第7話:減税したのに、税収が増えた。――コンサル流・経済再生術
その一週間は、これまでの人生で最も長い一週間だったかもしれない。
「……価格設定が間違っています。薄利多売の原理を理解してください」 「在庫管理は先入れ先出しが基本です。腐った野菜を売るな」 「帳簿の付け方が雑すぎます。これでは利益が出ているかも分からないでしょう」
俺はサラや護衛チーム、そしてバールから連れてきたメイドたちと手分けして、ヴァルザーク中の商会や商店を回り続けた。 ただ命令するのではない。 前世で数百億規模の企業を再生させてきたコンサルタントとしての知識を、この街のレベルに合わせて噛み砕き、叩き込む。 彼らが潰れれば、バールのサプライチェーンも死ぬ。フォローは完璧に行う必要があった。
同時に、医療現場には「トリアージ」と「隔離」の概念を持ち込み、感染症の拡大を阻止。 ヴェスタ率いる土木部隊は、崩壊寸前の建物を特定し、鉄骨(遺跡から持ち帰った廃材を活用)による補強工事を突貫で行った。 すべてを建て直す時間はない。だが、「今すぐ死ぬリスク」だけは排除した。
そして、運命の一週間後。 俺は街の中央広場で、セレスティアとラティファに向き合っていた。
◇
「……どうですか、セレスティア殿」
俺は広場を行き交う人々を指差した。
そこに広がっていたのは、一週間前とは比較にならない「熱気」だった。 人々が市場に溢れ、肉や野菜、衣類を買い求めている。 「配給の行列」はない。 自分の足で店を選び、自分の金で欲しいものを買う人々の姿があった。
「……信じられん」
ラティファが呆然と呟いた。 俺は一枚の羊皮紙を彼女に手渡した。
「今週の税収報告です」
「……なっ!?」
ラティファが目を見開いた。
「上がっている……!? 商業税を10%から2%に下げたのに、全体の税収が11%も増えている!? どういうことだ!?」
「簡単な理屈です」
俺は説明した。
「税率を下げ、さらに給付金を配ったことで、商品の回転率が爆発的に上がりました。 1個100円のパンを10個売るより、1個50円のパンを100個売る方が、利益も税収も増える。 経済が『回った』んです」
「……でも、不正受給の報告も上がっています!」
ラティファが食い下がる。
「隣村から来た人間が給付金をもらったり、変装して二度並んだり……こんなの、不公平だ!」
「誤差の範囲です」
俺は切り捨てた。
「100人を救うために、1人の不正も許さないシステムを作れば、コストばかりかかって誰も救えなくなる。 数人の悪人のために、善人が飢える必要はない。……あまりに酷い奴は、後で取り締まればいい」
その言葉に、セレスティアがハッとした顔をした。 彼女は今まで「清廉潔白」を求めすぎて、身動きが取れなくなっていたのだ。
「……ああ、ルイ様ー!!」
その時、広場の市民たちが俺たちに気づいた。
「ありがとう! あんたのおかげで、久しぶりに孫に肉を食わせられたよ!」 「家が崩れそうだったのを直してくれて助かった!」 「セレスティア様も万歳! ルイ様も万歳!」
歓声が湧き上がる。 みな、セレスティアのことが大好きだ。 だが、その隣にいる俺へ向ける目も、敵意から感謝へと変わっていた。
「……あ、いや、俺は……」
面と向かって感謝されると、どうも調子が狂う。 俺は照れ隠しに顔を背けた。
「……礼を言うなら、あそこで隠れている土木局長に言ってくれ」
広場の隅、建物の影にヴェスタがうずくまっていた。 ヘルメットを目深に被り、震えている。
「俺は何もしてないぞ〜〜」
相変わらずの褒められ苦手野郎だが、仕事は完璧だった。
セレスティアが、俺に向き直った。 その瞳には、涙が浮かんでいた。
「……ルイ様。私の負けです」
彼女は深々と頭を下げた。
「貴方のやり方は正しい。そして、私の『倫理』にも反していませんでした。……民が笑顔になること以上に、大切なことはありませんから」
「……ご理解いただけて光栄です」
「お約束通り、全ての要求を呑みます。鉄道の開通、工場の建設……そして、1000人規模の労働者の派遣も」
「ありがとうございます」
これで、鉄と石炭が手に入る。 バールの産業革命は、次のステージへ進める。
だが、セレスティアはまだ何か言いたげに俯いていた。
「……最後に一つ、ご相談してもよろしいでしょうか?」
◇
案内されたのは、街外れにある古びた建物だった。 看板には『ヴァルザーク学園』とあるが、壁は崩れ、窓ガラスは割れている。
「……ここは?」
「子供たちの学校です。ですが、予算が底をつき、来月には閉鎖せざるを得ません」
セレスティアが悲痛な声で言った。
