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追放された第三王子は、統治スキル【国家盤面】で 腐った領地を数値で立て直す ~前世は「死神」と呼ばれた再建コンサルタント~  作者: 四角いりんご
第2章:歪んだ成長と、見えざる檻 ~産業革命の光と影、そして世界の違和感~

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閑話:護衛と軍事局長サラと、領主と聖女のセレスティア


 一週間に及ぶヴァルザークの改革期間中。  それは、護衛であるサラにとっても、未知の労働の日々だった。

「……はぁ。あいつ、また面倒なことを」

 サラは大きなため息をつきながら、街の石畳を歩いていた。  ルイの指示で、商店を一軒ずつ回り、「適正価格」と「在庫管理」の指導を行っているのだ。  護衛の仕事ではない。完全にコンサルタントの助手だ。

(まあ、私のやりたいようにさせてくれるのも事実だし……文句は言えないわね)

 ルイは、サラの「強くなりたい」「バールを守りたい」という意思を尊重し、軍事部門の全権を任せてくれている。  それに——待遇が破格だ。

 サラの現在の月給は、金貨1枚(100万円)。

 冒険者時代、Aランクパーティーに所属していた頃ですら、依頼の変動によって月収は銀貨2枚〜6枚(20万〜60万円)を行ったり来たりだった。  それが、安定して毎月金貨1枚。  王国の将軍クラスの給料だ。

