面白い。資金力のあるウチが有利に決まってる」 「やってやりますよ。技術力ならウチが上だ。……バール製鉄を潰してやる」
二人は互いに睨み合い、そして俺に深く頭を下げて部屋を出て行った。 その背中は、商人の欲と職人の矜持で燃えていた。 これでいい。彼らの欲望が、バールを次のステージへ押し上げる。
ただし、古代遺跡で見つけた、魔力変換コアは画期的すぎる。技術流出が特に怖い。
コアに関してはゴートが帰ってくるのを待たなければならないだろう。
◇
午後。 溜まっていた決裁書類を片付けていると、執務室のドアがノックされた。
「ルイ様。……お時間よろしいでしょうか」
入ってきたのはサーシャだ。 だが、俺は書類から目を上げ、一瞬言葉を失った。
「……なんだ、その格好は」
いつもの機能性重視の黒いメイド服ではない。 淡いブルーのワンピースに、白いカーディガン。 亜麻色の髪は丁寧に巻かれ、小さなリボンでまとめられている。 仕事着の彼女からは想像もつかないほど、柔らかく、華やかな雰囲気だった。
「こ、これより人事関係の市内視察に向かいます。同行をお願いできますか?」
サーシャは頬を朱に染め、俯き加減で言った。
「視察? 珍しいな、お前から誘うなんて」
「……重要な案件ですので。あ、あと、その格好は……あまり目立たないように、私服なんです!」
「なるほど。潜入調査か。流石だな」
「……はぁ(鈍感……)」
サーシャが小さく溜息をついたのが聞こえたが、俺たちは街へと繰り出した。
◇
午後の日差しが、石畳に長い影を落としている。 街は買い物客で賑わい、あちこちから笑い声が聞こえる。
俺たちは並んで歩いた。 普段は半歩後ろを歩くサーシャが、今日は俺の隣を歩いている。 ふわりと、彼女の髪から甘い香りが漂ってきた。
「……まずは、公衆食堂です」
サーシャが案内したのは、行政が直営する貧困層向けの食堂だ。かつてミカが提案し、サーシャが形にした場所だ。
「ここのマネージャーには、元酒場の女将をスカウトしました。荒くれ者の扱いがうまく、回転率が2割上がっています」
「病院の受付は、記憶力の良い元商人を配置しました。カルテの管理ミスが激減しています」
サーシャは各現場を回りながら、熱心に説明してくれる。 彼女の仕事は完璧だ。人を見る目があり、適材適所で組織を回している。
「……すごいな。俺が出る幕はないよ」
「いえ! ルイ様に見ていただくことが重要なんです! 私の……仕事の成果を」
そう言いながら、彼女の足取りはどこか軽い。 途中、なぜかパン屋で新作の菓子パンを眺めたり、服屋のショーウィンドウで足を止めたりした。
「……このリボン、可愛いですね」
「ん? ああ、似合うんじゃないか? 今つけてるやつと」
「……! ほ、本当ですか?」
サーシャがパッと顔を輝かせる。 その笑顔を見て、俺は少しドキリとした。 こいつ、こんな顔で笑うんだな。
◇
冒険者ギルドに立ち寄ると、そこにはサラの姿もあった。 彼女もたまたま、軍事関連の調整で来ていたようだ。
「あら、ルイにサーシャ。……へえ、デート?」
「視察ですっ!!」
サーシャが即答する。サラはニヤニヤしながら「はいはい」と肩をすくめた。
「ちょうどいいわ。ルイ、ちょっと相談があるの」
ギルド長のガントも交えて、立ち話が始まった。 話題は、急増する冒険者と依頼の管理についてだ。死亡率が低くなったことで人数が減らないことと王都や1区からの稼げない冒険者がやってきている影響らしい。ちゃんとマティアスに推定値を出してもらいたいが、肌感1.5倍くらい混んでいるな。
「西側の山に近い川沿いに、支店を作ろうかと思ってるんだが……どう思う?」
ガントの問いに、俺の経営者スイッチが入った。
「経営視点なら問題ない。窓口を分散させれば、一度により多くの対応が可能だ」
「ええ。それに西側の山は、初級〜中級モンスターが多い狩場よ。西側支店を『ランク制限なし』にして、初心者を誘導すれば効率がいいわ」
サラが即座に反応する。
「だが、情報の分断リスクがある。伝達手段として、一定時間ごとに早馬を走らせるべきだ」 「いいな。あと、南の山脈は危険度が高い。あっちの依頼は中央本店のみで管理して、逸れモンスターの対応を強化しよう」 「報酬の二重受け取り防止もしないと……依頼を受けた店舗でしか換金できないルールにするのは?」 「採用だ。あと、川側の倉庫街には旅人が多い。彼らは護衛を求めるから、あそこに出張所を置いて……」 「なら、そこで武器のメンテナンスサービスも併設しましょう。鍛冶ギルドと提携して……」