「先生への給料も払えません。……でも、子供たちから学ぶ場を奪いたくない。 だから……私のドレスや宝石を売って、なんとか維持しようかと……」
「馬鹿なことを言うな!」
俺は思わず大声を出した。 セレスティアがビクリと震える。
「貴女が身包み剥がれてどうする! それは一時しのぎにしかならない!」
「で、でも! 市民から授業料を取るなんてできません! 教育は平等であるべきです!」
「だからと言って、トップが犠牲になるシステムは破綻する!」
俺たちは睨み合った。 彼女の「聖女ムーブ」は美しいが、経営者としては三流だ。
(……待てよ)
俺は校舎を見上げた。 そういえば、バールには「教育機関」がない。 技術者は現場(OJT)で育てているが、体系的な学問を教える場所がないのだ。 この国の第2区全体(バールを含むエリア)にも、大学はない。
(……人材育成への投資。忘れていたわけじゃないが、後回しにしていた。だが重要だ。知識のある民は有用だ。特に最終的には資本主義的な国を作るなら尚更だ)
俺はため息をつき、トーンを落とした。
「……セレスティア殿。貴女の私財を投じる必要はありません」
「え?」
「バールが支援します。……ただし、慈善事業じゃない」
俺は指を立てた。
「ここを、バールと連携した『技術大学』の前身とします。 読み書きだけでなく、数学、科学、そして農業技術を教える。 卒業生は、優先的にバールの工場や、ここの鉄道会社で雇用する」
「……職業訓練校、ということですか?」
「そうだ。企業がスポンサーになれば、授業料は無料にできる。あるいは、将来の給料から天引きする『奨学金制度』を作ってもいい」
これなら、セレスティアの懐も傷まず、子供たちは無料で学べ、俺たちは優秀な人材を確保できる。 Win-Win-Winだ。
「……っ! ルイ様、貴方は……!」
セレスティアの顔が輝いた。 まるで神を見るような目だ。やめてくれ、俺はただの合理主義者だ。
「……勘違いしないでください。投資です。 後日、バールから教育の有識者を送ります。……それまでは、この増えた税収で屋根を直してください」
「はい! ありがとうございます!」
◇
夕暮れ時。 俺たちはヴァルザークを後にした。
馬車の窓から見える街は、来る時よりも明るく、煙突からは夕食の準備をする煙が上がっていた。
「……いい街になったな」
俺は呟いた。 まだ課題は山積みだが、死にかけていた街に血が通った。
「……ルイ様」
向かいの席で、ヴェスタが小さく手を挙げた。 彼はまた来週こちらにきて、再開発の指揮を執ることになっている。
「この街の下水道、やり甲斐がありますな!完璧に直してみせます!」
「頼んだぞ、ヴェスタ。……お前がいないと、俺の計画は進まない」
「あっはっはそんなことはない、本当褒めるのはやめてくれ」
ヴェスタがヘルメットを深く被り直した。
馬車が動き出す。 荷台には、ヴァルザークとの契約書と、未来への希望が積まれていた。
次はバールだ。持ち帰った設計図で、いよいよ「産業革命」の本番が始まる。 ——だがこの時、俺はまだ気づいていなかった。俺が作り上げた「効率」という名の怪物が、黒煙の陰で静かに牙を剥き始めていることに。
最後までお読みいただきありがとうございます! 減税したのに税収が増える。ルイの「コンサル流・経済再生術」はいかがでしたでしょうか?
⚪︎△◻︎さて、ここで皆様にどうしてもお伝えしたいことがあります。⚪︎△◻︎
実は現在、この物語を初期から見守り、支えてくださっている【6名】のブックマーク登録者の方がいらっしゃいます。 1月からの苦しい立ち上げ時期、PVが少ない日も欠かさず更新を追い続けてくださった皆様は、私にとってルイの隣に立つサーシャやマティアスのごとき、かけがえのない「バール領創業メンバー」です。 本当に、いつもありがとうございます。皆様の存在が、私の筆を動かしています。
そして、今日この物語を見つけてくださった新規読者の皆様。
今、この作品は第1章を終え、文字通り「産業革命」という爆発的な加速フェーズに入っています。 読者がまだ少ない今のうちに【ブックマーク】という名の住民登録をして、この街の成長を「古参」として特等席で眺めてみませんか?
「あの時ブクマしておいてよかった」 そう言っていただけるよう、全力を尽くします。
もし「ルイ、いいぞ!」と思ってくださったら、ページ下の【☆☆☆☆☆】にポイントを投じて、バールにさらなる「鉄と資本」を届けていただけると嬉しいです!
次回、第2章 第8話。
【明日19時】、運命の歯車が回り出します。