『十分な給与は、裏切りと汚職への最大の防御策だ』

 そう言って涼しい顔で金貨を渡してくる主君を思い出し、サラは苦笑した。  金に執着はないが、自分の価値を認められるのは悪くない。

 ぐぅ、と腹が鳴った。  サラは近くのパン屋に立ち寄った。

「おじさん、これ頂戴」

「あいよ! 『クルミと蜂蜜のパン』だね。小銅銭15枚(150円)だ!」

 安い。  一週間前までは倍以上の値段だったが、ルイの改革で買い占めがなくなり、適正価格に戻っている。  サラは焼きたてのパンを受け取り、かじりついた。

「……ん」

 口いっぱいに広がる蜂蜜の甘さと、香ばしいクルミの食感。  サラの無愛想な顔が、一瞬だけ緩む。

「あら、サラさん?」

 不意に声をかけられ、サラはビクッとしてパンを隠した。  振り返ると、質素な服に着替えたセレスティアが立っていた。

「……セレスティア殿。奇遇ですね」

「ふふ、休憩ですか? ……あ、それ」

 セレスティアが、サラの手元を指差して目を輝かせた。

「そのパン、蜂蜜たっぷりで甘くて美味しいですよね! 私も大好きなんです」

「……あ、いや、これは」

 サラは少し顔を赤らめ、咳払いをした。

「……糖分補給ですわ。脳の疲労回復には、ブドウ糖が最も効率的なので」

「ふふっ、サラちゃんって、意外と甘いものが好きなんだね」

「……ちゃん付けはやめてください。それに、好きとか嫌いじゃなくて、効率の問題で……」

「えへへ、恥ずかしいことじゃないのに」

 セレスティアはクスクスと笑い、サラの隣に並んだ。  その距離が、少し近い。  サラは無意識に半歩下がろうとして、踏みとどまった。

「……ねえ、サラちゃん」

「なんですか?」

「サラちゃんって、なんでか『壁』があるよね」

「……壁ですか?」

 サラは眉をひそめた。

「そんなことないと思いますが。ルイとか、他の局長とも普通に話しますし」

「うーん、そういうのじゃなくて」

 セレスティアは首をかしげ、サラの瞳を覗き込んだ。

「なんか、一歩引いてるっていうか……『自分はここにはいない』みたいな顔をする時があるよ」

「…………」

 サラは口をつぐんだ。  図星だった。  彼女はいつだって、世界をどこか冷めた目で見ている。  熱狂も、幸福も、いつか終わるものだと知っているから。

「……気のせいですよ」

「そうかなあ。あ、そうだ! 敬語、やめにしない?」

「は?」

「タメ口でいいよ。私とサラちゃんは、お友達でしょ?」

 お友達。  その単語に、サラはむず痒さを覚えた。

「……領主代行相手に、それは不敬ですわ」

「いいの! 命令だよ?」

 セレスティアは悪戯っぽく笑った。  この「聖女」、意外と押しが強い。

「……はあ。分かったわよ」

 サラは肩の力を抜いた。

「そう? なら普通に話すわね。……でも言っとくけど、私はそんなに人と距離を置いてるわけじゃないから」

「ふふ、そういうことにしておくね。……ねえ、一緒に行きたいところがあるの!」

 セレスティアはサラの手を引き、歩き出した。

          ◇

 連れてこられたのは、街外れにある農家の裏手だった。  大きな木があり、心地よい風が吹いている。

「ここ、私が小さい頃から通ってる秘密の場所なの。落ち着くでしょ?」

「……まあ、悪くないわね」

 サラは周囲を警戒しつつ、木陰に腰を下ろした。  平和だ。  平和すぎて、逆に落ち着かない。

 その時だった。

 ズシン……ズシン……

 巨大な地響きと共に、茂みの向こうから「黒い影」が現れた。  体長3メートルはある巨体。  鋭い角。  鼻息荒く、こちらに向かってくる。

「ッ!?」

 サラの瞳から、日常の光が消えた。  瞬時にパンを放り投げ、剣の柄に手をかける。

(……魔物!? このサイズ、Bランクモンスター『ギガント・ブル』か!? 市街地に近い……ここで殺す!)

 殺気。  純度100%の死の気配が、サラから噴き出した。

「下がりな、セレスティア! 私がやる!」

 サラが地を蹴り、抜刀しようとした——その瞬間。

「ダメぇぇぇっ!!」

 セレスティアが、サラと怪物の間に飛び込んだ。

「セレスティア!? 危ないッ!」

 サラが叫ぶ。  だが、怪物はセレスティアの前でピタリと止まり、その巨大な顔を彼女の胸に擦り付けた。

 モォォォォ……。

 甘えるような鳴き声。

「……は?」

 サラは剣を半抜きにしたまま固まった。

「もう、よしよし。ごめんねベッシー、びっくりさせちゃって」

 セレスティアは慈愛に満ちた顔で、怪物の鼻先を撫でている。  それは魔物ではなく、規格外に育ちすぎただけの、農家の牛だった。

「……牛?」

「うん。この牧場のぬしのベッシーだよ。ちょっと大きいけど、優しい子なの」

 セレスティアはニコニコと笑い、サラを振り返った。

「サラちゃんも撫でてみる?」

「……いや、遠慮するわ」

 サラは剣を納め、深く息を吐いた。  心臓が早鐘を打っている。  牛一匹に、本気で斬りかかろうとしてしまった。

(……これだから、嫌なのよ)

 サラは、牛と戯れるセレスティアを冷めた目で見つめた。

 この世界は、いつだって食うか食われるかだ。  平和な牧場に見えても、明日は戦場になるかもしれない。  だから常に剣を磨き、心を殺し、最悪を想定する。

 それが、サラの生き方だった。  「壁」を作るのは、誰も傷つけたくないからじゃない。  失った時に、自分が傷つきたくないからだ。

「……綺麗な人だこと」

 サラはポツリと呟いた。  動物にも、人にも、無防備に愛を注げるセレスティア。  自分とは正反対の生き物。  眩しくて、少しだけ羨ましくて——だからこそ、守らなきゃいけない対象なのだと思った。

「サラちゃん! ベッシーがパン食べたいって!」

「……あげないわよ。私の昼食なんだから」

 サラは呆れたように笑い、落ちていたパンを拾い上げた。  土を払うその手つきは、いつもの戦闘マシーンより、少しだけ「普通の女の子」に近かった。

 サラの短髪の金色の髪が風に揺られた。





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