第2話:ゴミ溜めに眠る『金脈』――数字が語る真実
第2区の首都、バール。
俺が生まれ育った王都からは、
馬車で三日の距離にある辺境の都市だ。
事前の報告では——
『商業の要衝。ラナ川を利用した物流拠点として、
かつては王国でも指折りの富裕都市でした』
そう書かれていた。
だが——
「……これが、要衝?」
俺は馬車の窓から外を見て、思わず呟いた。
灰色の城壁。
崩れかけた石畳。
通りには活気がなく、痩せこけた住民たちが、
死んだ魚のような目で馬車を見上げている。
ガタガタと車輪を軋ませながら、
俺たちの馬車は街門をくぐった。
途端に——
鼻をつく異臭が、馬車の中にまで入り込んできた。
腐った生ゴミと、排泄物が混ざり合ったような臭気。
「……ッ」
サーシャが思わずハンカチで口元を覆える。
(臭いな……)
俺はハンカチを取り出すこともなく、
冷徹にその原因を分析する。
異臭がするということは、
下水処理機能が麻痺しているか、
ゴミ収集のシステムが存在しないということだ。
不衛生な環境は疫病を招き、労働力を低下させる。
さらに、この汚れた景観は住民の心を荒ませ、
治安悪化の直接的な原因となる。
視界に浮かぶステータスは、
俺の分析を裏付けるように悲惨な数値を示していた。
━━━━━【国家盤面】━━━━━
■ 都市名:バール(第2区首都)
人口 : 8,500人(減少傾向)
治安 : F(20/100)※夜間の外出は危険
忠誠 : G(10/100)※暴動寸前
気候 : Cs 地中海性気候(農業可能だが、限定的)
食料自給率: E(40%)※慢性的な飢餓
主要産業: なし
財務状況: 破綻寸前(赤字)
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(ひどいものだ)
俺は拳を握りしめた。
財務諸表を見るまでもなく、
この都市の死期が近いことが分かる。
だが、同時に——
俺は奇妙な違和感を覚えていた。
(気候は農業もできる。
ラナ川という物流拠点もある。
ポテンシャルは悪くないはずだ)
なぜ、ここまで落ちぶれた?
単なる不作や魔物のせいだけではない。
この街には、「人為的な癌」があるはずだ。
◇
「ようこそお越しくださいました! ルイ殿下!」
領主館の前で馬車を降りると、
甲高い声が飛んできた。
現れたのは、脂ぎった小太りの男だった。
高そうな絹の服を着ているが、
腹の肉でボタンが弾け飛びそうだ。
第2区の財務官を務める下級貴族、ガモン男爵。
「いやあ、お待ちしておりましたぞ!
この不毛の地へようこそ!
ささ、旅の疲れもおありでしょう。
館の中へどうぞ!」
ガモンは揉み手をしながら、
俺を館の中へと案内する。
通されたのは——
外の荒廃ぶりとは別世界の、豪華なホールだった。
テーブルの上には、
鴨のロースト、年代物のワイン、山盛りの果物が並べられている。
まるで、王都の晩餐会だ。
(……なるほど)
俺は静かに怒りを飲み込んだ。
外では民が飢え、街が腐っているというのに、
この男は豪勢な宴を開く。
その金は、どこから出た?
「殿下の歓迎のために、
ささやかながら『歓迎の宴』をご用意させていただきました!
当地区の予算をやりくりして、最高のおもてなしを……」
ガモンが卑屈な笑みを浮かべてワインを注ごうとする。
俺はそれを手で制し、じっとテーブルの料理を見つめた。
脳内で、瞬時に計算式が走る。
(鴨肉の市場価格は一羽あたり銀貨3枚。
ワインはこのラベルなら金貨1枚。
その他諸経費を含めても……)
俺は視線をガモンに戻す。
「……ガモン男爵」
「はっ、はい!」
「この宴、予算はいくらで計上した?」
「はっ、金貨50枚でございます!
殿下をお迎えするのですから、これくらいは当然かと!」
男は胸を張った。
だが——
俺の計算では、
ここに並んでいる品々の総額は、
どう高く見積もっても金貨35枚だ。
差額の15枚。
日本円にして約1500万円が消えている。
45枚ものあからさまな横領ではない。
15枚という、バレても「誤差」や「物価変動」と
言い訳できそうな、小賢しい数字だ。
「50枚か」
俺は静かに言った。
「……妙だな」
「は? 何がでございましょうか?」
「俺が見る限り、
この料理の質と量なら35枚もあれば十分揃う。
残りの15枚はどこへ行った?」
俺が静かに問うと、
ガモンの眉がピクリと動いた。
だが、すぐに「やれやれ」といった風に肩をすくめる。
「お言葉ですが殿下」
ガモンは鼻で笑った。
「ここは辺境ですぞ?
