第5話:配給全廃、現金給付。――死んだ経済を蘇らせる「劇薬」
翌朝。俺たちはヴァルザークの近郊にある農地を視察していた。
目の前に広がるのは、やせ細った小麦畑だ。 穂は小さく、土は白っぽく乾燥している。
「……これでは、収穫量は期待できませんね」
セレスティアが悲しげに眉を寄せた。
「毎年、神官様にお祈りを捧げているのですが、年々土地が痩せていくのです。……やはり、私の祈りが足りないのでしょうか」
「祈りの問題じゃありません。科学の問題です」
俺は畑の土を手に取り、【国家盤面】で解析した。
【土壌解析】
窒素(N): 欠乏
リン酸(P): 不足
病原菌: 大腸菌群多数(危険)
「……セレスティア殿。肥料は何を使っていますか?」
「ええと、街から集めた人々の排泄物を……そのまま撒いています。昔からの知恵で、肥料になると」
「直ちにやめてください」
俺は土を払った。
「人の糞尿は、そのまま使うと病気の元になります。今のヴァルザークで流行っている腹痛や感染症の原因は、これだ」
「えっ……!?」
「肥料には、牛や馬などの家畜の糞を、草と混ぜて発酵させた『堆肥』を使ってください。発酵熱で病原菌が死滅し、良質な肥料になります」
農民たちがざわつく中、俺はさらに言葉を重ねた。
「それと、同じ場所で小麦ばかり作っているのも良くない。 これからは畑を4つに分け、『四輪作』を行います」
「四輪作……?」
「1年目は小麦。2年目はカブ(根菜)。3年目は大麦。そして4年目は——」
俺は道端に生えていたクローバーを指差した。
「この『クローバー(牧草)』を植えてください」
「牧草? そんな雑草を植えても、人は食べられませんよ!」
ラティファが噛み付いてきた。
「人が食べるんじゃない。土に食べさせるんだ」
俺は説明した。 この世界に「窒素固定」という概念はないが、クローバーの根に住む菌が、空気中の栄養を土に戻してくれる。 さらに、育った牧草は家畜の餌になり、その家畜が良質な肥料を生む。 完璧なサイクルだ。
「……これを導入すれば、休耕地を作る必要がなくなり、収穫量は今の1.5倍になります」
農民たちが驚きの声を上げる。
「休ませずに1.5倍!? そりゃあ夢のような話だ!」 「俺たちにもできるのか!?」
希望に輝く農民たちの顔。 だが、ラティファだけは腕を組んで鼻を鳴らした。
「……ふん。どうせ、どこかの古い本で読んだ知識だろ? お坊ちゃんが泥にまみれたこともないくせに」
「知識だけで救える命があるなら、安いもんだ」
俺はラティファの挑発を受け流し、セレスティアに向き直った。
「農業改革は、バールから専門家とコンポストができるまでの肥料を送ります。……次は、街の経済です」
◇
午後、俺たちはヴァルザークの商業区に戻った。
商店には品物が並んでいるが、値段が高い。 そして、その横で行政による「無料配給」が行われている。 歪な光景だ。
「セレスティア殿。貴女は富裕層や商人への税率を高く設定していますね?」
「……はい。豊かな者から多く取り、貧しい者に分け与える。それが公平だと思いましたから」
「その結果が、この高物価です」
俺は商店を指差した。
「商人は高い税金を払うため、商品の値段を上げざるを得ない。 さらに、貴女が配給用の食料を、店から『高値(定価以上)』で買い上げていますね?」
「ええ。商店への支援も含めて……」
「それが最悪です」
俺は断言した。
「店側からすれば、高くても行政が確実に買ってくれる。だから、努力して安く売る必要がない。競争が死んでいるんです」
「で、でも……」
「提案します。まず、商人への税を下げてください。 そして——行政による食料買い上げと配給を、全廃します」
「なっ!?」
セレスティアが青ざめ、ラティファが剣に手をかけた。
「貴様ッ! 民に飢え死にしろと言うのか!!」
「逆だ。民に『金』を配るんだ」
俺は続けた。
「配給にかかっていた輸送費、保管費、人件費。それらを全て現金化し、貧困層に直接配ってください」
「お金を……直接?」
「そうです。現金があれば、民は自分の好きなものを買える。パンでも、野菜でも、肉でも。 そうなれば、商人は『行政』ではなく『民』に売るために、必死で価格競争を始めます。 減税効果も相まって、物価は劇的に下がるはずです」
これが、需要側への直接給付による市場の活性化だ。 今の「官製不況」を打ち破るには、これしかない。
「……理論は分かります。でも、本当にうまくいくのでしょうか……?」
「一週間、俺に時間をください」
俺はセレスティアの目を見据えた。
「その間に、バールの土木部隊も呼び寄せ、崩れそうな建物の応急処置も行います。 ……一週間で結果が出なければ、俺は二度と口出ししません」
