第6話 : 王都の常識、崩壊せり。――使者が見た「あり得ない」発展
バール領へと続く街道を、一台の豪奢な馬車が走っていた。 王家の紋章が刻まれたその馬車に乗っているのは、王国第二王子マイルの使者、ギャランティスである。
金髪に眼鏡、仕立ての良い服に身を包んだ彼は、不機嫌そうに窓の外を眺めていた。
「……全く。なぜ私が、あのような僻地へ行かねばならんのだ」
彼はため息をついた。 ギャランティスは優秀だ。若くして王国の財務に関わり、将来はマイル王子を王位につけ、この国の経済を牛耳る野心を持っていた。 彼の中には、「私ならもっとうまくやる」という自負がある。
「……バール領主ルイ。あの『無能』と呼ばれた第三公子か」
かつてのルイを思い出す。 パーティーの隅で怯えていた、影の薄い少年。 そんな奴が領地を改革した? 笑止千万だ。 どうせ、優秀な移民が流れ着いたか、偶然ミスリル鉱脈でも見つかったのだろう。
「おい、デュラン。まだ着かないのか」
同乗している大柄な男に声をかける。 彼は竜人のデュラン。王国の技術顧問であり、ギャランティスの知恵袋だ。
「……ギャランティス様。前方を」
デュランが太い指で窓の外を指差した。 ギャランティスは眼鏡の位置を直し、目を凝らした。 そして——言葉を失った。
「……な、なんだあれは?」
遠くに見えるバールの街。 そこからは、黒い煙が何本も、空高く立ち上っていた。
「火事か!? いや、違う……煙が止まない!」
異常だ。 王都ですら、煙突から煙が出るのは冬の暖房の時期だけだ。 この季節に、あれほどの煙を吐き出し続けるなどあり得ない。何十箇所で焚き火をしているというのか?
さらに近づくにつれ、その異様さは際立った。
「……おい、あの建物を見ろ。4階建て……いや、5階建てか!?」
王都の中心部にある大聖堂や王城ならば分かる。 だが、あんな辺境の平地に、箱のような巨大な建築物が林立しているのだ。
「……石造りじゃない。あれは、なんだ?」
デュランが鱗に覆われた顔を引きつらせた。
「……ありえん。あの高さなら、自重で崩壊するはずだ。一体どうやって建っている……?」
ギャランティスの背筋に、冷たいものが走った。 報告書にあった「発展」という言葉では、説明がつかない何かがそこにある。
◇
バールの城門に到着した時、ギャランティスはハンカチで鼻を覆った。 スラム上がりと聞いていた街だ。王都の下町ですら汚物と泥の臭いが充満しているのだから、ここは地獄のような悪臭だろうと覚悟していた。
だが。
「……臭くない」
彼はハンカチを下ろした。 風に乗ってくるのは……甘い砂糖の香りと、焦げた鉄の匂いだけ。 道端に汚水が流れていない。泥濘みもない。 美しい石畳が、どこまでも続いている。
「ようこそお越しくださいました、ギャランティス様」
出迎えたのは、宰相のマティアスだった。 その背後には、冒険者上がりの荒くれ者と、パリッとした制服を着た事務官たちが整列している。 統一感はない。だが、その目は一様に鋭く、王立騎士団にも劣らない規律がある。
「……ルイ殿は?」
「あいにく、現在は視察で不在にしております。代わって私がご案内いたします」
「……不在? 王家の使者を迎えるのにか?」
ギャランティスは不快感を隠さずに言った。 内心の動揺を悟られまいと、あえて傲慢に振る舞う。 だが、マティアスは涼しい顔で「急務ですので」と受け流す。
◇
領主館の応接室。 出された茶菓子を口にした瞬間、ギャランティスの常識にひびが入った。
「……なんだ、これは?」
白い、雪のような砂糖菓子。 舌の上で瞬時に溶け、雑味のない甘さだけが広がる。
「当領の工場で生産しております『バール・スイーツ』です」
「……馬鹿な」
ギャランティスは震えた。 王都で流通している砂糖は、もっと茶色く、ジャリジャリしている。 これほど純白で高品質な砂糖など、王族の結婚式でしか見たことがない。 それを、ただの「茶菓子」として出すだと?