王都とは違い、輸送費がかさむのです。
それに最近は不作で物価も上がっておりまして……」
男は嘲るように言った。
「世間知らずの殿下には、
少々お分かりにならないかもしれませんが」
——世間知らず。
言葉の端々に、
「どうせお前のような若造に相場など分からないだろう」
という侮りが透けて見える。
なるほど。
そう来たか。
俺は小さく鼻を鳴らした。
(輸送費?
この鴨は地元の川で獲れる品種だ。
ワインも輸入物ではなく、近隣の醸造所の樽詰め品。
……嘘だな)
今、概算で問い詰めても意味がない。
俺が必要としているのは、
誰もがぐうの音も出ない「証拠」だ。
「……そうか」
俺は納得したふりをした。
「輸送費がかさむのか」
「さようでございます!
いやはや、苦労しておりますよ」
ガモンは安堵の表情を浮かべた。
今のうちに笑っておけばいい。
「歓迎会は不要だ」
俺は冷たく告げた。
「腹は空いていない」
「えっ、しかし……」
「この料理はすべて孤児院へ運ばせろ。
腐らせるよりはマシだ」
ガモンが目を丸くする。
「……それとな、男爵」
「は、はい」
俺は低い声で命じた。
「後で、過去5年分の出納帳簿と、
領内の取引記録をすべて俺の執務室へ運べ」
「え……? 記録、ですか?」
「ああ」
俺は男の目を見据えた。
「今後の統治方針を決めるために、
数字を把握しておきたいのでな。
……まさか、無いわけではないだろう?」
「あ、いえ! ございますが……」
ガモンが狼狽える。
「膨大な量になりますぞ?
今日到着されたばかりで、
そこまでなさらなくても……」
「構わん」
俺は断言した。
「すべて運べ」
ガモンは少し嫌な顔をしたが、
すぐに「まあ、形だけ見るつもりだろう」と
高を括ったのか、恭しく頭を下げた。
「承知いたしました。
では、後ほどお届けさせましょう」
俺は男爵を一瞥し、サーシャを連れてその場を離れた。
◇
案内された執務室は埃っぽく、
長年使われていないことが一目で分かった。
窓から見えるのは、死にかけた街。
だが、俺の胸には静かな闘志が燃えていた。
「サーシャ」
「はい」
「お茶を頼む。濃いめだ」
「かしこまりました」
サーシャが茶器を取り出しながら、
不満げに頬を膨らませた。
「……ルイ様、よろしいのですか?」
「何がだ」
「あの方、明らかに嘘をついておりました」
彼女の『嘘看破』のスキルでも、
ガモンの欺瞞は明らかだったのだろう。
「分かっている」
俺は頷いた。
「差額の15枚、間違いなく奴の懐に入っている」
「でしたら、その場で問い詰めれば……」
「それじゃあ『詰め』が甘いんだよ」
俺は埃を払った椅子に深く腰掛け、
窓の外を睨んだ。
「奴は『輸送費だ』と言い逃れをした。
証拠がなければ、水掛け論で終わる」
俺は拳を握りしめた。
「……だが、数字は嘘をつかない」
これから運ばれてくる膨大な書類。
普通の人間なら読むだけで数日かかる量でも、
俺のスキルと計算能力があれば、数時間で丸裸にできる。
必ずボロが出るはずだ。
不自然な発注、架空の輸送記録、相場と乖離した仕入れ値。
それらを全て拾い上げ、
言い逃れできない「証拠の山」を突きつけてやる。
「今夜は徹夜になるぞ」
俺はニヤリと笑った。
「……大掃除の時間だ」
ガモン男爵。
お前が俺を「世間知らずの王子」と侮った、
その油断が——
お前の命取りだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
役人の嘘は、数字を見れば一発です。
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▼次回予告 第3話『埋もれた宝石と『右腕』の証明』 膨大な書類の山。嫌がらせを受けたルイは、屋敷の従者室へ乗り込みます。 そこで見つけたのは、ただの使用人には見えない「Sランク人材」でした。