俺とサラの会話が加速する。 言葉のキャッチボールが止まらない。 彼女とは思考の速度が合う。軍事と経営、視点は違うが、目指す「効率」が同じだからだ。
その様子を、サーシャが横でじっと見ていた。 口を挟む隙間がない。 彼女の表情が、少しずつ曇っていく。
「……ルイ様」
冷ややかな声がした。 サーシャが、俺の袖をギュッと掴んでいる。
「ギルドは民営組織です。人事権限のない私には関係ありません。……ここは視察不要です」
「え? いや、まだ話が……」
「行きますよ」
有無を言わせぬ力で、ズルズルと引きずり出された。 後ろでサラが「あらら」と面白そうに手を振っていた。
◇
夕暮れ時。 俺たちは屋敷の前の広場にあるベンチに座っていた。 空が茜色に染まり、家路につく人々の影が長く伸びている。
隣に座るサーシャは、俯いたまま無言だった。
「……なあ、どうしたんだ。今日、少し変だぞ」
俺は声をかけた。
「……なんでもありません。初めてのお二人での視察だったので、緊張して」
「今更かよ。戦場も潜り抜けた仲だろう」
「……なんで」
サーシャが、消え入りそうな声で言った。
「なんでヴァルザーク視察に、私を連れて行ってくれなかったんですか?」
「え?」
「マティアス様から聞きました。古代遺跡に落ちて、死にかけたと。……護衛の責任者として、許せません」
「ああ……それは、お前が人事の仕事で忙しいと思ったから……」
「忙しいなんて言ってません! 大丈夫だったのに……!」
サーシャが顔を上げた。 その瞳が潤んでいる。 夕日に照らされた彼女の顔は、泣き出しそうで、でも必死に堪えていて。
(……いやでも、あれは明らかにルイ様を狙った罠だった。……もう二度と、彼を失うような恐怖は味わいたくない)
彼女の心の声など聞こえない俺は、ただ困惑した。 なんでそこまで怒るんだ?
「大丈夫さ。サラもいたし、俺も強くなった。ほら、五体満足だ」
「……もう。やけにお母さんみたいな心配をしますね」
「……大丈夫ですよ。今はもう、ただのメイドじゃありませんし」
ふう、と息を吐いて、サーシャは空を見上げた。 一番星が光っている。
「……ルイ様は、ミカ様のことが好きだったんですよね?」
不意な問いかけに、俺は少し驚いた。 心臓の奥が、チクリとした。
「……ああ。気付くのが遅すぎたがな」
「そうですか。……私も、好きでした」
「うん」
ミカは、みんなに愛されていた。 その喪失は、まだこの街のどこかに影を落としている。
「……でも、ルイ様。前を向いても、いいと思うんです」
サーシャが俺の顔を覗き込んだ。 その瞳には、真剣な光が宿っていた。
「ええ。俺は確かに悲しくて引きずっているが、仕事も運営も全て問題なくやっているぞ。バールは順調だ」
「……そっちの話ではなくて」
サーシャがガクリと肩を落とした。 呆れと、少しの悲しみが混じった溜息。
「……? どういう意味だ?」
「……はぁ。なんでもないです」
彼女は立ち上がり、パンパンとスカートを払った。 いつもの凛とした表情に戻っている。
「そろそろご飯の時間です。行きましょう」
「え、さっきパン屋で食べたじゃん」
「お腹空くんです! 私はまだ成長期ですから!」
スタスタと歩いていく背中。 俺は首をかしげながら、その後を追った。
……やっぱり、今日のサーシャはどこか変だ。 リボン、買ってやればよかったか?
【後書き】
お読みいただきありがとうございます!
「バール製鉄」と「セカンド製鉄」の競争開始。 そしてサーシャとの視察デート。 サラとの「仕事の相性の良さ」に嫉妬するサーシャ、可愛かったですね。 しかし、ルイの鈍感スキルはLV99のようです。気づけ、ルイ。
次回、いよいよバールに最大の危機が迫ります。
「サーシャちゃん頑張れ!」「ルイ鈍感すぎ!」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると嬉しいです!
▼次回予告 第2章 第9話
遂に産声を上げる、大陸初の鉄道。 亡き友の名を冠した『聖女記念駅』に響き渡る汽笛は、バールが新たな時代へと突入した合図だった。 祝祭に沸く数千人の市民。しかし、その熱狂の背後には、急速な発展に背を向ける「影」が蠢き始めていた――。
次回は【本日20時】に更新します!