「……マティアス殿。単刀直入に言おう。この街を変えたのは君だな?」
「は?」
「ルイ如きにこれができるはずがない。君のような優秀な宰相が、傀儡として彼を立てているのだろう? ……安心しろ、マイル王子には私がうまく伝えてやる」
ギャランティスはニヤリと笑った。 そうだ、そうに決まっている。 あの気弱なルイに、こんな革命ができるわけがない。
だが、マティアスは心底おかしそうに、くっくと笑った。
「……買いかぶりすぎですな」
「何?」
「我々はただの手足。この街の設計図を描いたのは、全てルイ様ですよ」
「……謙遜か?」
「事実です。……信じられませんか? では、外の『現実』をご覧に入れましょう」
◇
そこからの視察は、ギャランティスとデュランのプライドを、粉々に粉砕する旅だった。
1.見えない川(下水道) 「……なぜだ。なぜ街に汚水がない?」 「地下に川を作りました。汚水は全て地下のパイプを通り、浄化槽へ送られます」 デュランが地面に這いつくばり、マンホールを確認して絶叫した。 「……地下に水路だと!? この規模で!? 王都の技術者を集めても100年はかかるぞ! それを、たった一年で!?」
2.科学の農地 「……なんだこの作物は?」 整然と区画整理された畑。見慣れない草と、異常なほど丸々と太ったカブ。 「四輪作と堆肥の導入実験場です。収穫量は従来の1.5倍を記録しています」 「い、1.5倍だと……!? 祈りも捧げずに!?」
3.命の選別所 清潔な白い建物。怪我人は「重症度」でタグをつけられ、魔法と薬を併用してシステム的に治療されている。 「感情で治療順を決めない。助かる命を確実に助ける……ルイ様が構築された医療システムです」 ギャランティスは唇を噛んだ。 冷徹な計算の上に成り立つ、完璧な福祉。 自分が理想として語っていた机上の空論が、ここでは既に「日常」として稼働している。
4.黒鉄の心臓(工場) 「……中には入れんのか」 「企業秘密です」 立ち入り禁止区画。煙突からは絶え間なく黒煙が上がり、地響きのような音が轟いている。 シュゴオオオオッ……ガシャン、ガシャン! 聞いたこともない音。 (……何を作っている? ただの砂糖工場じゃない。何かが、とてつもないエネルギーを生み出している……!) 竜人のデュランが、青ざめて震えていた。 「……ギャランティス様。あれは『動力』です。魔法生物でもない何かが、半永久的に動いている……。あんな技術、王国には存在しません」
5.鉄の道(鉄道) そして、トドメがそれだった。 街の外へ向かって伸びる、二本の鉄の線。
「……おい、マティアス。あれはなんだ」
「**『鉄道』**です。とりあえず、隣のヴァルザークまで繋ぐ予定ですが」
「鉄の……道? 馬車を走らせるのか?」
「いいえ。蒸気の力で、鉄の車両を走らせます。一度に数百人の人と、数トンの物資を運べます」
「…………は?」
ギャランティスは眼鏡をずり落とした。 蒸気で? 数トン? 馬を使わずに?
「……狂っている」
彼は呟いた。 だが、その目は驚愕を通り越し、畏怖に染まっていた。
「……これを、本当にルイが?」
「ええ。設計図は全て彼が引きました。……我々も最初は狂気だと思いましたよ。ですが」
マティアスは、誇らしげに黒煙たなびく街を見上げた。
「ルイ様の描く図面には、狂いがない。この景色がその証明です」
ギャランティスは、ガクリと膝をつきそうになった。 認めざるを得ない。 これは、マティアスのような宰相が考えつくレベルではない。 王都を……いや、この世界の文明レベルを数段階引き上げるような「異質な知性」が、ここに君臨している。
「……あいつは、無能なんかじゃなかった」
ギャランティスは震える声で呟いた。
「……化け物だ」
◇
帰り際。 馬車に乗り込む前、ギャランティスは振り返った。 その顔に、かつての見下した色は欠片もない。
「……マティアス殿。ルイ殿に伝えてくれ」
「はい」
「……『見誤っていたことを謝罪する。いずれ、改めて正式に挨拶に伺う』と」
彼は少しだけ悔しそうに顔を歪め、そしてフンと鼻を鳴らした。
「だが、それを支える部下も、化け物揃いのようだな」
「恐縮です」
マティアスが深々と頭を下げるのを見届け、ギャランティスは馬車に乗り込んだ。
◇
バールを離れる馬車の中。 ギャランティスは羊皮紙を広げ、猛烈な勢いでペンを走らせていた。 宛先は、第二王子マイル。
『殿下。報告を訂正します。 バールは、我々の想像を絶する領域に達しています。 産業、インフラ、技術。全てにおいて、王都は既に周回遅れです』
彼は一度ペンを止め、遠ざかる黒煙を見た。 本来なら、この場で軍を差し向けて潰すべきかもしれない。 王家の権威すら脅かす、あまりに強大な力だ。
だが、ギャランティスは続きを書いた。 その手は、興奮で微かに震えていた。
『……しかし、彼を敵に回すべきではありません。 第一王子派に対抗するためにも、この強大な力を「利用」すべきです。 バールは危険ですが……手を組めば、我々は最強の後ろ盾を得ることになります。 至急、正式な同盟のご検討を。 追伸:あの白い砂糖は、王都の貴族が金貨を積んででも欲しがるでしょう』
書き終えた手紙を封蝋し、ギャランティスはデュランに言った。
「……面白くなってきたな、デュラン」
「……ですな。あの若様が、これほどの『王の器』を持っていたとは」
見下していた「無能」が、王都の叡智すら及ばない「巨人」だった。
その事実に、ギャランティスは恐怖しつつも——どこか、ワクワクしていた。
この国は、変わるかもしれない。 あの、黒い煙と共に。
お読みいただきありがとうございます!
「王都には煙突の煙すらない」という世界観の中で、バールの異質さが際立つ回となりました。 エリートのギャランティスや、技術者デュランが、ルイの「現代知識チート」に常識を粉砕される様子、楽しんでいただけましたでしょうか? 読者の皆様にも「ルイ様すげえ!」と感じていただければ幸いです。
さて、次回は視点をヴァルザークに戻します。 一週間の猶予を与えられたルイ。 バールから到着した「最強の助っ人部隊」と共に、一気に街を改造します!
「ギャランティスの反応最高!」「ざまぁ展開気持ちいい!」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると嬉しいです!
▼次回予告 第2章 第7話『一週間の奇跡』 バールからヴェスタ率いる土木部隊と、ゴード率いる技術班が到着。 「へっ、ここの建物はボロボロだな! やり甲斐があるぜ!」 突貫工事で進むインフラ整備。 そして始まる「現金給付」。 市場はどう動く? ラティファの反応は? 運命の結果発表の日、広場に集まった民衆の声が、答えを出す。
次回は【本日19時】に更新します!