「……分かりました」
セレスティアは決意の表情で頷いた。
「ルイ様の『魔法』……信じてみます」
「おいセレスティア様! 騙されちゃダメだ!」
ラティファが叫ぶが、賽は投げられた。
◇
その夜。 領主館でささやかな晩餐会が開かれた。
テーブルに並んだのは、薄いスープと硬いパン、そして茹でたブロッコリーだけ。 肉も魚もない。 これが、一都市の領主の食事だ。
「……粗末なもので、申し訳ありません。予算は全て給付金に回す準備に入りまして……」
申し訳なさそうにするセレスティアに、俺は首を振った。
「いえ。貴女の覚悟、受け取りました」
彼女は本物だ。 やり方は不器用だが、その精神は誰よりも高潔だ。
ふと、隣を見ると。 サラが「無」の表情でブロッコリーを咀嚼していた。
モグ、モグ、モグ。 味わうでもなく、ただ栄養を摂取する作業のように。
「……あの、サラ様?」
セレスティアが恐る恐る声をかけた。
「お口に合いませんでしたか……?」
「ん? いえ」
サラはフォークを置いた。
「効率的な野菜だと思いまして。ビタミン豊富、茹でるだけで食べられる。戦闘糧食としては優秀です」
「……せ、戦闘糧食……」
会話が弾まない。 サラは基本的に、剣と戦い以外には無関心だ。 ドレスにも、宝石にも、グルメにも興味を示さない。
「サラ様は、普段は何をされているのですか?」
「鍛錬と勉強ですね」
「ご趣味は?」
「剣の手入れとかですかね。ルイがまだ軍を作らないから仕事がなくてですね」
「……あ、あの、好きなタイプとかは……」
「背後を任せられる奴と私より強い奴です」
(彼女は確かこの間LV100を超えている。サラより強い奴そうそういないだろうな)
セレスティアが困り顔で俺を見てくる。助け船を出そうとした時だった。
「……セレスティア殿は、なぜそこまでして民を守るのですか?」
サラが逆に問いかけた。
「え? それは……私が領主だからです。彼らを守るのが、私の義務ですから」
「……ふうん」
サラの目が、少しだけ光った。
「守る、か。……私も、昔はただ強ければいいと思っていました。 でも今は、守りたい場所があるから、剣を振るっています」
「へえ、そうなんですね!サラさんの使う剣技はどのようなものなんですか?」
サラが腰の剣を愛おしそうに撫でた。 その瞬間、彼女の無機質な雰囲気が、キラキラとした熱量に変わった。
「この剣技はですね、守ることに特化した型でして。敵の攻撃を受け流しつつ、ルイ……あー、護衛対象の死角をカバーするんです。この重心移動がですね……」
急に早口になるサラ。 セレスティアは目を丸くし、そして嬉しそうに微笑んだ。
ここまで嬉しそうに話すさらはなかなか見ない。そういえば彼女は他の局長の女性とはそこまで仲が良くない。サーシャとは性格は合わないし、モネとは逆に似すぎているが興味の方向性が違いすぎる。孤独にさせていたのかもしれないな。
「まあ! 素敵です! 誰かのために剣を振るうのですね!」
「ええ。セレスティア殿の『祈り』と同じですよ。 方法は違いますが……貴女も、戦っているんですね」
「……はい!」
無関心なリアリストのサラと、慈愛の塊のようなセレスティア。 水と油のような二人が、「誰かを守る」という一点で共鳴した瞬間だった。
俺はその光景を見ながら、残りのブロッコリーを口に運んだ。 味気ない野菜が、少しだけ美味しく感じられた。
(……さて、一週間だ)
俺は心の中で再確認する。 この優しい領主と、不器用な護衛のためにも。 必ず、ヴァルザークを再生させてみせる。
【後書き】
お読みいただきありがとうございます!
農業改革と経済改革。 現代知識を使った「コンサル無双」パートでした。 そして、サラの意外な一面(ブロッコリーもぐもぐ&剣オタク)も披露。 セレスティアとの「守る者同士」の絆も生まれました。
しかし、改革には抵抗勢力がつきものです。 ラティファの不信感、そして既得権益を失う商人たちの反発……。 一週間で結果を出せるのか?
次回、バールから最強の助っ人部隊(土木&技術)が到着! 一気に街を作り変えます。
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▼次回予告 第2章 第6話『一週間の奇跡』 バールからヴェスタ率いる土木部隊と、ゴード率いる技術班が到着。 「へっ、ここの下水道はボロボロだな! やり甲斐があるぜ!」 突貫工事で進むインフラ整備。 そして始まる「現金給付」。 市場はどう動く? ラティファの反応は? 運命の結果発表の日、広場に集まった民衆の声が、答えを出す。
明日はダブル投稿!次回は【明日の12時】




